この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
「ふぬぬぬぬーっ」
崩落により道を完全に塞いでいる岩の小山を乗り越えるため、スクーターから降りて押しながら、アクセルをふかす七瀬さん。
切り立った渓谷沿いに走っている細道ですから、踏み外せば数十メートル崖下の川へと真っ逆さま。
こんな山奥では助けを呼ぶこともできませんから、真剣です。
共にスクーターを引っ張りながら、相沢さんが叫びます。
「ファイトーッ!」
応える七瀬さん。
「いっぱぁーつ!!」
例のCMが冗談でなく再現できる状況って……
美汐のスクーター日記
『冒険百連発!』
「自然の中で、爽やかに汗を流す。ふふ…… 乙女にしか成せない技ね」
「相変わらずですね、七瀬さん……」
先ほどの『押し』のどの辺が爽やかで、どう乙女なのか、本当に理解に苦しむのですが。
いきなりクライマックスといった感じでしたし。
「はぁ……」
例によって、相沢さんと七瀬さんに強引に連れ込まれたのは、山奥の廃道でした。
ダムを横目に入った、軽自動車でもぎりぎり通れるか、すれ違いなんてとんでもない、といった細道は、すぐに舗装がとぎれて。
「みっしーとー、ななぴーがー、ジャーングルを進むー♪」
と歌うのは相沢さんでしたが、冗談ではなくそんな感じです。
生い茂る下草で、どこまでが道なのか分かりません。
一歩でも道をそれたら崖下の川に転落という状況下でこれは、恐怖以外の何物でもありません。
ガードレールどころか文明の痕跡自体、全く見あたりませんし。
「これでも、春先だからマシなんだぞ。夏になったら草が邪魔で入れないからなー」
確かにそうでしょうけど。
「と言いますか、相沢さん、国道しか通らないって言っていたのに何ですか、これは」
「んん? ここ、国道だぞ」
そんな馬鹿なと思い、地図を確かめますが。
「本当です……」
どんな国道ですか、一体。
「きゃあああっ!?」
「ななぴーがー底無し沼にーはまるー、見ている俺達のー顔は笑っているー♪」
「笑ってないで助けなさいよっ!」
底なし沼は大げさにしても、スクーターの小径タイヤでその深さのマッドに突入するのは自殺行為ですよ、七瀬さん。
もう少しライン取りを考えませんと…… って、ここ本当に国道なんですか?
「隊長! 自転車で通った跡でありますよ!」
「誰が隊長よ!」
打てば響くような突っ込みは七瀬さん。
何だか手慣れた様子です。
相沢さんが変なのは、相変わらずですが。
ともあれ、確かに地面に刻まれたタイヤの跡は、自転車のもの。
MTBで、この道にチャレンジした方も居るということですが。
「自転車は2輪。スクーターも2輪。自転車が通れて、スクーターが通れぬはずはない!」
「義経…… 鵯越ですか」
無茶を言わないで下さい。
スクーターはタイヤの径が小さい分、障害には弱いんですよ。
特に、底面にエキゾーストパイプが露出していますから、強くぶつけると破損するおそれがありますし。
マフラーが外れて爆音マシンに、というのは勘弁して欲しいところです。
「橋ね……」
「橋だな……」
「橋ですね……」
自然の中に、唐突にここだけ立派な橋が現れました。
それこそ、密林の中に発見された旧文明の遺跡のように。
「休憩するかー」
相沢さんの一声で、一休みすることに。
橋のたもとに相沢さんのアクシス、七瀬さんのBW’S、私のJOG−ZRを並べて記念写真、と言いますか、ここまで来たという証拠写真を撮ります。
何しろ、ここ以外に人工物が全くないという状態でしたから。
「一応、鉈は用意して来たんだけど、今のところ使わないで済んでるなー」
幸い、道を塞ぐような倒木等はありませんでしたね。
「どちらかと言うと、折り畳み鋸の出番かと」
「既にサバイバルナイフとかの出る幕じゃないな」
『帯に短したすきに長し』
結局出番はない、というのがその手のナイフですからね。
しばしの休憩の後、再出発します。
「っと!」
ガッ!
