この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
「ちっちっ、立ち上がりの加速が急に悪くなったな……」
急速にスローダウンする祐一のアクシス。
「駆動系の熱ダレか!
……考えられる理由はただ一つ。
この炎天下で急坂を上るためにかなりのムリをしたからな。
想像以上に駆動系に負担をかけていたんだ。
ここまできてセンタースプリングが泣きを入れてきやがった……
大誤算だぜ、なんてこった!!
いくらなんでも駆動系がこんな状態じゃペースを上げられない!!」
ちらりとミラーに映るのは、前カゴを付けたJOG−ZRエボリューション。
「天野のZRがじわじわと追い上げてくる……
あいつの駆動系は問題ないのか……
同じペースで走ってきて、なぜ俺のマシンだけ熱ダレが……
なぜだ!?」
急坂で完全にパワーバンドを外し失速するアクシスに、顔をしかめつつ呟く。
「はっきりとはわからないが何かあるんだ……
同じコースで……
あいつにできて俺にできない何かが……」
美汐のスクーター日記
『燃え尽きるほどヒート?』
「天野のZRは化け物か」
「はい?」
休憩する私にそう仰るのは相沢さんでした。
馴染みのバイク店主催の、夏期原付ツーリング。
様々な原付に混じって炎天下の中、3桁国道を高原に向かってひた走るわけですが。
「同行しているスクーターが軒並み熱ダレ起こしてる中で、何でお前のだけ無事なんだ」
ああ、そういうことですか。
急坂を延々と登って来ましたからね。
熱ダレも起こるでしょう。
駆動系が熱ダレを起こすと、変速タイミングが狂ってパワーバンドを外す……
力のあまり出ない回転数でエンジンを引っ張ってしまうためスピードが低下してしまいます。
平地で変速しきった状態ならともかく、行きは登りばかりですから。
「私のZRはCDI以外ノーマルですから」
カスタムされたスクーターは、その分、発熱量が増えますので容易く熱ダレを引き起こしてしまいます。
今回のツーリングでも、カスタムされたスクーターは全てやられていて、酷いものは既にリタイアして引き返されています。
しかし、
「俺のだってノーマルだ」
そう言えば、相沢さんのアクシスもノーマルでしたね。
それでは、
「そうですね…… 私のZRには妖精が住んでいる、なんていうのは素敵だと思いませんか?」
確か、そんな飛行機のお話を聞いたことがあります。
その飛行機のエンジンには妖精が住んでいて、どんな悪条件の下でもトラブル一つ起こさないとか。
「……やっぱりロマンチストなんだな、お前」
「ええ、女の子ですから。……それで、どう思います?」
「それで納得したら、バカみたいだぞ」
「バカは酷いですね……」
たわいない、やりとり。
そうして、ふと気付きます。
「相沢さん、最近白煙が酷くないですか?」
マフラーからの白煙。
エンジンオイルを燃料と混合してエンジンに送り、潤滑、燃焼をさせなければならない2ストエンジンでは避けられないものではあるのですが。
しかし、排ガス中の未燃分を燃焼させるための触媒が入った排ガス規制後のマフラーで酷く白煙が出ると言うことは、何か異常があるとしか思えません。
「あ、ああ。最近、4ストに乗り換えた奴から、余った2スト用ゾイルをもらって試したんだが……」
「それです」
ゾイル…… 結構、お値段の張るオイル添加剤です。
エンジンオイルに混ぜて使うと金属表面を滑らかにし、ロスを低減してくれるというお話ですが。
「ああいう添加剤は、あまり良くありませんよ。いえ効果あるなしではなく、白煙が酷いので触媒の入った規制後マフラーだと、異常過熱を引き起こしますから」
規制後マフラーは、ただでさえ過熱しますからね。
私が放熱の妨げになるノーマルの大型マフラーカバーを外して小型のものに替えているのも、白煙が少なく未燃分を生分解してくれるYAMAHAバイオをエンジンオイルに選んでいるのも、少しでも過熱を抑えたいからですし。
「マフラーが過熱しますと、駆動系にも悪影響が出ます」
「そんなに影響するのか?」
「400度を超える金属の塊から放たれる熱量は半端ではありませんから。考えても見て下さい。夏場は熱ダレしやすいと言われますが、冬と比較したところで、その温度差はたかだか30度程度。それを考えれば、マフラーから伝わる熱は無視できないものだと思いませんか?」
「なるほどなぁ……」
「ご愁傷様です」
悪いオイルでいったんマフラーを汚すと、それを燃やし尽くすまで、かなりかかるというお話ですし。
マフラー交換まで考えた方が良い場合があるくらいですので、注意が必要ですね。
「イリジウムプラグでも入れてみますか? 燃焼を良くしてくれますよ」
「本当に効果あるのか? ノーマルプラグで十分なように設計されているんだから無意味だろ」
まぁ、通常走行時はそうでしょうが。
「イリジウムプラグは定常的な状態より、燃焼が不安定な領域でこそ効果を発揮するものですから」
「まぁ、アイドリングが安定したりはするな」
「一時停車後、スタート時に盛大に白煙を吹くスクーターを見かけたことはありませんか? あれは、アイドリング中に溜まった未燃分が吹き出したものです」
排ガス中に含まれる未燃分は、アイドリング中の方が酷いんですね。
「イリジウムプラグを入れてアイドリング中の燃焼を良くしてやれば、この分の負荷が軽減されることになります」
まぁ、微々たるものかも知れませんが。
マフラーカバーの小型化。
白煙の少ないエンジンオイル、バイオの利用。
それにイリジウムプラグ。
実際、みなさんのスクーターが熱ダレを起こす中、私だけ無事なのは、おそらくこの辺が少しずつでも効いていると言うことなのでしょう。
「とりあえず、駆動系のケースカバーに水をかけてやれば、一時的には復活しますけど?」
「おお、その手があったか」
ジュワーッ!!
「って、マフラーにかけてどうするんですか!」
「いや、元から断とうと思ったんだが、面白いほどあっという間に蒸発するな」
大体、急冷するのはマフラーに悪いのでは?
「ぐわっ!」
「どうしました!?」
「……蒸気で蒸し暑くてかなわん」
「自業自得です……」
一々オチを付けないと気が済まないんですか、この人は……
To be continued
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