この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



「イチゴサンデー!」
「アイス盛り合わせです!」
「……太っても知らないわよ、栞」
「そっ、そんなこと言う人、キライですっ!」
「佐祐理は今日のお勧めの、キャロット・シフォンケーキと紅茶のセットにします。舞も同じでいい?」
「はちみつくまさん。ニンジンさんのケーキ、相当嫌いじゃない」
「うぐぅ、タイヤキが無いよ……」


「………」
「どうしたの、相沢君。変な顔してコーヒーなんか見つめちゃって」
「ん? ああいや……」
「はぇ? いつものブレンドですよねー」
「あ、いや佐祐理さんも。何でもないよ、何でも……」
「そうですかー?」


「ふぅ……」


「「「「「「………?」」」」」」


「……天野」


「「「「「「っ!!!?」」」」」」



美汐のスクーター日記
『コーヒーラリーレイド』



「相沢さんが、ため息混じりに私の名を、ですか?」

「「「「そう(です)(なんだよっ)(だお〜)!!!」」」」

 そんなに、意気込まなくても……

「あぅ〜っ」

 真琴も怯えてます。

 今日は真琴とお買い物に行ったのですが、家に着いたとたん、待ち受けていたみなさんに捕まってしまいました。
 みなさん、今日は相沢さんと百花屋に行ったようですが、そこで何やらあったようです。

「本当に心当たりは無いんですか?」
「倉田先輩……」

 興奮気味の名雪さん達に代わって、倉田先輩が柔らかな声で質問されます。
 でも、そんなことを言われましても、心当たりなんて……

「でもホント、おかしかったわよ。コーヒーを見つめてため息をつく相沢君なんて、初めて見たわ」

 考え込む私を気遣うように仰る香里先輩。

「コーヒーですか?」

 もしかして……

「あれじゃないの、美汐」
「何か知ってるんですか、真琴さん!!」
「あぅっ(涙)」

 栞さん……
 ですから真琴が怯えます。

「あぅ、今日は美汐のコーヒーの日だから」
「天野さんの?」

 ううっ……
 みなさんの視線が痛いです。

「はぁ、仕方ありませんね。相沢さんには秘密だと言われているのですが……」



「実は、相沢さんがうちにいらっしゃる時には、コーヒーをご馳走することにしているんです」

 そのコーヒーを入れた容器を冷蔵庫から取り出し、説明します。

「アイスコーヒーなの?」
「まぁ、そういう時もありますし、改めて暖め、お出しすることもあります」

 意外そうに言われる香里先輩に、端的に答えます。

「………」
「お姉ちゃん?」
「いえ、こう言っては何だけど、百花屋のコーヒーって、かなり美味しいのよ。特に相沢君がいつも飲んでるオリジナルブレンドは、マスターが趣味で淹れてるものだから」
「そうですね〜。佐祐理もコーヒーはあまり飲まないんですが、百花屋のコーヒーは美味しいと思いますよ」
「はちみつくまさん。私も嫌いじゃない……」

 確かに。
 私も自分でコーヒーを淹れるための参考にさせていただきましたが、なかなかのものでした。

「あれ、でも香里って紅茶党じゃなかった?」
「ええ、どちらかというとそうかも知れないけど、コーヒーも飲むわよ。百花屋のブレンドは相沢君がいつも頼むから、試してみたんだけど」
「えぅ、お姉ちゃん、いつの間に祐一さんと同じもの……」
「何言ってるのよ。あなた達、いつも自分の好きなものしか食べないじゃない」
「えぅ」
「うぐぅ」
「だって、イチゴ……」


「まぁ、それはともかく……」

 脱線しかけた話題を元に戻そうとし、少し困ったように言葉を詰まらせる香里先輩。
 仰りたいことは分かっていますし、私を気遣って下さっているのも分かりますから、ここは自分から言います。

