この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



 パルルルルル……

「はぁ〜、風が気持ちいいです」
「ん? シールド上げてんのか…… って、伏せろ栞っ!」
「えぅ?」

 びしびしびしびしびしびしっ!

「ひゃぷぷぷぷぷっ!?」



美汐のスクーター日記
『奴らは群れでやってくる?』



「えぅ〜(泣)」
「だから伏せろって言ったのに」
「自分だけ避けてる人なんて嫌いです〜っ」

 フュージョンで買い物から帰って来られた相沢さんと栞さんですが、何かあったようですね。
 あゆさんと顔を見合わせます。

「どうしたの、栞ちゃん?」
「それが酷いんです。聞いて下さいあゆさん! 天野さんも!」
「相沢さん?」
「いや、蚊柱に突っ込んでな」
「ああ、あれですか」
「蚊柱?」
「この季節、夕方によく見られる羽虫の群れのことですよ」

 あゆさんのために説明します。

「スピード出してると、シールドに張り付いて嫌なんですよね」

 下手に擦ると虫の死骸の体液をヘルメットのシールドに塗り広げることになります。
 酷いときには、視界を塞ぐ結果になりますから注意が必要ですね。
 ウェットティッシュなどを用意しておくと便利です。

「いや、それがまずいことにシールドを上げてたらしくて」
「そ、それは災難でしたね」
「む、虫がたくさん、顔にびしびし当たるんです〜」

 よく見ると、栞さんのいつものエアバックジャケットにも点々と黒い羽虫の死骸が。
 潰してしまわないように注意しながら払ってあげます。

「あ、ありがとうございます〜」
「いえ、でも帰ったらすぐ汚れを落とした方がいいですよ」

 所々、追突の衝撃でつぶれたせいで、汚れが残ってしまっています。

「まぁ、それでもジャケットを着ていただけマシだろ」
「それはそうですが」

 栞さん、ジャケットの下は夏らしく涼しげな白のシャツでした。

「汚れが目立つというのもあるけど、胸ポケットがフラップ無しだからな。通気性良さそうな生地だし」
「えぅ?」

 ああ、そういうことですね。

「そういうポケットは意外なほど走行中のゴミを吸い込むんだよ。もちろん、羽虫……」
「相沢さん!」

 慌てて相沢さんの言葉を遮ります。
 聞きたくも、想像したくもありませんし。

 ともあれ、その辺の造りと共に、汚れても気軽に洗濯ができるような服がライディングには向いていると思います。
 ディーゼルの煤塵、土埃など、そうでなくとも結構汚れますからね。


「とにかく、これに懲りたらシールドはなるべく閉じておくことだな。羽虫程度ならいいが、これがカナブンとかだと、マジで痛いぞ」

 それは確かに。

「私は山の方に行った時にオニヤンマが胸に張り付いたことがありましたね。そういえば、知り合いはスズメバチに……」
「刺されたのか」
「スズメバチは、当たった物に針を立てる習性がありますから」

 滅多にないこととはいえ、怖いですね。


「そういえば、天野とあゆは何してたんだ」
「はぁ、それが……」
「うぐぅ、チョイノリのエンジンがかからないんだよ」
「バッテリーが上がった…… わけないよな」

 そもそもあゆさんのチョイノリは、バッテリーレスです。

「となると、キックの勢いが足りないとかか? 踏み抜くようにやらないと……」

 キックでエンジンをかけるにはコツがありますからね。

「あと、チョークやスロットルを開けすぎてプラグがかぶったか」

 エンジン始動時は着火しにくいものですから、普通はチョークで燃料を濃くしたり、スロットルを開け気味にするなりして、対応します。
 ただ、やり過ぎると、点火プラグが汚れてしまい、逆にエンジンがかからなくなってしまいます。

「いえ、そういうことではなく、アレです」

 あゆさんのチョイノリのマフラー。
 その細い排気口に詰められた枯れ草。

「ああ、ジガバチか」
「ご存知でしたか」
「まぁな」
「うぐぅ?」
「竹の棒なんかに巣を作るハチだよ。こんな風に枯れ草や泥で蓋をするんだ。そいつにマフラーをやられたんだな」
「ええっ!? それじゃあ、どうすれば……」
「いや、針金なんかで奥の方までつついて、エンジンをかけてやれば吹き飛ばせるから」

 適当な針金が無ければ、クリーニングの針金ハンガーを切って使うと良いでしょう。
 なお、スクーターのマフラーの構造は結構入り組んでいて、排気口の細いパイプは、ずいぶんと奥の方まで、続いています。
(Dioなどでは、マフラーの外側に沿って配管があって、前の方に取り出しがあるのが分かりますね)
 これを、奥までつついてやる必要があるわけです。

 それにしても……
 あゆさん達に説明しつつ作業をする相沢さんの表情は、妙に生き生きとしていて。
 これは、いつものアレなのでしょうが、あゆさんも栞さんも気付かない様子で、マフラーの排気口に見入っています。
 いい加減、相沢さんという人を理解した方が良いと思うのですが……
 一応、相沢さんに非難の視線を送りましたが、私が止めようとして止まるような方ではありません。
 特に、こういう場合は。

「それじゃ、エンジンかけるぞー」
「うん」

 ジガバチは、肉食の幼虫の為に巣を作ります。
 つまり、巣の中には、卵を産み付けられた獲物が詰め込まれていますから……

 バルッ、ブバッ!!!


「「っ!!!!」」


 ……マフラーから吹き飛ばされた大量の青虫が、辺りにばらまかれることになるのです。

「うぐぅ〜っ!!!」
「えぅ〜っ!!!」

 悲鳴を上げるお二人と、それを見て会心の笑みを浮かべる相沢さん。


 ……やれやれです。



To be continued



■ライナーノーツ

 蚊柱程度ならまだいいんですが、スズメバチはシャレになりません。
 実際、刺されたことのある私は救急セットにポイズンリムーバーを入れてあります。


 なお、サブタイトルは、
 これのセールスコピーからですね。
 パワードスーツの出ない『宇宙の戦士』……

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