この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



「天野ー、そろそろ昼飯にしないか」

 信号で停車した私のZRの隣に、相沢さんと真琴のアクシスが並びます。

「そうですね。真琴、何か食べたいものはありますか?」
「真琴は……」
「肉まんは却下だぞ」
「あぅ……」

 相沢さんと真琴の、いつものやりとり。
 いいですけど、そんなことをしていると信号が変わってしまいますよ。

「仕方ありませんね、私が決めていいですか?」
「おう」
「うん」

 私は二人を先導するため、信号が変わると同時にアクセルを開きました。



美汐のスクーター日記
『いつものところ』



 結局、いつもこの道を使うときに利用する喫茶レストランに入ります。
 人もまばらな山間の農村。
 無人駅から伸びた道と3桁国道との交差点に、それはありました。

「いらっしゃいませー」

 中に入ると、ウェイトレスのお姉さんの声。
 先客の方々が何人かいらっしゃいましたが、全員地元の方のようです。

「ふぅん、ここが天野のお薦めか」
「あぅ」

 私に続いて相沢さんと、真琴。

「なんか、感じいいな」
「はい」

 国道沿いに建てられたこのお店。
 店構えやメニューは、外来のお客向けなのですが、この辺でも数少ないレストランということで、地元の人の憩いの場にもなっています。


 窓際の席につき、メニューを覗き込む相沢さんと真琴。
 私は、お冷やとおしぼりを持ってきて下さった店員さんに、日替わりのランチメニューを聞いてみます。
 今日は豚カツということでした。

「おっ、天野のお薦めはランチか?」
「そうですね。でも、相沢さんには量的に物足りないかも知れませんから、お好きな定食にコーヒーを付けては?」

 750円のランチには、飲み物が付きますが、他の定食は別となっています。

「んー、いや、いいや。俺もランチで」
「真琴もー」
「それでは、ランチを3つ。私の分はご飯、半分で……」
「いや、そのままでいいぞ。俺がもらうから」
「いいんですか?」
「おう」

 そういうわけで、ランチを3つお願いしました。
 飲み物は、相沢さんがコーヒー、私はオレンジジュース。
 真琴はカルピスでした。

「ここ、いつも使ってるのか?」
「はい」

 ツーリング先での食事。
 観光客向けのお店でその土地の名物料理を楽しむのもよろしいのですが、それとは反対に土地の方々が利用するお店を覗いてみるというのも良いものです。
 ただ、そう言うお店はよそ者には入りづらい場合が多くて。
 その意味で、このお店は丁度良く、私はいつも利用させていただいています。

「雰囲気が好きなんですよ。もちろんランチもおいしいですけど」
「そうか」

 さほど待たされることもなく、ランチが運ばれてきます。

「うぉ、ライスもたっぷりだな」
「大丈夫ですか?」
「ん、ああ、半分もらっていいんだな」
「はい、それだけでは何ですので、カツも少し持って行っていいですよ。真琴は大丈夫ですか?」
「あぅ、これぐらいへーき」
「それは良かったです」

 そんなこんなで、昼食スタートです。
 このランチ、メインである豚カツは、大してボリュームはありません。
 個人的には、レストランにありがちな、口の中を引き裂くような過剰な衣が付いていないのが高得点ですが、量的には女性でも無理なく食べられる程度ですから、男の方には物足りないかも知れません。
 その代わり、

「ふぅむ、野菜たっぷりという感じだな」
「ええ、お野菜が安い土地ならではです。750円でこれだけの内容というのも、ちょっとお目にかかれませんね」

 最近では500円のワンコインランチというのも珍しくはないのですが、その場合、野菜など小さなサラダかキャベツの千切りがせいぜいと言うところ。
 所がこのランチは……

「キャベツの千切り、レタス、キュウリ、トマトまでは普通としても、ポテトサラダにカットフルーツ、煮物の小鉢。漬け物にしても業務用をただ開けただけではない、数種類の野菜を漬けた自家製ですよ」

 これに味噌汁、煎茶、飲み物が付くのですから、言うことはありません。
 今日の味噌汁はシジミでしたし。

 ツーリングでは外食となるため、食事のバランスが崩れがちなのですが、ここのランチなら、そんな心配はありません。

「さすが天野のお薦めだな」

 相沢さんにも満足していただけたようで、嬉しいです。
 真琴は……
 ふふ、脇目も振らず、一心に食べてますね。
 気に入ってくれたようです。


 そして、食後。

「ふむ、コーヒーもなかなかだな」
「それは、そうですよ。食事時以外は喫茶店なんですから」

 仮にも喫茶レストランなのですからね。
 ちゃんと、食事が終わった所に店員さんが淹れたてを持ってきてくれます。
 私のオレンジジュースと真琴のカルピスにも、きちんとしたグラスに透明感のある氷、そしてチェリーが添えられて。
 お味の方は、最近の果汁100パーセントに慣れた舌には不思議に感じるような、懐かしい甘みがありましたが。
 少し古びた店内の様子もあって、タイムスリップしてしまったかのよう。

「美汐ー、食べないならサクランボちょうだい」
「いいですよ」

 ちょっと行儀悪く、チェリーを指でつまんで口に運ぶ真琴。
 でも、そんな様子もごく普通にとけ込んでしまうような雰囲気がここにはあります。

「何だか、休日に食事に出てきた地元の家族連れって感じだな?」
「あぅ、だったら美汐がお母さん?」


 ……私は、真琴の中でもそういう位置付けなんですか?


 少し、落ち込んでしまいます。

「祐一はお父さんねっ」
「誰が親父だ、誰が。大体それなら真琴は娘だぞ。しかも幼稚園児か小学生」
「あぅー、れでぃに向かって何を言うのよぅ」

 ……なにげにさらりと流されていますが、私と相沢さんが夫婦なんですか?
 そこは問題じゃないんですか?

「はぁ……」

 窓の外、首を傾げて待つZRに、思わず助けを求めるように視線を向けてしまう私なのでした。



To be continued





■ライナーノーツ

 やはりツーリングに出かけた先の食事というのも重要ですよね。
 初めての街で美味しいお店を探すのも良いのですが、いつものコースのいつものお店というのも、やはりよろしいもので。
 このお話で書いたお店にはモデルがあるのですが、素材の安さに加え、鮮度が違いますので、同じ定食でも都会で食べるものとは満足度が違います。
 下手に名物料理を食べるより、私にはよろしいですね。
 待たされもしませんし。
 しかし、あのレトロな味わいのオレンジジュースの正体は……


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