アルクェイド・ブリュンスタッドは猫を飼っている。
と言っても、遠野志貴に譲った夢魔のことではない。
ただの猫ではなく幻想種に近い存在である、ということだけは一緒だが、今度の猫は純粋な和猫である。
もとよりアルクェイドが望んだわけでなく、志貴に頼まれた為ではあったが、それは今ではきっかけに過ぎなくなっていた。
アルクェイド・ブリュンスタッドは猫を飼っている
アルクェイドが飼うことになった、この新しい猫。
以前、共にあった夢魔……『レン』もアルクェイドに懐いていたとは言い難かったが、それ以上に馴れようとすることがなかった。
アルクェイドの元で何不自由ない環境を与えてやっても、一向に打ち解けようとせず。
それどころかアルクェイドや物に当たり散らしたり、脱走しようとしたり、ハンストを起こして何も食べなくなったり……
アルクェイドのこと、自分に当たられる分には特に何ともなかったし、脱走されても簡単に連れ戻すことができたが、さすがに絶食はまずかった。
元より痩せていた身体が、更にやつれて行って。
自身が不死であるが故に、他の生物がいかに儚いかを知る彼女は、慌てて手を尽くした。
それはもう、この真祖の姫君を知る者が、みな呆れて何も言えなくなってしまうほどに。
懐柔策では埒があかないと見るや、魅了眼を使ったり、メレム・ソロモンの持ってきた怪しげな「服従の首輪」を力尽くで受け入れさせたり(二度と外れなくなって、更に猫の不興を買った)、最後には自身の血を与えて支配してしまったり。
そこまでやるアルクェイドもアルクェイドだったが、抵抗する猫の方も、いかにただの猫ではないとはいえ大したもので……
ともあれ、やりすぎてしまった面もあったが、概ねアルクェイドは愛情を持って猫に接していた。
実際、他から見ても文字通りの猫可愛がりぶりで、猫の方が閉口してしまっているのがアルクェイドらしいとも言えたのだが。
そうした努力が実を結んだのか、最後には猫の方でも、ようやく信用してくれるようになって。
さすがに入浴は嫌がったが、抱いたりベッドを共にしたりということに関しては、諦め半分の様子ではあったが、つき合ってくれるようになった。
まぁ、首輪の魔力と血の支配で自由を奪えば、入浴だろうと何だろうと押し切ることはできたが、普段はそこまではしない。
いや、誘惑に負けてやってしまい、後で猫の機嫌を取るのに四苦八苦したという経験もあったが……
そんな経験をしていても、しばらくするとやっぱり誘惑に負けて同じことを繰り返したりしていたが……
「――! ―――!!」
今日もまた、アルクェイドは性懲りもなく猫を抱き、嫌がるのを承知でお腹を撫でさすっていたりする。
腕の中で暴れるしなやかな肢体。
猫はアルクェイドの身体に爪を立て牙を剥くが、アルクェイドはむしろ歓んで首筋を晒してみたりする。
本来なら絶対にありえない。
いくら相手が死徒でないとはいえ、真祖の姫君が他者の牙にその首筋を許すなど。
「―――っ!」
柔らかな皮膚に当てられる、牙の感触。
何度も何度も、嬲るように甘噛みされ、硬直する身体に小さく痙攣が走って。
でも……
今や、どんなに怒っても、猫がアルクェイドの身体を傷付けることは無くなっていた。
アルクェイドが力を使っているわけではない。
猫が、傷付けないよう加減してくれているのだ。
それが…… この意地っ張りの猫の信頼を感じられるのが嬉しくて、ついつい無理強いをしてしまう。
本気で怒っていても、手加減してくれるのが分かるから、ついつい行為もエスカレートしてしまう。
そして、自分も相手を信頼しているということを示したくて、他者には絶対に許さない首筋を、無防備に差し出して見せるのだ。
「――アキハ」
猫の名を呼び、かき抱く。
至福の表情で。
アルクェイド・ブリュンスタッドは猫を飼っている。
志貴から今際の際に彼女を託され、今年でもう5年になる……
END
■ライナーノーツ
このお話は、しにをさんのサイト『西奏亭』に贈らせて頂いたものです。
『猫』が何者であるかは、みなさんのご想像にお任せします。
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