劇場版ナデシコ・アフターストーリー
『30分だけの ハーリー(と見せかけてルリ)・サイド』



 彼女と出会ったのは「火星の後継者」の残党の情報を探るため、とあるシステムに潜り込んでいた時だった。

「………!」

 多分、その時ぼくはぽかんとしたマヌケ顔を晒していたと思う。

『電子の妖精』

 真っ先に浮かんだのは、この言葉。
 アララギ艦隊の人達が艦長に対して使った言葉。

 もちろん彼女は艦長じゃない。
 艦長はバックアップのため、ぼくの後ろに居るんだから。
 でも、フルコンタクトIFSを通してシステム上に現れた彼女。
 その姿を前にしたぼくには…… 他にどう表現していいか分からなかった。

「ハーリー君!」

 艦長の決して大きくはないけど鋭い声。
 空白の時間は、実際にはそれほど長くはなかったようだ。
 気がつけば彼女は身を翻し、ぼくらの前から消えようとしている所だった。

「待って! 切らないで!!」

 慌てて叫ぶ。
 ちらりと振り返ると、艦長は既にIFSを輝かせ逆探知を始めていた。
 めったに見ることのない余裕のない表情。
 それだけ必死なんだ。
 ウィンドウ越しにアイコンタクトで会話を引き延ばすように指示された。

 けど、どうやって?

「…………」

 疑わしげにぼくを見る彼女には、こちらの動きがお見通しのようだった。
 どうしたらいいのか分からず……
 空白になった頭に浮かんだのは素直な疑問。

「えっと…… そうだ、君の名前は!?」

 横でサブロウタさんが吹き出していたけど、ぼくはそれどころじゃなかった。

「……ラピス。……ラピス・ラズリ」
「あーちょっとタンマ! その、趣味とか血液型……」

 それを聞いて、おなかを抱えて笑い始めるサブロウタさん。
 その時になってようやく、ぼくも自分が何を口走ってしまったのか気付いた。
 かっと熱くなる頬。

「サブロウタさん! 何笑ってるんですかぁ!」
「………」

 ぷつん。

「あ……」
「逃げられ…… ちゃいましたね……」

 艦長の声、心なしか冷たい。

「いいよハーリー。お前最高! ぶっ、ぶはっ!」

 けんめいに笑いをこらえながら、ぼくの背をばんばん叩くサブロウタさん。

「……ハーリーくん」
「は、はいっ」

 姿勢を正したぼくに、艦長がいつもの淡々とした調子で言ったのは……
 冗談なのか本気なのか、それとも遠回しの皮肉なのか判断しがたい言葉。

「サブロウタさんから『女の子の気をひく会話』ってやつを教わっておいて下さい」

 たまらず吹き出すサブロウタさん。
 そして艦長は背を向けた。

「かぁんちょおお……」

 思わず後を追おうとしたぼくの肩をサブロウタさんががっしりと掴んだ。

「ようし、分かったハーリー。俺がお前を男にしてやろう」

 その目はまるで面白いオモチャを与えられた子供のように輝いていて……

「かぁんちょおおぉ!」

 扉の向こうに消える艦長の背中。
 ぼくは、がっくりと肩を落とした。


 この一件以来、ぼくは艦長の信頼を取り戻そうと必死になって彼女…… ラピス・ラズリのことを追い始めた。

 彼女はとても用心深くて、その姿を捉えるのは凄く難しかった。
 ぼくは艦長に内緒でそれをやっていたので、オモイカネのバックアップが受けられなかったから余計に。
 それでも「火星の後継者」に関連のあると思われるシステムをしらみ潰しに当たった結果、次第に結構な確率で彼女に接触することができるようになっていった。
 最初、ぼくの顔を見ただけで逃げていた彼女だったけど。
 こっちに敵意が無いことを分かってくれたのか、それとも…… 情けない話、ぼくが彼女に害を与えられるほどの力を持っていないと判断されたのか、次第にぼくの接近を許すようになっていった。
 何度か会ううちに交わす言葉も少しだけ増えて。
 そんなある日、彼女は言った。

「30分だけチャンスをあげる」

 彼女は毎日30分だけユーチャリスから回線を開いてくれる。
 ぼくは彼女と会話をしながら逆探知を行う。
 彼女は逆探知されないようにトラップを用意する。
 これはゲーム。
 30分の時間制限を持ったシステム上でのゲーム。

 でも最初は彼女と何の話していいか分からなくて本当に困った。
 サブロウタさんの『女の子の気をひく会話』っていうやつは全然役に立たなかったし。
 それでもサブロウタさん本人が起こす騒動についての話はめったに表情を変えない彼女を笑わせることができたから。
 彼女の笑顔を見れただけでもサブロウタさんには感謝…… はしないけど、まぁ役には立っているのかな?
 それから2人の共通点、オペレーターとしての技術的な話。
 そして彼女が聞きたがったぼく自身と回りの人達のこと。
 後は…… 少しだけ彼女のこと。

 ラピス・ラズリ…… 瑠璃…… もう一人の艦長。
 彼女も艦長と同じく遺伝子操作技術によって生まれた。
 そしてネルガルの研究所に居たところを「火星の後継者」に誘拐され……
 今はテンカワ・アキトと共に行動している。

