この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
「ほれ、メットだ。天野のやつとは違ってOGKの安物だけどな」
「何言ってるんです。確かにOGKはホームセンター等にも卸されていて、安価だというイメージがありますけど、品質的には立派な……」
「……天野?」
「こっ、これ、香里先輩が使っていました?」
「ん? ああ、そういえば一昨日、香里を乗せたっけ…… って、何で分かるんだ?」
「い、いえ、その……」
……シャンプーの残り香で分かったなんて、言えませんよ。
「どうした、天野。被ってくれないと後ろ、乗せられないんだが」
「は、はいっ」
「……? おかしなやつだな」
美汐のスクーター日記
『マリア様が見てますよ』
「天野さん、ヘルメット貸してくれない?」
「はい?」
一瞬、何を言われたのか分かりませんでした。
水瀬家にお呼ばれした私。
そこには香里先輩の姿もあって……
「ちょっと用事を済ませてきたいんだけど、相沢君が乗せて行ってくれるからって」
相沢さんのアクシスにタンデムされるということなんですね。
でも、どうして私に?
確か、ここには相沢さんとタンデムされる方のために、共用になっているヘルメットがあったはずです。
ちなみにジャケットまでは用意していないため、大抵の方は「相沢さんのジャケット」を「強奪」することになります。
……まぁ、相沢さんのことです。
本当は言われずとも貸してあげるのでしょうから、ポーズだけなのでしょうけど。
って、そうじゃなくて。
「いつものOGKのヘルメットはどうしたんです?」
「いや、昨日、佐祐理さん達の所に行って忘れてきたんだ。香里の用事済ましたら、帰りに取ってくるつもりだけど」
「……天野さん?」
少し、表情を曇らせて香里先輩。
「迷惑な、お願いだった?」
「そんなことありません!」
慌てて否定します。
いえ、ヘルメットは命を預けるものですから、貸し借りなんてとんでもないという主義の人も世の中に居るのは確かですが。
整髪料は、内装や緩衝材を痛めるとか、一度落としたヘルメットは緩衝材にダメージが入るので使えないとか。
私は扱いには気を付けていますが、さすがにそこまで神経質にはなっていません。
と言いますか、ある程度ラフに扱えるようでなくては、ライディング用品として用を成さないんじゃないかと。
「……あ、いえ、ただそれなりに使い込んでいますから、その、私の匂いとかついてると……」
「何だ、そんなこと?」
微笑みを浮かべ、身をかがめる先輩。
そのお顔が、とっさのことに硬直している私の胸元に近づいて……
すうって、
匂いを、かがれた。
「あたし、天野さんの匂い、嫌いじゃないわよ」
「……っ!!?」
一瞬で、顔が真っ赤に火照るのが自分でも分かりました。
「あ、ごめんなさい。不躾だったわね。入院中、頻繁にお風呂に入れないのを気にする栞を、こうやって安心させていたものだから」
「い、いえ、そんな……」
……ど、どうも香里先輩、栞さんに向けるのと、おんなじ目で私を見てる所があって。
それは光栄なことですが、でも生まれながらの姉妹なら何でもないでしょう、フランクなスキンシップも、他人とのふれ合いに慣れていない私にとっては心臓に悪いほどドキドキで。
それを無防備にされるのですから、たまったものではありません。
ある意味、同性であるがゆえに相沢さんのセクハラよりタチが……
いえ、相沢さんのおふざけと一緒にしては香里先輩に失礼です。
……って、そうじゃなく、そうじゃなくてっ。
「おーい天野ー、生きてるかーっ」
「天野さん?」
「へ、ヘルメット取ってきますっ!」
脱兎のごとく駆け出してしまう私なのでした。
「あー、天野?」
「……何も言わないで下さい」
水瀬家の玄関先に停めていたZRのシートに手を付いて、がっくりとうなだれる私。
「そうは言っても、そんな様子を見せられるとなぁ」
挙動不審な(はい、思いっきり自覚してます。だからこんなに落ち込んで居るんです)私を心配してか、追いかけてきてくれた相沢さん。
「天野がそんなに取り乱すなんて、一体どうしたんだ? ……大体最初から、少しおかしかったし」
「………」
はぁ、いつもながら鋭い人です。
変なところは、嫌になるくらい鈍感なのに。
のろのろと、ポケットからキーを取り出し、集中ロックを解除。
そしてメインキーをひねってメットインを開けます。
中から私の愛用しているショウエイのジェットヘルを取り出して……
「シャンプーなんです」
「は?」
『ふーん、名雪、あなたあのお店でシャンプー、オーダーしてるんでしょ』
『わ、びっくり。何で分かったの?』