「っ、……やっちまったな」
「見事なうっちゃりでしたね」
アクシスを突き放すことで、転倒を避けた相沢さん。
ご本人は無事ですけど、スクーターは少し傷ついてしまいました。
右のウィンカーレンズが粉々ですし、ミラーも倒されています。
「ミラー、曲がっちゃった?」
「いや、ゆるんだだけだろ。ヤマハの右ミラーは逆ねじだからな」
心配する七瀬さんに、スクーターを起こしながら答える相沢さん。
相沢さんの仰るとおり、ただゆるんでいただけなようで、手で締めてすぐに直りました。
ちなみに、右ミラーに普通のねじを使っていますと、前から押されたときに閉まる方向に回すことになります。
それで回らなくなったり、ねじがバカになったりするのを防ぐため、ここにだけ逆ねじが使われているのです。
もっとも、オフ車乗りの方が本格的なチャレンジをするときには、この手の保安部品は破損しないよう、事前に全部外してしまうそうですけど。
しかし、ここは仮にも(本当に仮にですが)国道ですからね。
そんなまねはできないでしょう。
「いや、それよりウィンカーをどうするか、だな」
「幸い、球は無事なようねー」
点灯はしますが、ウィンカーは橙、または黄色と定められています。
レンズ無しでは問題でしょう。
「黄色のビニールテープで塞ぐか、電球を黄色く塗るかですが、準備していませんから。それまでは手信号しかありませんね」
「ぐぁ……」
そう言えば、私のJOG−ZRに採用されているクリアウィンカーでしたら、レンズが割れても電球の方に黄色いカバーが付いていますので、大丈夫なんですね。
見た目だけのものかと思っていましたが、そういう利点があるとは、初めて気付きました。
そうしてようやく道が多少、まともになってきた所で、長いトンネルへとたどり着きます。
「真っ暗ね……」
「電気、通じてませんからね」
照明が無いトンネルなど滅多にお目にかかれませんから、なおさら暗く感じますね。
私を先頭に、突入したのですが……
「なっ!?」
ヘッドライトが点いてない!?
最近のバイクは、安全のためライトを切ることができないようになっていますから、入れ忘れということは考えられません。
慌ててハイビームに切り替えると、ようやく前を照らしてくれるようになりました。
マーフィーの法則が働いているのでしょうか、こんな状態でトラブルを起こすとは。
正に危機一髪ですね。
いずれにせよ、トンネルを抜けた所で停車して、ライトを確認します。
「どうした、天野」
「いえ、ヘッドライトのロー側が切れたようで」
私は出発前にはいつも灯火類を含めた点検をしています。
今朝も行いましたが、その時には異常はありませんでした。
おそらく、この荒れた道を走っている内に振動で切れてしまったのでしょうね。
「どうするの? 日が暮れる前に帰り着くのは無理でしょ」
そう、心配して下さるのは七瀬さんでしたが。
「ハイ側は使えますから、大丈夫ですよ。ただ、そのままでは対向車の迷惑になりますので、ライトの上半分を塞がないといけませんが」
「軍用オートバイのライトカバーみたいなもんだな」
何でも、夜間、上方に光が漏れて敵から見つかることがないようにするためのものなのだそうです。
男の方って、そういう話がお好きですね。
「〜♪」
ようやくたどり着いたコンビニで買った黄色いビニールテープを、割れたウィンカーに貼りながら鼻歌を口ずさんでいる相沢さん。
今日は一日中それをBGMにしていらっしゃったようでしたが、ふと気付きましたので、指摘します。
「相沢さん」
「ん? 何だ天野」
「それ、インディ・ジョーンズじゃなくて、スターウォーズのテーマですよ」
沈黙。
「何ぃ!?」
驚愕の表情で叫ぶ相沢さん。
「馬鹿ねぇ、インディ・ジョーンズは、〜♪ 〜♪」
と笑いながら仰るのは七瀬さんでしたが、
「それは、ドラクエです」
もっと違います。
「ええっ!?」
やれやれですね。
To be continued
■ライナーノーツ
このお話は、国道418号線がモデルとなっております。
いや、実際あるんですね、こういう道。
有名な場所なので、連載時にも一発で当てる人がいらっしゃいました。
>「ファイトーッ!」
>「いっぱぁーつ!!」
元ネタはもちろん、
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