この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



「えぅ〜っ」


(……ちょっと、何とかしなさいよ相沢君)
(何とかって言われてもなぁ)
(あなたがスクーターなんか持ってくるのが悪いんでしょ。しかもこれ見よがしに、ツーリングの自慢なんかして)
(ちょっと待て、アレは真琴やあゆが勝手に漏らしただけで……)
(あの二人が黙って居られるはずがないって、相沢君だって分かってるでしょ!)


「えぅ〜っ! そこっ、何こそこそ言い合ってるんですかっ!!」



美汐のスクーター日記
『タンデムシートの価値は?』



「助けろ天野」


 ……いきなり命令形ですか。


 相沢さんのアクシスの、タンデムシートに乗る権利。
 体力や運動神経の面から、最後まで許可が下りなかったのが、あゆさんと栞さんでした。
 お二人は同盟して、待遇の改善を求めていたのですが、あゆさんは自ら原付免許を取って、スクーターを買ってしまいました。
 残された栞さんは当然、不満を募らせるわけで、真琴やあゆさんから漏れ聞こえてきたツーリングの話にとうとう爆発してしまったわけです。

 ちなみに、スクーター禁止組ですが、あゆさんが抜けた代わりに名雪さんが入りましたので、人数に変動はありません。

 一度は許可が下りた名雪さんでしたが、
『身体に響く、心地良い振動』
『連続したエンジン音』
 そして何より、
『信頼している男性の、広く暖かな背中』
 これだけの条件が揃って、あの人が寝ないはずが無かったのです。
 案の定、時速60キロで走行中にやってくれまして、即禁止となった次第です。

 まぁ、それはともかく。


「相沢さんが普通免許を取られたら、一番に車の助手席に乗せてもらうということで手を打ちませんか?」
「え、えぅ?」

 脈ありですか?

「み、魅力的な提案ですが、それはそれです。バイクにはバイクにしかないロマンがあるんですっ!」
「はぁ……」

 ロマンですか。

「夕暮れの海岸線を走るバイク。
 薄着してきた私に、風はまだ少し冷たくて。
 心配してくれる祐一さんに、私は黙って身体を寄せることで答えるんです。
 ……あなたの背中が守ってくれるから大丈夫ですって」

「「「………」」」

 スクーターのタンデムというお題で、瞬時にここまで想像できるのも凄いです。
 さすが、いつもそういうドラマを見ているだけはあるということでしょうか?

「はぁ、栞、あなたはまだ身体が弱いんだから、薄着で風に当たるなんて、できるわけないでしょ」
「えぅ、お姉ちゃん、少女の夢を無粋な現実論で壊さないで下さい」
「無粋ってねぇ…… だいたい、そういうことは懸垂が一回でもできるようになってから言ってちょうだい。モグラ叩きを2回連続でやっただけで、握力が無くなってハンマーを持てなくなるような人間を、スクーターに乗せられるわけがないでしょ」

 これは、私達の間では有名なお話で。
 ちなみに、栞さんの手からすっぽ抜けたハンマーは、UFOキャッチャーをやっていた北川先輩に直撃。
 3000円かけてようやくゲットしかけた景品を、絶対に取れない位置に落としてしまい、そのまま真っ白に燃え尽きた……
 というのは、出来過ぎですが実話です。

「確かにな、いくらタンデムレストを付けたとは言え、栞をアクシスに乗せるのは不安だよなぁ」
「えぅ、祐一さんまで」
「そうですね、フュージョンとかならともかく……」
「フュージョン? ああ、あれか。あれなら確かに……」

「フュージョン?」

 首を傾げる香里先輩に、相沢さんが答えます。

「HONDAのビッグスクーターだよ。安定性抜群の低重心、ロングホイールベースの車体に、独立したタンデムシート……」

 ちょうど、再販のモデルが載っているカタログ雑誌を出してきて、それを見せながら、

「2ケツ…… タンデムするには最高のバイクって言われてる。これなら栞でも何とかって感じだな」
「ふぅん、確かにこれなら安全そうね」

 頷かれる香里先輩。
 そして一言。

「相沢君、これを買いなさい!」
「命令形かよ!!」

 すかさず叫ぶ相沢さん。
 人のことは言えないと思うのですが……

「絶対無理だ。アクシスの維持にもひいひい言ってるのに、こんな高いもの買えるわけがないだろ。いくらすると思ってるんだ」
「別に新車じゃなくてもいいでしょ。中古なら……」
「無理無理。根強い人気がある趣味人の為のスクーターだぞ。中古でもさほど値が下がらないんだよこいつは」

 そうですね。
 再販されたにも関わらず、中古も全く値崩れしていませんから、このスクーターは。

「水冷4サイクルのエンジンで、パワーはそれほどないんだが、あの独特のパルパルパル……ってエンジン音が……」

 パルルルル……

「そうそう、こんな音…… は?」
「相沢さん、あれ……」

 軽妙なエンジン音を響かせながら、学校の敷地内に入ってくるビッグスクーター。
 運転するのはストリートスタイルがよく似合う黒髪の女性。
 そして、タンデムシートに乗られているのは、華やかな笑顔の……

「あはは〜」

 もうお分かりですね。

「佐祐理もスクーター買っちゃいましたー。これで毎日、お昼をご一緒できますよー」
「……私も免許取った」

「佐祐理さん…… 舞……」

 流石の相沢さんも、言葉がないようです。
 と言いますか、毎日フュージョンで大学から学校に乗り付けるつもりですか、倉田先輩。
 確かに、服を選ばず乗れますし、大きなお弁当もそのまま載せられるトランクはありますし。
 何より、車と違って駐車スペースをあまり考えなくても済みますから、最適だとは思いますが。


 ……まぁ、それは置いておくとしても、

「フュージョン、何とかなりそうですね」
「ああ」

 そういうことに、なりそうです。



To be continued







■ライナーノーツ

 栞の妄想の元ネタはああっ女神さまっOVA主題歌「MyHeart言い出せないYourHeart確かめたい」から。

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