『ストロベリーの匂いのシャンプーなんて、オーダーしない限り、その辺じゃ売ってないわよ』
『あ、そうだったんだ』
『……バニラは市販されてるんだけどね。ええ、何故か』
『それじゃあ、香里はどんなの使ってるの?』
『あたしは……』
「実は先日、香里先輩と名雪さんが話されているのを偶然聞いてしまって……」
訥々と、言葉をつなぐ私。
「香里先輩の髪って憧れなんです。私の髪って猫毛で、あんな風な綺麗なウェーブには逆立ちしたってできませんから」
先輩は、時々髪をかき上げて流す癖があって。
その仕草と、流れる髪の美しさは、例えようもなく優雅に見えて。
「……そんな時、仄かに香ってくる匂い、それがお話に出てきたシャンプーの香りだったんです。それで、思わず…… 同じ物を買ってしまったんです」
某ショップのオリジナル商品。
さすが、香里先輩が選んだだけあって、良い物でした。
「天野……」
「男の方には分からないでしょうね。女の子にとって、化粧品とかシャンプーとか、服とかアクセサリーは、自分で捜したり、友達から教えてもらったり。とにかく大切な物なんです」
ぎゅっとヘルメットを抱く腕に力が籠もります。
「それなのに…… 私は、お二人のお話を立ち聞きした上、黙って真似してしまって」
「ああ何だ、そういうことか。つまりヘルメットに残った匂いでばれると」
納得したと言うよりも、どこか安心したように言う相沢さん。
「それ以外に何があると言うのです?」
「いやてっきり、天野と香里が百合の世界に……」
「相沢さんっ!?」
何て事を言うのですか、この人はっ!
わ、私のことはともかく香里先輩に失礼です!
「……相沢さん、北川先輩と仲いいですよね」
「何を急に……っ! い、いや、その先は言わなくてもいい。それだけは勘弁して下さい。マジで。私が悪うございました天野様」
はぁ、全くこの人は……
自分がされて嫌なことは、他人にもしない。
論語にもある、人として最低限のルールですよ。
「いや汗くさい野郎と女の子とじゃ、やっぱ違うって。ヘルメットだって貸し借りする気が起きない事が多いぞ。特にフルフェイスで夏場とかだと」
「……嫌なこと言わないで下さい」
最近のヘルメットは内装を取り外して洗うことができますし、そうでなくともバスタブに浸けて丸洗いすればOKです。
気を付けなくてはいけないのは乾燥についてですが、これはタオルを当てて水気を十分切った上で、風通しの良いところで陰干しすればよろしいでしょうし。
そこまでしなくとも、日頃、汗をかいたらウェットティッシュか何かで拭いて乾かしておくだけでもずいぶん違うと言います。
「どうしたの、二人とも」
「っ!?」
か、香里先輩っ!
「おお香里。実は、天野が香里と同じシャンプー使うようにしたの、気にしててな。名雪と話してたのが聞こえたんだと」
「相沢さんっ!?」
いきなりバラしてしまいますか、この人は!
「相沢さんは……」
思わず抗議しようとして…… そして気付きます。
相沢さん、いつもの悪戯っぽい表情をしているのですが、目だけが優しく笑っていて。
……わざと無神経を装って言ってくれたのですね。
本当なら、私の口から言わなければならなかったことを。
でも、
「ああ、そういうこと。そうよね、天野さんも、そういうの興味あるわよね」
うんうんと頷く香里先輩。
……何で、そんなに嬉しそうなんですか?
「ねぇ、今日、うちに泊まりに来ない? そういうこと、あたしも色々お話ししたいし」
「は、はい?」
「栞も名雪も、趣味がちょっとね…… 天野さんなら話もできそうだし」
そ、それは私はストロベリーやバニラのシャンプーに拘ったりはしませんけど。
「ねぇ、いいでしょ」
「は、はぁ……」
いきなりのお話で、どう答えれば良いのか混乱してしまいます。
相沢さんの方を見ても、もう完全に面白がっている様子で手をひらひらと振られて……
小声でドナドナまで歌ってます。
どういう意味ですか、それは。
「それじゃ、ヘルメット借りるわね」
「あ……」
抱きかかえたままだったヘルメットを、スポンと抜かれて。
でも香里先輩、被ろうとして動きを止め……
「香里先輩?」
「ふふっ、天野さんの匂いがするわ」
「〜〜〜っ!!?」
もう、好きなようにして下さい……
To be continued
■ライナーノーツ
……そういえばその昔、私のSSって某百合小説リンクに紹介されたことがあるんでしたっけ。
って、いやいや別に今回のお話、そういう話じゃないですよ(汗)
祐一のアクシスのタンデム用ヘルメットってヒロイン達の共用だなって所から、彼女達の関係、ふれ合いを書いてみただけで。
やっぱり野郎とは違いますよね、こういうの。
野郎だと「ファブっとけ」