この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
ズシャーッ!
ガン!
ガシャッ!!
「いたたた……」
「き、北川先輩! 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ」
「俺のアクシスが……」
「相沢さん、お気持ちは分かりますけど、先に北川先輩の心配を」
「いや、冗談だって。大丈夫か、北川」
「ああ、すまん相沢。せっかく貸してくれたスクーター、傷つけちまって」
「「………」」
「? どうしたんだ、二人とも」
「北川先輩……」
……手首、折れてますよ。
美汐のスクーター日記
『ぽっきりですか?』
「……なんじゃこりゃーっ!!」
変な方向に曲がっている左手首を押さえて叫ぶ、北川先輩。
「てか、反応鈍っ!」
思わず突っ込む相沢さんでしたが、事故直後というのはアドレナリンの影響などで、痛みを感じない場合がありますから。
何もないようでも、一服するくらいの時間を置いて、身体を確かめる必要が……
「いだだだだーっ!?」
「お、おい北川!」
認識することで、痛みが知覚できるようになったのか、手首を押さえて暴れる……
と言いますか、不思議な踊りを踊る北川先輩。
ぷらぷら揺れる手首が不気味すぎます。
「暴れないでください! 傷に障ります!」
相沢さんと二人で慌てて止めます。
とりあえず、患部を見て。
「外傷は無さそうですね」
グローブをちゃんとしていたのが幸いしたようです。
グローブの方は、掌の2重に補強されている部分に穴が開いていましたが、本体までは貫通していなくて。
やっぱり、きちんとしたライディング用品は頼りになりますね。
普段は意識が薄れがちになるのですが、こういった場合には痛感します。
「とにかく添え木になるものを当てて、固定しましょう。雑誌でも何でもいいので、何かありませんか?」
「そ、それなら、さっき買ってきたコンビニの袋に……」
「ああ、これだな」
北川先輩の言葉に従い、アクシスのコンビニフックに掛けられていたビニール袋から雑誌らしきものを取り出す相沢さん。
それを受け取って……っ!?
「どうした、天野?」
「相沢さん、こっ、これって……」
「あ?」
えっちな雑誌でした。
「ぐあっ!? し、しまったーっ!!」
傷の痛みを忘れてしまったかのように、大げさに仰け反る北川先輩。
心の痛みは、肉体の痛みをも凌駕するようです。
「こんなもん買うために人のスクーター借りた上に、こけたのかよ」
「………」
と、ともあれ、他に添え木になるような物も無いので、仕方なくそれで包み込むようにした上で、荷物固定用にZRに積んでいたラバーコードで固定して。
コードは長さに余裕がありますから、ついでに首から提げられるようにします。
そして、病院に搬送しなければいけませんが、生憎今日は祝日。
救急患者の受け入れをしている病院を、探さなくてはなりません。
一瞬、119番に問い合わせようかとも思いましたが、あれはあくまでも人命に関わるような非常時の為のものです。
電話ボックスが近くに見あたらないため、タウンページもありませんし……
結局、携帯で検索して何とかしました。
と言いますか、何とかなるものですね……
いえ、こういう機能、普段はあまり使わないもので。
「分かったか、天野?」
アクシスの車体のチェックを終え、タンデムシートに北川先輩を乗せる相沢さん。
「はい。この国道沿いに南進すれば救急病院があるそうですが…… あ、ブレーキ見ましたか?」
「ん? ああ、そういや忘れてたな」
トラブル慣れしている人なら、転倒後のフレーム、タイヤ、エンジン、燈火のチェックはすぐに思いつくと思いますが、ブレーキは忘れがちになりますね。
命に関わる部分ですから、日頃から点検するくせを付けておくといいです。
「それじゃあ、行くぞ」
「はい」
私もZRで随伴します。
しかし……
「いでででっ、相沢、もっと優しく運転してくれっ!」
「仕方ないだろ、工事してるとは思わなかったんだから!」
こういう時に限って、酷く派手に道路工事が。
……新手の拷問ですか?
考えてみれば、救急車でなくとも、タクシーを呼べば良かったんですね。
病院についても、教えていただけるでしょうし。
落ち着いているようでいても、私も舞い上がっていたようです。
「うぎゃぴい!」
………
「……それにしても、あまりスピードを出して無くても、骨折ってあるんですね」
「変な風に手をついたんだろ。まぁ、『スピード出してなくてもアスファルトは手加減してくれない』とは言うよな」
人気のない祝日の診察室で、相沢さんと二人。
とりあえずレントゲンを撮るため、担当の先生と北川先輩は行ってしまいました。
北川先輩、歩くだけでも傷に響くのか、酷く痛がっておりましたが。
「やはり、とっさの受け身が大事ですか」
「格闘技の基礎ぐらいはやっておいた方がいいかもな」
そうですね。
少林寺拳法なんかがいいとは聞きますが。
とっさに受け身が出るので、アスファルトの上をごろごろと転がった上、気が付いたら無傷で立っていた、などということもあるそうです。
まぁ、受け身は基礎ですから、段持ちになるほどまでやらずともいいでしょうし。
「いだだ、何でレントゲン室までこんなに距離が……」
「建て増しを重ねた古い病院だからね。新米看護婦が毎年迷子になるんだ」
と、北川先輩とお医者様が戻って見えました。
「さて、レントゲンの結果だけど……」
ぺらりと写真を取り上げる先生。
その目が険しくなって……
「先生……」
「これはダメだな」
「ええっ!?」
机の上に置かれる写真。
もちろん、北川先輩の左手首のレントゲンですけど。
「これ……?」
肝心な所に影が差しています。
「……腕時計、だな」
そ、そういえば、雑誌で固定するとき、時計を外したりはしませんでしたね。
まさか、こんな所で影響するとは。
「仕方ない、外してもう一回撮るか」
「ま、またですか?」
先生、添え木代わりの例の雑誌を外すのですが、やはり傷むのか、悶絶する北川先輩。
左手を動かせないまま身悶えするものですから、その言っては何ですが……
不気味です。
「むぅ」
「先生?」
腕時計を前にして、唸る先生。
どうしたのでしょうか?
「君たち、すまんが患者の身体を押さえてくれないか?」
「は、はぁ」
よく分かりませんが、相沢さんと二人、北川先輩の身体を押さえます。
「時計のバンドは、いったん締めないと外れないからな」
「!!」
腕時計を外す為、バンドに手をかける先生。
「ぎゃひいいいぃぃぃぃぃんっ!!!!」
「だ、大丈夫か、北川……」
「うう……」
息も絶え絶えといった様子の北川先輩。
でも……
「あっ!」
「どうした、天野?」
「手首の固定、レントゲン室に行ってから外した方が良かったのでは? また歩かなくてはいけないんですよ」
「……そんなことは、先に言え」
何とも間の抜けた空気が漂います。
そして、
「のぉーーーーっ!!!!」
がらんとした病院内に、北川先輩の絶叫が響き渡ったのでした。
To be continued
■ライナーノーツ
このお話、レントゲンと時計の辺りは友人の実話が元になっておりまして……
本人が読まないことを祈っていたりします。
なお、骨折まで行かなくとも怪我の可能性は常にあるため、救急キットくらいは持っていた方が安心です。
ただし日本には薬事法と言う悪法があるため欧米の優れたファーストエイドキットは手に入りません。
そのためネット通販等で売られているものの大半はそういった法を破ることを気にしない中国製。
さすがに医薬品に品質があやしく、使用期限など無視しているようなものを使う気にはなれませんよね。
では国産はというと、安い中国製に駆逐されてほとんどありません。
唯一良さそうなのが、国産の医療品を詰めたこれですね。
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