この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



「相沢さん?」

 この八幡神社へと至る坂を登ってくる、YAMAHA系スクーターのエンジン音。
 聞き違いかとも思いましたが、この急坂をスクーターで登っていらっしゃる方など、他に私は知りません。
 箒を動かす手を止め耳を澄ましますと、やはり近くでエンジン音は止まって。
 程なく、赤い鳥居をくぐって相沢さんがいらっしゃいました。

「よう、天野」



美汐のスクーター日記
『どんと焼き』



「相沢さん、正中を歩いてはいけないと何度も申し上げたはずですが……」

 参道の中央は正中といって、神さまの通り道とされています。
 ですから、そこを歩かないのが神さまへの礼儀なのですが、この人は……

「人、居ないなぁ……」
「その上、言うに事欠いてそれですか」

 罰当たりにも、ほどがあると思うのですが。

「いや、だって今日はどんと焼きだろ。それともここじゃやらないのか?」
「いえ、今これからする所ですが」

 初詣に参られた方々が置いて行かれた古い縁起物や、正月を過ぎて下ろされた注連飾りなどが境内の一角に積まれております。
 今からこれを焼いて一年の無病息災を祈願するわけです。
 そう言うわけですので、私も今日は白装束に緋袴、巫女姿でここに居ます。

「大丈夫なのか、この神社」
「本っ当に失礼な方ですね……」

 まぁ、参拝客が限られているのは本当なのですが。
 天野のご本家、当社の名誉のためにも、その辺りをご説明いたします。

「元々この神社は、この土地を治めていたご領主の館神なのですよ」
「館神?」
「ええ、この丘の上、今は小学校が建っていますが昔は武家屋敷。代官所があった場所なのです。八幡様といえば源氏の、ひいては武家の守り神ですからね」

 ですから、この神社を参拝されるのはごく限られてはいるものの、この土地の旧家、名士の方々ばかりなのです。
 倉田先輩や久瀬先輩のお家などは、その最たるものですね。
 まぁ、最近では、そういった古い経緯と関係なく訪れる方もいらっしゃるようになってはいるのですけれど。

「ここの坂の名前、ご存知ですか?」
「確か、盆坂とか」
「ええ、正面口へと至るその坂の途中から分かれた位置に、この神社はあるのです。ちなみに搦め手門側は、館の坂、と書いて館坂(たてざか)と呼びます」
「ああ、あのスクーターで下ったら死亡間違い無しの坂、そういう意味なのか。縦の坂じゃないんだな」

 まぁ、そう考えられても仕方がないような急坂ですが。
 そうして、

「あーっ、祐一さんだーっ!」

 1月のご神域の冷えた空気を、一変させる温かな声。
 この声は……

「おう、佐祐理さん…… に、舞?」
「祐一……」

 倉田先輩と一緒にいらっしゃった川澄先輩。
 巫女装束の上に千早を重ねたそのお姿は、凛とした容貌、そして長く流れる艶やかな黒髪と相まって、神秘的なまでの美しさを醸し出していて。

「祐一さんも、舞の巫女さん姿、見にいらっしゃったんですかーっ?」
「いや、俺は……」

 相沢さんの視線に促され、説明をいたします。

「人手が足りませんでしたので、アルバイトをお願いしたのですよ」
「舞に?」
「巫女の髪は本来、長く、黒くなければならないのです。私は親戚筋のお手伝いですし、この通り、生まれつき色素の薄い猫毛ですから許されているのですが、普通、付け毛をするくらいなのですから」

 川澄先輩の髪は今時、本当に貴重なのですよ。

「それより、倉田先輩です」
「ああ?」
「このお社の参拝客が限られているのは先ほどお話しした通りですが、今年、これほど人気が無いのは、久瀬家で祝い事があって、みなさんそちらに行かれている為なのですよ。もちろん倉田先輩も……」

 そう言いかけ、巫女装束を纏った川澄先輩を、喜々として写真に納めている倉田先輩のご様子に言葉を失います。

「巫女さん姿の舞と、久瀬の所の祝い事、佐祐理さんにとってどっちが大事かは言わずとも知れるってものだぞ」
「……そのようですね」

 その後、相沢さんと私も一緒に写真を撮ったり、撮られたり。
 一通り倉田先輩の気が済んだ所で、古式に則り、お役目を終えたお飾りや縁起物に火を付けます。
 そこに、

「うぐぅ、酷いよ祐一君!」

 そう言いながらいらっしゃったのは、あゆさんでした。

「おお、あゆあゆ、ようやく来たか。心配したぞ」
「うぐぅ、登り坂でさっさと置いて行ったくせに……」

 ということは、チョイノリでいらっしゃったのですか?
 エンジン音がしなかったということは、ここまで押して上がってきたということでしょうか?
 まぁ、不可能とは申しませんが、チョイノリで登るにはきつすぎる坂ですからね。

「美汐ちゃん、これも一緒に焼いてくれる?」

 そう仰って、あゆさんが差し出されたのは……
 これは半紙?

『無事故無検挙』

 筆書きで、大きく書かれた文字。

「書き初め、ですか……?」

『無事故』は良いとして、なぜ『無検挙』なのですか?
 そこは『無違反』じゃないんですか?

「まぁ、妥当な線だな」

 平然とした様子で呟かれるのは相沢さん。
 ……犯人は、この人ですか。

「うん、この為に書いたんだ。目指せゴールドカードだよっ!」

 胸を張って仰るあゆさんに……
 どう突っ込んで差し上げればよろしいのでしょうか?

「何がゴールドカードだ。貴様は甚だしい勘違いをしている!」

 私の迷いを余所に、ぴしゃりと言い放ったのは、相沢さんでした。

「願い事を書くのは『七夕』! どんと焼きで書き初めを焼くのは、字の上達祈願のためだ!!」
「う、うぐぅ〜っ!?」

 驚愕の表情でよろめくあゆさん。

「……みまみま」

 無言で木の枝に刺したお餅を焼いて食べる川澄先輩。

「あ、あはは〜っ」

 そして、そんなお二人のご様子を見て、困ったように笑う倉田先輩の声が、どんと焼きの煙と共に、高く澄んだ空に吸い込まれて行くのでした。



To be continued



■ライナーノーツ

 モデルとなった場所は、秋田県鹿角市花輪城跡。
 現在は花輪小学校が建っています。
 坂の名前をそのまま使ったので、分かる人には分かってしまったようでした。

 また、神道の作法や概要は、

 こちらを参考にしています。

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