 艦長が……「大切な人」と呼ぶテンカワ・アキト。

 テンカワ・アキトは行ってしまった。
 艦長を残して……
 残された者の気持ちをまるで考えていないこの自分勝手な男。


「どうしてです艦長! どうしてあんな奴にこだわるんです! 艦長にはぼくたちがついているじゃないですか! ぼくはそんなに頼りないですか!? 艦長!!」

 一度だけ、そう言って艦長に気持ちをぶつけようとしたことがある。

「確かに昔のテンカワ・アキトは艦長にとって大切な人と呼ばれるだけの人だったんでしょう。でも、こんな勝手な酷い仕打ち、ぼくには許せない。格好付けて…… 艦長を悲しませて…… 艦長の知っているテンカワ・アキトはもう居ない。変わってしまったんですよ!」

 あんな男の事は諦めてぼくたちを…… ぼくを見て欲しいって。

 でも艦長は……

「……ハーリー君、変わらないってどういうことだと思いますか?」
「えっ?」
「昔のナデシコを降りてから色々なことがあって…… 私自身、自分はずいぶん変わったと思っています。でもミナトさんやウリバタケさんたちは私のことを変わってないって言います。昔のままのルリルリだって、ルリちゃんだって」
「………」
「本当は…… 本当に変わってないのはみんなの方。みんなが私を見る目。昔のままルリルリ、ルリちゃんって私を呼んでくれるから…… みんなの前では、私は昔のままの私で居られる」
「艦長……」
「あの人のこと、勝手だって言いましたね。格好つけてるって…… でも、それはそのまま私にも言えることです」


『ルリィ! 応答しろ! 聞いてんだろ? 見てんだろ? 生きてたんだよアイツら! 生きてたんだよ、ルリ! 今度も見殺しかよ、チクショウ…… チクショウ……』
『戦闘モード解除。高杉機回収後、この宙域を離脱します……』

『知らない方がいい』
『私も知りたくありません……』

『教える必要がなかったから』
『そうですか』

『かまいません。あの人に…… 任せます』


「本当は泣いてすがってでも、あの人を止めるべきでした。それが叶わないならついて行きたかった。でも…… 私は怖かった。あの人の重荷になることが。いえ、変わってしまったあの人に拒絶されることが」

 そう言って俯く艦長に、ぼくは何が言えたんだろう。

「本当は分かっていたはずなのに…… あの人は変わってないってこと」


『それ、カッコつけてます!』
『違うんだよ、ルリちゃん……』


「一度だけ、一度だけ私のことルリちゃんって…… 昔のように呼んでくれた…… それで私には分かった。私の、私の知っているテンカワ・アキトは死んだりなんかしていない」

 そう言う艦長に何が言えたんだろう。

「でも、私は逃げた。艦長という立場に」
「そんな……」

 違うって言ってあげたかった。
 でも艦長の想いの深さの前で、ぼくはあまりに非力で。

「本当に酷いのは私。あの人は…… それが残される方からは身勝手と思われる行為であっても、少なくとも私たちのことを思って姿を消した。それを…… 私は自分の臆病さから引き止めようとも…… しなかった……」
「でも艦長……」
「分かってます。もう逃げません。……ありがとう、ハーリー君」


「どうして艦長はあんなに……」

 そして、どうしてぼくはこんなに無力なんだろう。
 ぼくだって艦長を想う気持ちは負けないと思っているのに……

 そう話すぼくの言葉を、ラピスは黙って聞いてくれる。
 艦長には言いたいけど言えない。
 だって艦長は今も求めている。
 テンカワ・アキトを……

 ぼくは誰かに……
 いや、艦長と同じ琥珀の瞳を持つ彼女に……
 聞いて欲しかったんだ。
 本当は艦長に言いたかったことを。


 言えなかった、ぼくの気持ちを……


 でも、どうして彼女は、ぼくのこんな話を聞いてくれるんだろう?

「お前ねぇ、女の子相手に艦長のこと話してどうするんだよ、艦長のこと!」

 これは相手の名前を伏せてサブロウタさんに相談したときに言われた言葉。
 お前はバカだと言わんばかりの態度に少しむっとしたけど。
 よく考えてみると、ぼくも…… そう思う。
 だから彼女に聞いてみた。
 でも彼女の返事は思っていたのとはまったく違っていて……


「わたしは…… いつも一生懸命な、あなたの話を聞くのが楽しい」
「えっ?」
「そんな今のあなたを形作っているのはホシノ・ルリの存在。ホシノ・ルリが居なければ今のあなたは居なかった」

 その先に彼女は何を言おうとしたんだろう?
 でも彼女が言葉を続ける前に、ささやかな電子音がそれを遮った。

「ラピス?」
「タイムリミット…… 今回もダメ」

 ……これでも毎回努力はしているんだけど。

「だから……」

 彼女が言う。

「次こそ、頑張って」
「う、うん……」

 とまどうぼくの様子がおかしかったのか、かすかに笑ってくれるラピス。

「お休みなさい」

 いつもの別れのあいさつ。

「うん。お休み、ラピス」

 そして回線を切断。


END


■ライナーノーツ

 劇場版アフターなのですが、『劇場版 機動戦艦ナデシコ -The prince of darkness-』をブルーレイで見ようとすると、BOX丸ごと買わないといけないんですね。


 まぁ、TVシリーズも名作ですから、この際買ってしまうのもありですが。
 特に私のような二次創作作家は。

Tweet

トップページへ戻る

inserted by FC2 system