この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



 さむい冬がやってきました。

 おかあさんぎつねは、小ぎつねにてぶくろをかってあげようと、夜の町にでかけました。

 人間のおそろしさをしっているおかあさんぎつねは、子ぎつねの片方の手を、人間の手に変えて「にんげんの手のほうをさし出すんだよ」と言い聞かせます。

 子どものきつねは、ぼうしやを見つけて言われたとおりに手を出しますが、まちがえてきつねの手をだしてしまうのです。

 そして……



美汐のスクーター日記
『てぶくろをかいに』



「ドン! と火縄銃で撃たれて死んじまうんだ」
「あぅ〜っ!?」
「だから、絶対に間違えて狐の手を差し出すんじゃないぞ」
「あ、あぅ」

 相沢さんのお話に、慌てて両手を後ろに隠す真琴。

「相沢さん…… いきなり最後だけ『ごんぎつね』にしないで下さい」

 全く、この人は。

「み、美汐〜!」

 ほら、こんなに怯えてます。

「大丈夫ですよ、真琴」
「で、でも、出す方の手を間違えたら……」
「……真琴の手は、両方とも人間の手じゃないですか」
「あ……」
「大体このお話、本当は心優しい帽子屋さんが、狐の手に合う手袋を売ってくれるというハッピーエンドなものなのですよ」

 やれやれ、です。


 そんなわけで、真琴のグローブを買うためにバイク用品店の入り口をくぐり、中に足を踏み入れる私達でしたが……

「あぅ〜っ」

 私にぴったりと張り付いたまま、離れない真琴。

「もう、相沢さんのせいですよ」
「いや、バイクショップに入ると、こいつらはいつもこんな感じだぞ」
「うぐぅ……」

 見れば、相沢さんには、あゆさんがくっついています。
 まぁ、慣れない人にとっては入りづらいのは分かりますが……


「あ、オイル……」
「あゆさん、純正オイルなら、ホームセンターでも手に入ります。オイルやケミカル類は、お安いそちらで手に入れるのが基本ですよ」

「何、このわた……」
「ダメです、真琴。それはグラスウールです。ガラスですから、触るとチクチクしますよ」
「あぅ」
「うぐぅ、何に使うの?」
「ああ、そいつはサイレンサーに詰めて消音に使ったり、断熱に利用したりだな」

「美汐、あのぐにょんとしている長いのは?」
「チャンバーですね」
「おばあちゃん?」
「違います。2ストエンジンの…… まぁ、難しいことは抜きにして、排気パイプですね。うるさいですから、普通、その後に更に消音器を付けます」


 そんな会話を交わしながら、ウェアの類は2階にありますので、そちらを目指します。
 階段を上がって、まず目に入るのは、色とりどりのジャケット。

「ふーん、色々あるんだぁ……」
「うぐぅ…… って高っ! 何でこんなに高いのっ!?」

 あゆさん、そんなに大声で騒がないで下さい……

「普通の衣類と違って、流通量が違いますから、そんなに安くならないんですよ」
「まぁ、ブランド品しかないようなものだしな」

 相沢さんと、顔を見合わせ、話し合います。

「それでも、オフシーズンだと多少は値段が下がるでしょうか。冬場に夏物を買うとか。あと、型落ち品を狙うのも手ですね」

 バーゲン品を手に取りながら、説明します。
 この辺は、デパートなんかと一緒ですね。
 私の使っている冬ジャケットも型落ち品を1万円引きで買ったものですし。

「防寒のジャケットだったら釣具屋で売っている物を流用するとか、専用品以外で済ますという手もありますけど」

 釣り用のものは、座った状態を考えて裁断されていますので、具合が良いそうです。
 風に吹きさらされることも考慮されていますし。
 ただ、風を遮断することはできても、走行中の風によるばたつきまでは配慮されていませんので、その辺は気を付けて選ばないといけません。
 ジャケットがばたつきますと、運転に影響が出て、確実に疲労します。
 また、ジャケット内の空気が動いて、せっかく暖まった空気が逃げてしまったり、冷えた外気が入り込んでしまいますから、耐寒性能にも影響が出ますし。


「ねーこれはー?」

 と、こちらの話に飽きてしまったのか、真琴が指さしているのは見るからに頑丈そうなブーツ。

「オフロードブーツですね。……って、相沢さん、何を笑っているんですか?」

 声を殺して笑っている相沢さん。

「いや、栞がライディング用品一式を買いに来た時、オフロードブーツ履かされたんだがな」

 あ、オチが見えてきました。

「重くて動けなかったんだよ」

 まぁ、そうでしょうね。


 ともあれ、今日は真琴のグローブを買いに来たのですから、グローブの売り場に向かいます。

「グローブは、手を握った状態で指先に少しだけ余裕があるものを選びます。そうでないと長距離を乗った時に指先が痛くなります。縫い目が指と爪の間に当たったりすると、グローブが拷問器具に変わりかねませんし」

 グローブに限らずライディング用品はツーリングなどでは長時間、身に付ける物ですから、少しでも不具合があるとそれが致命的な結果を招きかねません。
 慎重に選ぶことが必要です。

「さぁ、真琴」

 真琴の手を取って、グローブを試着させようとするのですが……

「真琴、必ず人間の手を差し出すんだぞ」
「あうっ!」

 この人は……

「いつまで同じネタを引っ張るんですか」

 引っかかる真琴も真琴ですが。

「何を言う、天丼はお笑いの基本だぞ」
「天丼、ですか?」

 お笑い用語で、繰り返しギャグのことなのだそうですが。
 相沢さん、いつから芸人になったのですか?

 ため息をつく私でしたが、相沢さんは、そんな私の視線を軽く受け流すと指を鉄砲の形に構えて……

「バーン!!」
「あうぅ〜っ!」

 鉄砲を撃つまねをする相沢さんに、胸を押さえ、くるくるぱたんと倒れる真琴。
 ……また妙な芸を仕込まれたものですね。
 する方もされる方も、人としてそれはどうかと思うのですが。

「うぐぅ、何だか二人とも仲良しだよ」

 あゆさんも、こんなことに対抗意識を燃やさないでください。

「はぁ……」

 やれやれです。



To be continued





■ライナーノーツ

 元ネタはこれ。
 国語の教科書で読んだ方も多いのでは?



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