この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



「うぐうぐうぐうぐ……」
「ぁぅぁぅぁぅぁぅ……」

 夜とはいえ、夏だというのに震えているお二人。

「大丈夫ですか、二人とも。チョコでも食べますか?」
「ありがッチュン!」
「マコピー語か?」
「ありがとうとクシャミが重なっただけよっ!」



美汐のスクーター日記
『Good-by Tears(帰路編)』



「まったくこいつらは……」

 呆れ顔の相沢さん。

 少し時期が早いですが、海に遊びに来た私達。
 服の下に水着を着込んでいたあゆさんと真琴でしたが、日が暮れるまで遊び続けて。
 身体が冷えてきて、遊ぶ気が無くなった所を回収して帰路についたのですが、二人とも、着替えのことをすっかり忘れていたのでした。
 結局濡れた水着の上に服を着て。
 夏ですから、スクーターに乗っていれば乾くのですが……

「うぐうぐうぐうぐ……」
「ぁぅぁぅぁぅぁぅ……」

 ここは雪国。
 夏といえども夜ともなれば…… 特に郊外の山道は涼しくて。
 スクーターに乗って走ると体感温度は10度も下がると言われますが、その上、濡れた水着が体温を奪っていき、二人ともガクガクブルブル状態になっているわけです。
 とりあえず、カロリー回復のためチョコをお渡ししたのですが……
 二人とも、貪るように食べてますね。

「マーブルチョコとは古風だな。さすが天野、おば「物腰が上品と言って下さい」……むぅ」

 全くこの人は。

「夏だと溶けにくいので便利なんですよ」

 ウケを狙って特大サイズを買ってみたのですが、こんな風に役立つとは思いませんでしたね。

「うぐっ」
「あうっ」

 食べ終わったかと思うと、急に硬直する二人。
 今度は何ですか?
 マーブルチョコを喉に詰まらせたなんていうのは無しですよ。

「美汐ぉ……」
「真琴?」
「……トイレ」

 ああ、身体を冷やしたから当然、次はそう来ますね。

「ですが、ここから一番近いコンビニでも、あと20キロはありますよ。とにかく、雨具で良かったら貸しますから、これ以上、身体を冷やさないように……」
「うぐぅ……」

 あゆさん?
 ……ああ、あゆさんもですか。
 雨具、持っていないんでしょうね。

「それでは、これはあゆさんが着て下さい」
「あぅ〜っ、それじゃあ、真琴は……」
「相沢さんの背中に張り付いて下さい」
「あぅ」

 この際、仕方ないでしょう。

「……べったり張り付かれると、運転しづらいんだが」
「セパレートハンドルの2輪に比べればマシでしょう?」

 アレは、背中にタンデマーを乗せて腕立て伏せをやるようなものというお話ですから。
(本来、下半身で上体を支えるものなのですが、支えきれなくなるんですね)
 男のロマンとか言われますが、現実はそんなものです。

「と、とにかくボクは行くよ」

 言うが早いか、チョイノリに飛び乗るあゆさん。  まぁ、チョイノリは足が遅いですから、急ぐのも分かります。

「いいかあゆ。両手とも、ハンドルを思いっきり握って、シートに座った下っ腹に力を込めるんだぞ」
「うんっ、分かったよ!」
「相沢さん、それは逆……」

 ギャーン!

 私が口を挟む暇もなく、あゆさんは行ってしまいました。
 大笑いする相沢さんにも気付かずに。

「相沢さん…… それは丸っきり逆効果でしょう」

 この切羽詰まった時にやる冗談では無いと思います。
 可哀想にあゆさん。

「ただでさえ、チョイノリのフルスロットル時の振動は辛いでしょうに」
「おーおー、かっ飛んでくなぁ」
「人が変わったみたいな運転ですね」
「いや、腰のベルトがギュルルルルって回って仮面ハライターに変身したら、誰だってそうなるって」
「何ですか、それは……」

 ……腹痛と闘うヒーローなんだそうです。
 呆れ果てて非難する私を、ショッカー呼ばわりまでして、この人は。

「とにかく、こっちも行くぞ」
「あぅ」


「ちゃららららっ、ちゃらら、ちゃらららっ……」

 ご丁寧に前奏まで口ずさみ、『仮面ハライター』の歌(仮面ライダーの替え歌なんだそうです)を歌いながら、真琴のためにアクシスをスタートさせる相沢さん。
 ハライターキックって、何ですか?


 ともかく途中、やはりあゆさんのチョイノリを追い越して、コンビニに駆け込みます。
 真琴をトイレに入れて、ほっと一息ついたとたん、

「あぅーっ!! 助けて美汐ーっ」
「どうしたマコピー」
「祐一は来ないでっ!」
「真琴?」

 心配する相沢さんを制して、トイレに入りますと……

「あぅ〜っ」

 中途半端に脱いだ服に絡まった真琴の姿がありました。
 ……下がワンピースの水着でしたから、全部脱がないといけないんですよね。

「はぁ……」

 溜息一つついて、真琴を手伝ってあげます。
 そこへ……

 ダンダンダンダン!!

「うぐ〜っ!!」

 あ、あゆさん?

「早く開けてっ!」

 ガチャガチャガチャッ!!

 ドアを壊しかねない勢いで、ノブを回すあゆさん。
 切羽詰まって居るのは分かりますが、そんな乱暴な。
 人が変わっていますよ。
 やっぱり仮面ハライターなんですか?(混乱中)

「早くーっ!!」

 そんなこと言っても、真琴は全裸ですし、今ドアを開けるわけには……

「あぅ〜」
「真琴っ、せめて水を流して、音を誤魔化して下さいっ!」

 ドンドンドン!!

「うぐーっ!!」


「はぁ……」

 ようやくあゆさんと交代してトイレを出た真琴と私。
 ほっとしたせいか、何だか涙が……

「うぐーっ!! 助けて美汐ちゃんっ」
「どうしたあゆあゆ」
「祐一君は来ないでっ!」
「あゆさん?」

 ……そういえば、あゆさんの水着もワンピース(スクール水着)でしたっけ。
 私には、感傷に涙する暇も与えてもらえないようです。



To be continued




■ライナーノーツ

 美汐が真琴たちに食べさせたのがこちら。

 普通のチョコは夏場のツーリングに持って行ったら溶けてしまいますからね。

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