この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



 こつこつこつ……

 信号待ちのフュージョンのタンデムシート。
 相沢さんのヘルメットに、数回、自分のヘルメットを当てる栞さん。
 背中越しに、そっと寄り添って……


「どうした栞、トイレか?」


「違いますっ! ヘルメット同士を5回ぶつけたら、『ア・イ・シ・テ・ル』のサインなんですよっ!」
「ドリカムかよ!!」



美汐のスクーター日記
『未来予想図』



 休憩に立ち寄った喫茶店で……

「ヘルメットが傷つくから止めろ」
「えぅーっ、ヘルメットと私とのロマン、どっちが大事なんですかっ!」
「ヘルメット」
「そ、そんな事言う人、嫌いですっ!」

 先ほどの件で、言い合うお二人。
 恥ずかしいので声、抑えてください。

「……何?」

 端的に尋ねられるのは川澄先輩。
 先ほどまでは、相沢さんのアクシスで真琴を後ろに乗せて運んで頂いていたのですが。

「そういう歌があるということです」
「あぅー、ごっつんこ?」
「真琴、その歌とは違います」

 ヘルメット同士でごっつんこは嫌です。
 まぁ、体力が無い人がタンデムをすると、ポジションによっては、加速、減速の度に自分の身体を支えきれずぶつかってしまうようですけど。


「とにかく、ヘルメット同士を5回ぶつけたら、『ア・イ・シ・テ・ル』の合図で、私の描く未来予想図には、祐一さんが居るんですっ!」
「それで、俺をお義兄ちゃんって呼ぶんだな」
「何でですかっ! って言うか、お姉ちゃん狙ってるんですかっ!?」
「俺の未来予想図なら……」
「わっ、わっ、言わなくていいですっ! そんな未来、聞きたくないですっ!!」

 お二人とも、その辺にしておかないと、お店、追い出されますよ。
 耳を塞ぐ栞さんに苦笑しながら相沢さんが仰ったのは、

「とりあえずは、もっと大きなスクーターに乗っていたいな。まぁ、今のアクシスの手軽さも捨てがたいけど」

 って、そう言うお話ですか。

「そう?」
「いつまでも佐祐理さんからフュージョン、借りてるわけにもいかないだろ」
「佐祐理は構わないと言うと思う」

 普通に会話を続けられる川澄先輩も凄いですね。

「いや、そうだけど。いつまでも甘えているわけには行かないだろ、舞だって今日は……」
「別に…… 真琴はいい子だから」

 そう言って、真琴の頭をそっと撫でる川澄先輩。

「あぅ〜っ」

 目を細めて、びろーんと体を伸ばす真琴。
 過去に何があったのか、最初の頃は川澄先輩を『危ない女』呼ばわりして警戒していた真琴でしたが、根は単純なので、優しくされるとすぐに馴らされてしまいました。
 元野生動物として、それで良いのかとも思うのですが、今では「ふかふかー」などと言って、川澄先輩の胸に抱きしめてもらうのがお気に入り。
「大きな肉まんに顔を埋めているみたいー」とは、食い気のみの真琴のセリフですが、それを相沢さんと、倉田先輩まで一緒に羨ましそうに見ているのが……

 ちなみに、真琴を手懐けるコツとして、

「真琴の弱点は胃袋(注:肉まん)だ」

 と相沢さんから教えられた川澄先輩が最初、ストマックブローを放とうかと真面目に迷っていたのは内緒です。

「天野はどうだ?」
「今のJOGを乗り潰すつもりですから、特には考えていません」
「うむ、ヤマハのスクーターなら、あと10年は戦えるからな」
「何と戦うと言うのですか」
 確かに、ヤマハのスクーターは頑丈ですが。
 基本的なメンテナンスさえしていれば、それぐらいは当たり前のように使えますからね。

「排ガス規制で、2スト車は絶滅するでしょうし、大事に乗りたいと思っています」
「ああ、そっか。次買うときは4ストなんだなー」
「相沢さんが買おうと思っているビックスクーターなら、今でも4ストが普通でしょう」
「まぁ、そうだが……」

「って、私を無視して、そんな話ですか!」
 復活する栞さんでしたが、

「栞さん、気付いていないんですか?」
「えぅ?」
「栞、にぶい」
「ええっ?」

 川澄先輩にまで言われ、戸惑い顔の栞さん。

 相沢さんが大型のスクーターを必要とするのは、何故なのか……
 それを考えれば、自ずと相沢さんの未来予想図の中の一つに、栞さんが居ることが分かると思うのですが。

 川澄先輩と顔を見合わせ、そして二人で相沢さんを見ますが、相沢さんは、いつもの人をからかう時に見せるあの無邪気な笑顔を浮かべていて。

「何でもないぞ」
「えぅ〜っ、何ですか、その完全に子供扱いした生暖かい目はっ!」
「可愛いな、栞」
「そうやって誤魔化そうとしないでくださいっ」

 じゃれあうお二人。

 思えば、あの冬までは望めなかった『未来予想図に自分と大切な人が共に居る』こと。
 それが当たり前のように語れる今は、幸せなのでしょうね。

「あぅ?」
「何でもありませんよ、真琴」

 そっとなでてあげる、その髪のさらさらとした手触りと確かな温もりに、顔がほころぶのが分かりました。



To be continued



■ライナーノーツ

 サブタイトルは、DREAMS COME TRUEの『未来予想図』(2じゃない方)から。

 しかし、「『ア・イ・シ・テ・ル』の合図」は、実際にバイクに乗っている方からは、

「視界がぶれるから止めれ!」

 と不評なのでした。

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