この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
いくら走っても変わらぬ風景に、ついにスクーターを止める相沢さん。
「これは…… 閉鎖空間かっ!」
「素直に迷ったと言って下さい」
真剣な顔をして、何を仰るかと思えば……
美汐のスクーター日記
『方向音痴?』
「何かの小説じゃないんですから」
いきなりSFめいたことを言われても困ります。
まったくこの人は……
ため息をつきつつ、メットインの中から地図を取り出します。
「それで、どこに行こうとしていたんですか?」
「ああ、この分岐を…… どうした?」
「いえ、地図を読めるのに迷う人は珍しいな、と」
道に迷った人にいきなり地図を渡しても、まず役に立たないというのが普通です。
「そんな風に地図がすらすら読めるなら、迷いそうにないと思うのですが」
「そんなもんか?」
「方向感覚、というのももちろんありますけど、方向音痴な人と言うのは、頭の中に地図が描けないから迷うと言われますし」
「ああ、空間認識能力の話なら聞いたことがあるぞ。それを3次元でできるのが新しい人類……」
「ですから、何のお話です」
人の革新などに用はありません。
ともあれ、お守り代わりに持ち歩いているライターに付いたミニコンパスで方角を確認しつつ、現在位置について話し合います。
「その分岐路でしたら、出発してから30キロの所にあります。現在、50キロほど走っていますから、20キロ程度戻れば…… って何です?」
「いや、何で距離が?」
「もちろん、オド…… 走行距離計からですが」
「ああそうか、って一々覚えてるのか?」
「まぁ、その日の走り始めくらいは。覚えていなくても、速度と時間から計算で、大体の移動距離は分かりますよね」
「なるほど、オドと地図って、そう言う風に組み合わせて使うのな」
「基本ですが…… って、もしかして、何も考えていませんでしたか?」
「そんなことも、なきにしもあらずだぞ」
「……『とりあえず行けるところまで行ってみる』っていう行動指針は改めませんか?」
「それが俺の持ち味だからな」
処置無し、ですね。
私が呆れた顔をすると、急に真剣な表情をされて、
「例えばだな、遊びに出かけた帰りに相手から『また一緒に行きたいですね』と言われたとする」
また、いきなり何のお話です?
「そこで、『もしここで答えずに黙ったりしたらシャレにならないよなー』とか思いついたら、試してみたくはならないか?」
「なりません」
即答します。
「もしかして、この間、栞さんに怒られていたのって……」
「ああ、本当にシャレにならなかったぞ」
当たり前です。
何て真似をするんですか、この人は。
「そんなことを続けていたら、その内遭難しますよ」
道はもちろん、人生にも迷いそうです。
「まぁ、『全ての道は自宅に通ずる』と言うし」
そう、暢気に仰る相沢さんに、私は自分のこめかみを押さえるしかなかったのでした。
To be continued
■ライナーノーツ
作中の祐一と栞のお話、実際にやってみたことがあります。
死ぬほど怒られました。
芸人の道は辛いものなのですね(誰が芸人か)
>ライターに付いたミニコンパス
これですね。
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