この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
「オイルに工賃合計で、380円になります」
「うぐっ!!?」
美汐のスクーター日記
『お金がない?』
「うぐぅ〜」
「ど、どうしたあゆあゆ、元気がないな」
「うぐぅ、お金がないんだよ」
「はぁ?」
「オイル交換、あんなにかかるなんて……」
がっくりと肩を落とすあゆさんの手から、ひらひらと落ちる紙切れ。
見ると、オイル交換の明細のようです。
「……チョイノリのエンジンオイルって、300ミリリットルしか入らないんですね。まぁ、工賃も含めてこの値段は、妥当だと思いますが」
「ええっ、だってタイヤキ4匹分のお金だよ!」
はい?
「はぁ…… タイヤキ基準かよ」
呆れ顔の相沢さん。
それでもあゆさん、うぐうぐ言ってます。
仕方がありませんね。
「ご自分で入れれば、もう少しお安く済ますことができますけど」
「……ええっ!? オイルって自分で入れられるの?」
「はい。メーカー指定の純正オイルも、量販店で求めれば、かなり安く手に入りますし」
チョイノリのエンジンオイルは、500キロ毎の交換。
1リットル缶を買っておけば、1500キロは保つ計算です。
「4ストの場合、古いオイルの処理が問題になりますが、この街では、天ぷら油と同じようにしてゴミに出せばいいだけですし」
この辺は、各自治体によって扱いに差がありますから確認が必要です。
他にも、ガソリンスタンドに廃油として引き取ってもらうのも良い方法ですね。
基本的に有料ですが、顔なじみだったり、灯油やガソリンを購入するついでにお願いしたりすると、タダでやってくれる場合もありますし。
「交換前に少し走ってオイルを暖め、ドレンプラグをゆるめて油を抜きます。受け皿は、ペットボトルをカットしたものを使うとタダですし、透明なのでオイルの状態が確認できて便利です」
「さすが天野、主婦の……」
「主婦は自分でオイル交換なんてしません」
「……むぅ」
まったく、この人は……
「抜いた油は、汚れの程度などをチェックして置いた方が良いです。特に、金属粉等が混入しているようですと、どこかに異常があるかも知れませんし」
ちなみに、マグネット付きのドレンプラグを使っていれば鉄粉が吸着でき、オイルをクリーンに保てるという話ですが、スクーターのようにドレンプラグと駆動部の距離が近いと、他の部品が磁化してしまいそうで不安です。
クランクやギアが磁化され、鉄粉をまとわりつかせるようになっては本末転倒ですからね。
「後は、細かく千切った新聞紙を詰め込んだ牛乳パックにでも入れて、燃えるゴミに出せば良いでしょう」
「そういえば、廃油を貯めて置いて、チェーン清掃に使うという奴も居るぞ。もちろん普通のバイクの場合だけど」
「それは、ベルト駆動のスクーター乗りには無い発想ですね」
あゆさんのチョイノリはチェーン駆動ですから、応用できるかも知れませんね。
「それからドレンプラグを締めて…… パッキンは毎回交換が基本ですが、チョイノリはどうなんでしょうね? 規定量分のオイルを入れてお終いです。レベルゲージもあるでしょうが、やはりオイルは量ってから入れるのがベストです」
「……うぐぅ」
「ドレンプラグの締め付けトルクとか、やってみないと分からないこともありますが、詳しい方に教えてもらいながらやれば大丈夫だと思いますよ」
この辺は、バイク屋さんの作業を見学させていただくのが一番でしょうか?