「コーヒーに限らず、飲み物は淹れたてが一番ですからね。素人が淹れた作り置きと、プロが淹れたコーヒー。普通、比較対象にもなりませんよね」

 まぁ、ただの作り置きではないわけですが。

「そんなこと無いわよぅ! 美汐のコーヒーは苦くないし、ミルクなしでも飲めるくらい美味しいんだから!!」

「「「「「!?」」」」」

 真琴の言葉に驚かれるみなさん。
 そうでしょうね。
 真琴はかなり鋭い味覚を持っていますが、渋み、苦みには特に敏感です。
 普通であればコーヒーなんて、限りなく牛乳に近いカフェオレにしないと飲めないくらいなのですから。
 まぁ、もったいぶるのも何ですし、種明かしをしてしまいます。

「水出しコーヒーなんですよ、実は」

「うぐぅ?」
「冷水を点滴して、半日くらいかけて抽出する淹れ方です。熱を加えませんから、苦みや渋みが出ず、豆が持つ本来の風味を崩さずに淹れることができるんですよ」
「へぇ……」

 昔は喫茶店でもこれを売りしたお店もあったそうですが、淹れるための器具が大きく高価なこと、それ以上に作るのに時間がかかることから次第に姿を消して行ったそうです。
 最近では小型の器具が開発されて、私のような一般人でも手軽に淹れられるようになりましたが、やはり時間がかかるのがネックになり、扱っている喫茶店はごく限られているようです。

「悪いけど、天野さん……」
「はい、みなさんにお出しすると、少しずつになってしまいますが……」

 そして、それだけ相沢さんの分も少なくなるわけですが、これは仕方ないですよね……(汗)



「っ! くっ! もうっ!」

 ガタガタと振動する車体を、逆らわず、さりとて流されずで操ります。
 今はもう、誰も利用しなくなった登山道へと続く林道。
 足下は当然砂利道で、結構ガレている所もあります。
 浮き石に陥没、派手なギャップ。
 常に路面に気を配ってラインを決めるわけですが、避けきれない段差などがあるとフロントサスが底付きして、強烈なキックバックが返って来ます。
 手を突っ張ったりせず、上体を柔らかく構えてショックを吸収するのですが、それにしてもキツくて……
 普通であれば、こんな荒れたダート、スクーターなどで通りたくはないのですが。

「っ!!」

 ちょっと無理をさせただけで、簡単にリアが流れます。
 バンク(と言いますか、わだちですよね)に引っかけられれば良いのですが、そうでなければアクセルとエンブレ、そしてリアブレーキを引きずったりしてテールの流れを調整します。
 慌てて急激にグリップを回復させてしまうと、ハイサイドを起こす危険がありますからね。
 いざとなれば地球を蹴って体勢を立て直して。
 イン側の足を前方に投げ出す、オフ車に乗っている方のライディングを参考にするのですが、なかなか難しいです。

 ちなみに、この辺の経験はオンロードでも結構役に立ちます。
 タイヤが小さくギャップを拾いやすいスクーターでは、高速走行時、特に雨が降ったりすると車体が不安定になり易いですから。
 こういう滑りやすい路面で、身体でバランスを取って車体をコントロールし、グリップ、トラクションを稼ぐことを経験しておくと、普段の走りに役立つのはもちろん、雨の路面でスリップした時や、前車の急ブレーキで体勢を崩した時などにもとっさに立て直すことができるようになります。

 とはいえ……
 やはり、基本的にスクーターは林道を走るようにはできていません。
 以前乗っていたJOGスポーツに比べてサスペンションが良くなっている分マシだとはいえ、振動で車体がどうにかなりそうですし、それ以前に私が壊されてしまいそうです。
 大きなギャップは腰を浮かし、膝と言いますか身体全体でショックを吸収してやりすごすのですが。

「っく!」

 まぁ、ライディングポジションが自由にできるのと、軽い分だけ取り回しがしやすいので、リッターSS等でチャレンジするよりはマシなんでしょうけどね。


 深い渓谷沿いを遡って行くこの道。
 砂防ダムを横目で見つつ、錆び付き朽ち果てた欄干しかない小さな橋を渡り……
 いえ、橋がある所はまだマシで、小さな沢を横断する所などでは、適当にならされた岩場に鉄管が埋め込まれていて、それで沢水を通しているだけなんです。
 雨が降って増水したら、多分ここ一帯が川になってしまうんでしょうね。
 明らかに落石でできたと思われる凹みの付いたカーブミラー。
 崖っぷちだというのにガードレールも無く、ただ鉄筋にロープを渡しただけの所があったり、それすら無かったりと、変化に富んだコースを辿ります。
 道脇からしだれかかるように伸びている灌木の小枝には、タイミングを合わせてミラーを当てて弾いたり……
 オフ車と違ってブッシュガードなどの防御がありませんから、こんな小技も有効です。

