この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



「ブラックアイス? 怖いに決まってるだろ。なぁ天野」
「はい、それはもう」

 考えただけで背筋に震えが走るほどですね。

「えぅ〜っ」

 栞さん?

「そんなこと言って、その幻の黒いアイス、私に食べさせない気ですねっ!!」

 はい???



美汐のスクーター日記
『黒いアイスの恐怖』



「ブラックアイスは食べ物じゃない!!」

 叫ぶ、相沢さん。
 お元気ですね……
 隣で突っ伏してしまった私には、そんな余裕ありませんよ。

「それに俺達は落語家でもない」

 その上、そう返しますか。
『饅頭こわい』
 有名な演題ですが栞さん、TVドラマは見ても、落語は見てないと思いますよ。

「えぅ?」

 案の定、ぽかんとされています。

「そもそもブラックアイスとは、中国、唐の時代……」
「そんなウソ知識が通用するのは、真琴やあゆさんぐらいのものですよ」

 滔々(とうとう)と語ろうとする相沢さんを遮って、何とか頭を上げます。
 全くこの人は……


「ブラックアイスというのは寒い時期、アスファルトに薄く張った氷のことです。一見して濡れた路面と見分けが付かないため、非常に危険なのです」

 栞さんのため、説明をします。

「この見分けがつかないってのが、やっかいなんだよな。それまで大丈夫だったとしても……」
「例えば橋の上で吹きさらしになっている所だったり、トンネルを抜けて天候が変わっていたり……」

 トンネルを抜けるとそこは雪国、というように天候が急変していたりするのはよくあることです。

「ツーリング先で電光掲示の温度計が2度を指していたり、家の屋根が白かったりすると、真剣に命の危険を感じるからな」
「えぅ? 氷ができるのは氷点下……」
「日中に2度ってことは、明け方はもっと冷え込んでるってことだぞ。それで凍った路面が、山の北側とか日陰に残っているってのは十分にあり得る話だ」

 そんな所にいつもの調子でバンクしながら突っ込んで行ったら……
 とりあえず、ガードレールと仲良しになれることは確実です。

「4輪だって危ないのに、2輪だったら完全にアウトだからな」
「ええ、アクセルを加速も減速もしないパーシャルに保って、加重移動をしないまま通過しきってしまうのを待つしか手がありませんし」
「って、経験あるのか?」
「はい、峠の頂上がちょうど山陰になっている所がありまして」

 あれは、怖かったですね。
 急にずるりとリアが滑って。

「嫌な予感がしたので、スロットルを緩めておいたのが正解でした」
「予感、ですか?」

 小さく首を傾げる栞さん。

「天野の場合は、経験則からきた判断だろ」
「えぅ?」
「2輪乗りは路面のコンディションに敏感なんだよ。だから五感から得られた情報を総合して、瞬間的に判断ができるようになる。乗ってない奴には分からない感覚だから、予感とかカンとか、そういう言い方になるんだけどな」

 そうかも知れませんね。
 特にスクーターはタイヤが小さく、その接地長は短くなります。
 ですから通常の2輪より更に限界領域のコントロールが難しくなり、神経を使わねばならないのです。

「まぁ、自然と季節を身体で感じられるのが2輪の良い所だしな」

 そう、締めくくる相沢さん。


 そして、数日後……

「祐一さん! アイシングって何ですか? 美味し……」

「食えねーよッ!!!」

 アイシングとは大雑把に言うと、キャブレター(空気と燃料を混ぜてエンジン内に送り込む装置)が凍り付く現象です。
 当然、食べられません。

 ……やれやれですね。



To be continued



■ライナーノーツ

>「そもそもブラックアイスとは、中国、唐の時代……」

 時の皇帝はこれを禁じたという……


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