「所で天野、エンジンオイルは何使ってる? 俺は純正だけど」
「ああ、YAMAHAの青缶ですか。私はバイオですが」
「なにっ!」
そんなに驚かなくとも……
「青缶? ばいお?」
「どちらもYAMAHAの純正2ストオイルです」
あゆさんの為に、説明します。
「半化学合成油でお手頃なのが、青い缶でおなじみのオートルーブスーパーオイルです。この他に100%化学合成油でグレードの高いRSもありますが、普通、スクーターにはオートルーブで十分と言われています」
元々、YAMAHAのオイルは高品質なことで有名ですからね。
「バイオは、100%化学合成油で、しかも排出後、自然分解しやすい成分で作られている自然に優しいオイルです」
「でも高いぞ。青缶の倍はかかる」
「うぐぅっ!?」
元々割高なのに加え、取り扱っているお店が限られるため、ディスカウントショップで安売りされている青缶とはそれぐらいの価格差が生じますね。
「まぁ、それでもRSよりはお安いですから」
それでRS並の性能(ノーマルエンジンに対しては、RS以上という話も聞きます)を持ち、なおかつ環境に優しいのですから言うことはないでしょう。
大体、私自身はなじみのバイクショップのバーゲンを活用していますから、結構お手ごろなお値段(税抜き990円)で入手していますし。
ちなみに、ガソリンと混合しエンジンを潤滑した上、燃焼して排出される2ストエンジン用オイルは、ただ高級品を選べば良いというものではありません。
(とはいえ、安物は絶対に避けた方が良いのですが)
そもそも2ストエンジンのオイルポンプは、純正オイルを基準に流量がセッティングされていますから、純正と大きく異なる性状のオイルをそのまま入れると供給の多寡が生じてしまいます。
燃焼性などの要素も絡みますし、自分のバイクに合わない銘柄を使用した場合、不具合を生じさせることが多いのです。
例えば、潤滑性が良いからと言って燃焼性の悪いオイルを使用したり、オイルの供給量が多すぎたりすると、白煙をまき散らしたり、酷いときにはマフラーからオイルが飛び散ったりします。
こういった場合、マフラーは当然オイル漬けになっていますので、中の触媒等も駄目になっていますし、また抜けも悪くなることからエンジン性能も低下してしまいます。
(気付かず、「高級オイル」で速くなった「つもり」になっている人が多いんですけどね)
ですから、やはりオイルは純正が一番です。
性能面で気になるなら、純正の中でグレードの高いものを選べば良いでしょうし。
まぁ、他に経験豊富なバイク屋さんが勧めてくれるような、十分な使用実績を持つオイルがあるというなら話は別でしょうけど。
「スクーターって、意外とお金がかかるんだね……」
しみじみと呟くあゆさん。
「そうですね、ガス代、オイル代、自賠責に任意保険。タイヤやブレーキパッドなどの消耗品も馬鹿になりませんし……」
「それでも車検は無いし、燃費はいいし、税金安いしマシな方だろ。佐祐理さんのフュージョンのようなビックスクーターにも憧れたけど、正直、維持費のことまで考えると今のアクシスがせいぜいだよな」
確かに。
高校生の身では、分相応が一番ですね。
「相沢さんは、保険は……」
「自賠責はアクシスを買った時に5年間で契約した。本体と合わせて、バイトで貯めた金がすっからかんになったけどな」
「アルバイト、されていたんですね」
「ああ、こっちに来る前はな」
「あゆさんも、アルバイトで買われたんですよね、チョイノリ」
「うん、でも、じばいせきっていうのは2年分しか払えなかったよ」
自賠責は、一気に払えばその分安くなります。
お金に余裕があれば、そうしたい所ですが、なかなか難しいですね。
ちなみに乗せ換えは効きますから、途中で車両変更しても大丈夫です。
ただ手数料がかかりますから、何度も乗り換えると赤字になってしまいますけど。
「任意の方は……」
「ああ、俺は入ってないけど、親がファミリーバイク特約入れてるから」
「私と一緒ですね」
「ふぁみりいバイク……」
「保険契約のオプションですよ。原付2種以下のバイクなら利用できます」
保護者の方が保険に入っている場合は、別に保険に入るより、これを利用した方が断然お得です。
原付ならではの利点ですね。
大型のバイクでは、年間の保険料だけでチョイノリが買えるほどかかったりしますから、天と地ほどの差が生じます。
「後は消耗品の交換やメンテナンスだけど、この辺は極力自分でやって工賃を浮かすしかないよな」
そうですね。
「まぁ、ブレーキ等の重要部分は、ミスがあると命に関わりますから、自信が無い限りはプロに任せるのが無難ですが」
「うぐぅ」
「詳しい方が身近にいらっしゃるなら、その方に教えてもらいながらやれば大丈夫ですよね、相沢さん」
「……なぜ、俺に振る」
憮然とした表情を作って見せる相沢さんに、笑って答えます。
「頼りにしてますから」
「そうか?」
「えっ?」
不意に相沢さんの口調が真剣みを帯びたものになって……
「たまには、天野自身に頼って欲しいんだがな」
「……っ!」
本当に、この人は、
いつだって唐突で、
「……頼りに、してますよ」
たったそれだけを答える為に、しばらく時間がかかってしまいました。
To be continued
■ライナーノーツ
2スト用エンジンオイルも最近は美汐が使っているバイオがなかなか置いていないため、青缶になりがちですよね。