 ……そうして、いい加減、死にそうになった所で目的地に到着です。
 砂利を少々弾きながらの停車。
 勢い余って、慌てて足をついてしまったのはご愛敬ですね。

「ふぅ」

 センタースタンドを立ててシートに腰掛け、少しばかりの休憩で振動によるダメージを癒します。
 こういった不整地では、安定して停められるセンタースタンドは便利ですね。
 サイドスタンドを付けて外してしまう人もいらっしゃるのですが、こんな道ではアンダーガード代わりにもなりますし、整備にも便利ですし、私は残しておいた方が良いと思うのですが。
 大体、ギアの入らないスクーターではタイヤが動いてしまうため、サイドスタンドでは坂道に停められませんし。
(私のZRのように、集中ロックで後輪がロックできる車種ならいいんでしょうけどね)
 停めている間に、サイドスタンドが軟弱な地面にめり込んで倒れてしまうというのも、ツーリングでは良く聞く話です。


 小休憩後、メットインからポリタンクを取り出して水場を目指します。
 下草をかき分けなければなりませんが、頑丈なシューズを履いていると、こういう場面でも役立ちますね。

 この水場、私は月に1回程度、バイク便の仕事で訪れます。
 依頼者は、元喫茶店マスターのご隠居さん。
 究極のコーヒーの為の水を求め、最後に行き当たったのが、ここの水場の湧き水なのだそうです。
 私のような素人でも美味しいと言っていただけるコーヒーを淹れることができるのですから、その効果は確かなようです。
 ただ、ここに至るまでの林道が、崩落のため車が通れなくなってしまって。
 辛うじてバイクなら何とか通り抜けられるため、バイク便会社に依頼が来て、結果、フリーの私がそれを受けることになったのです。
 イレギュラーな仕事なので、正社員は使えませんからね。
 まぁ、とにかく道行きが大変なので、普段は依頼を果たすついでに少々自分の分を汲んで帰るだけなのですが、今回は特別です。

 ……みなさんに試飲していただいたら、相沢さんの分が無くなってしまったのです。

『俺は、天野のコーヒーは飲み過ぎないよう、たまに飲むだけと決めている。あのコーヒーに慣れてしまったら、普通のコーヒーが飲めなくなっちまうからな』

 とまで言って下さった相沢さんです。
 その数少ない機会をふいにされたのですから落胆ぶりは激しく、みなさんにばらした真琴を梅干しでお仕置きしながら、

『何とかしないと天野を取って食う』

 と脅迫するものですから、仕方なく出向いた次第です。

「はぁ……」

 まぁ、いいんですけどね。
 あまりモノにこだわることのない相沢さんの、数少ない嗜好品です。
 ……元々、緑茶をお出ししたら『おばさんくさい』と言われましたので、意地になって美味しいコーヒーを淹れようとしたのがきっかけでしたが。
 日頃の感謝も含め、心を込めて淹れさせていただきましょう。


 このコーヒーをお出しすると、相沢さん、目に見えて機嫌が良くなって、

『これさえあれば、この世は楽園だな』

 と微笑って下さいますからね。



To be continued



■ライナーノーツ

 スクーターでダートなど走るものではないと思うのですが、田舎の方に行くと、道路工事でひどく長いダートができあがっていたりして、望まなくても走らざるを得ない場合があります。
 背後からえらい勢いでトラックが迫って来るも、工事中の道路にはパスさせる余裕もなく、凄いスピードで有無を言わさず突っ切らないといけない、などという時も。
 まぁ、今回のお話でも書かせて頂きましたが、経験とテクニックはあるに越したことはないという所なんでしょうね。
 なお、最近では水出しコーヒーも簡単に淹れられる用具が出回っていて嬉しいですね。


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