この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
細く曲がりくねった、峠道。
コーナーを抜けて目に付いたのは、道ばたにポツンと停められた、大型バイク。
「こんな所で何をして……」
呟きかけて、違和感に思わずスロットルを緩めます。
フルカウルのロードスポーツ。
サイドスタンドしか持っていないはずの車体が、誰も居ないのに垂直に立っています。
しかも、車高が妙に低い。
……側溝に落ちてるんですね。
「CBRが立った! CBRが立ったーっ!!」
後ろを走っていた相沢さんの爆笑が、ヘルメット越しに聞こえてきました。
美汐のスクーター日記
『スクープ? 衝撃の瞬間』
「あれは、前、後輪共に溝に落ちてしまったわけですよね」
「それで、誰も支えなくても真っ直ぐ立っていたんだな。よくよく考えるとシュールな光景だったなー」
件のツーリングから数日後。
神社のお手伝いをしていた私の所に見えた相沢さんと、あの時のバイクについて話し合います。
「乗ってた奴はどこ行ったんだろうな」
「助けを呼びに行ったんじゃないですか? 一人では上げられないでしょう」
原付なら一人でも大丈夫ですが、あれぐらいになると難しいでしょう。
「何だか寂しそうでしたね」
「立ったまま主人を待つか……」
社務所でお茶を入れ、巫女装束の袂に気をつけながら相沢さんにお渡しします。
「お、悪い。邪魔してしまったな」
「いえ、もう掃除も終わりましたから。小さなお社ですから、そんなに手間はかからないのですよ」
参られる方も限られておりますし。
「そういえば、氏子さんから頂いた飛良泉の山廃純米があるのですが、要りますか?」
相沢さんのお気に入りでしたので、取り分けて置いたのでしたね。
「お、持ってっていいのか?」
「はい、お酒は余っているので好きにして良いと、ご本家…… 当社の宮司からは言われておりますから」
「そっか、好きなんだよな〜、飛良泉」
相好を崩す相沢さん。
本当にお好きですね。
「相沢さんは、辛目のお酒がお好みですか」
以前、少しだけ舐めるようにして試してみた味を思い出します。
「ああ、のど越しがいいのが好きなんだが、だからと言って、甘いのは嫌いだな。やっぱ、舌や喉にぴりっと来るものがないと。酒蔵巡りもしてみたいよなぁ」 「スクーターでは無理ですけどね」
飲酒運転になってしまいますから。
「いや、舞の後ろに乗せてもらって……」
「自分だけ飲むのですか?」
確か、川澄先輩も日本酒はお好きなはず。
またチョップが炸裂しますよ。
「それに、新酒の季節といったら冬ですよ。日本酒の産地は雪深いところが多いですし」
仮にチェーンやスパイクを使ったとしても、雪がタイヤの半分くらいあると前輪が引っかかって前に進まなくなりますし。
「雪にタイヤが突き刺さって、この間のあのバイクのように手を離しても立ったままになりますよ」
下手をすると置き去りに、というのはかわいそう過ぎます。
ともあれ、
「それではお酒、持って参りますね」
「あ、いや、それぐらいは自分で……」
立ち上がろうとする相沢さんでしたが、慌ててしまったのでしょう。
手元が狂って、お茶をご自分の服にこぼしてしまいました。
「うわ……」
「ああ、動かないで下さい」
懐からハンカチを取り出して拭こうとしたのですが、相沢さん、一瞬硬直したかと思うと、もの凄い勢いで顔を逸らして……
「相沢さん?」
不思議に思い、顔を上げると、真っ赤な顔をされていて。
「反則だろ」
って。
「はい?」
「いや、そういう服着てる時は、胸元に気を付けろって」
「っ!?」
そこまで言われて、ようやく状況がつかめました。
相沢さんの前にかがみ込んでいる私。
それで、胸元からハンカチを取り出したら……
和装の時は、私、ブラは着けませんし。
「で、でも私、胸もありませんし……」
それに、相沢さん以外の男性に、こんな風にうち解けたりもできませんし。
頭に血が昇っていくのを何とか誤魔化そうと、しどろもどろになりながら口を開いたのですが、
「いや、逆だって。起伏がなだらかな分、逆に奥まで見え……」
相沢さん!?
「す、すまん。いや、でもあれは凶器だぞ。破壊力抜群……」
も、もういいですから、これ以上しゃべらないで下さいっ!
To be continued
■ライナーノーツ
冒頭のお話は実話。