この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



 急な坂道を、ZRで駆け上がると。
 2つ目のコーナーは、外周に視界を遮るものがないことがあって、空が近づいてくるようで。
 雲が切れ晴れていく、その眩しさに目が慣れる頃。

 あの子が大好きだった、海が見えるのでした。



美汐のスクーター日記
『Good-by Tears』



「あぅ〜、うみー!」
「うぐぅ、うみー!」

 すうっ、と二人で深呼吸。

「「うーみー!!」」

「……ムダに元気だな、オイ」
「叫ばずには居られないんですね」

 そんなあゆさんと真琴を、相沢さんと二人、苦笑混じりに見守ります。
 海岸線の道路脇にある小さなスペースに、相沢さんのアクシス、私のJOG−ZR、あゆさんのチョイノリを停めて。
 その下は岩場に挟まれた小さな砂浜があって、水遊びをするには格好の場所となっています。

「いっくわよぅ!」

 ばっと、パーカーを脱ぎ捨てる真琴。

「真琴!?」

 慌てて止めようとしたのですが……

「あはは、驚いた?」

 真琴はしっかりと下に水着を着込んでいたのでした。

「はぁ……」

 心配して損をしました。
 そういえば、この間、一緒に買ったのでしたね。
 オレンジ色のワンピース。

「うぐぅ、ボクも……」

 多少、もたつきながらも真琴に続くあゆさん。
 あなたもですか…… って、何でスクール水着?

「名雪のお下がりか」

 言われてみると、腰の辺りに水瀬と書かれたネームラベルが。
 今の学校指定のものとは違いますから、中学時代のものでしょうか?

「天野は……」
「用意していませんよ」

 水際で遊ぶ程度しか考えていませんでしたから、スポーツサンダルぐらいしか。
 って、何です、そのがっかりした顔は。

「私、肌が弱いので」
「すぐに真っ黒になるのか?」
「いえ、真っ赤に火傷するだけで、肌は白いままってタイプです」

 ですから今日も、白の長袖のブラウスに、鍔広の帽子といった格好です。
 スクーターですからボトムはパンツスタイルですけど、デザイン重視のもので。
 まぁ、通気性の良い、涼しい素材を使ったものですので、風が帽子と……『あの頃』より少しだけ伸ばした髪を揺らすのが、心地良いですね。

「………」
「どうしたんです?」
「いや……」

 何故か視線を逸らす相沢さん。

「まさか、また『おばさんクサイ』なんて、酷なこと……」

 そんなことを考えてしまうのも、この人の日頃の行いのせいなのですが。

「言おうかとも思ったけど、今の天野を見てると、どこかのお嬢様みたいでな」

 えっ……

「実際、『物腰が上品』に見えるよ」
「なっ!」

 からかって…… いるわけではないのですよね。
 素でこういうことを言えるのですから、この人は。

 丁度その時、潮風が吹いて。
 私は帽子を押さえることで、火照った顔を隠すのでした。


「それにしても、よくこんな穴場、知ってたな」
「……そうですね」

 一瞬、返事が遅れてしまって。

「悪い……」

 どうして、それだけのことで、この人には分かってしまうのでしょうか。
 表情の乏しいはずの、私のことを。

「ここにはよく、あの子と一緒に遊びに来ました」

 仔狐だったあの子をゲージに入れて、以前乗っていたJOGスポーツの荷台に載せて。
「夏の暑さでやられないよう、タオルにくるんだ保冷剤を敷いたりして。ゲージの上にもタオルをかけてあげましたっけ」
「天野……」
「大丈夫ですよ」

 切なくて、まだ胸が痛む時もあるけれど。

「今の私は、ただ泣いていた、あの頃の私ではありませんから」

 そう言って、波と戯れる真琴とあゆさんを眺めます。
 水を被ったのでしょうか、「しょっぱいー」などと笑い声が聞こえて。

「相沢さんと真琴に会って。正直、出会いさえ、悔やみ続けた時もありましたけど」

 でも、

「私はあの子と出会わなければ幸せだったのか、そう考えたら……」

 そうじゃないと。

「だから、助けてくれたのか? もう一度辛い思いをすると分かっていても」
「助けたなんて思ってませんよ」

 小さく首を振って。

「あの子に伝えたいことは、たった一つだったんです」

 呼吸一つ。

『私はあなたと出会えて幸せでした。そして、あなたもそうだと嬉しい』

 今は居ないあの子に呼びかけます。

「私は自分の愚かさから、その機会を永遠に失ってしまいましたから」

 あの子が命を懸けて来てくれたと言うのに。

「だから、相沢さんには後悔して欲しくなかったんです」
「それで……」

 相沢さんが何を言おうとしたのか。
 でも、その言葉は私達を呼ぶ真琴の声に遮られてしまいました。

「何やってるの、二人とも!」
「うぐぅ」

 顔を見合わせ、笑いあいながら真琴達の方に向かいます。
 真琴と相沢さん達の存在は、時々私をどうしようもなく切なくさせますけど。
 でも、感傷に浸らせてくれるほど、放って置いてはくれなくて。

 季節は、不思議ですね。  あの子のことも今では、優しい気持ちで思い出すことができる。
 だから、今は相沢さん達と歩んでいきたい。
 あの子達のことを、好きなままで居たい。

 そう、思うのでした。



To be continued



■ライナーノーツ

 サブタイトルはこの曲から。

Good-bye TearsGood-bye Tears
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