「あなただれ?」
「あなただれ?」
「わたしユリカ」
「わたしユリカ」
「まねしないでよ!」
「まねしないでよ!」

「きみ、なまえなんていうの?」
「きみ、なまえなんていうの?」
「おれ、天河アキト」
「おれ、テンカワ……?」
「アキトだよ」
「アキト」
「うん、いっしょに遊ぼうよ」
「うん、いっしょに遊ぼうよ」

「あっち行こうよ、アキト!」
「なんだよユリカ」
「だってその子変なんだもん。人のまねしかしないんだもん」
「だってその子変なんだもん。人のまねしかしないんだもん」
「ほら、まねする!」
「ほら、まねする!」
「まねっこきつね!」
「まねっこきつね!」



〜まねっこきつね〜(前編)



「ねぇアキトぉ、遊びに行こうよぉ!」
「何度言ったら分かるんだよ! 俺はバイトで忙しいんだ!」

 まさか、こいつに捕まるとは、いや、この街に帰って来た以上、早晩顔を合わせることになるだろうとは思っていたが、まさかここまで昔から変わっていないとは。
 げんなりとした様子で、天河アキトは二つ年上の幼なじみ、御統ユリカを見る。

「大体何で、お前は俺につきまとうんだよ!」
「だって、アキトは私の王子様なんだもん!」

 予想通り過ぎて、涙が出てくるような返答。

「アキトのご両親があの火事で亡くなって、アキトがこの街から居なくなって…… ほんとに寂しかったけど、でも、私は信じてたよ。アキトは必ず私の為に帰って来てくれるって」
「誰がお前の為に……」
「あっ!」

 急に立ち止まるユリカ。
 相手を怒鳴りつけようとしていたアキトは肩すかしを食らい、不機嫌そうにたずねた。

「何だよ……」
「ここ……」
「ああ」

 アキトにも覚えがあった。
 赤い鳥居と、御神木と言われる大きな樫の木。
 そして小さな小さな、お稲荷様の祠。
 小さな頃、よくここで遊んでたっけ。
 ユリカと……?

「………?」
「アキト?」
「えっ、なっ、何だよ」
「どうしたの、ぼうっとしちゃって?」
「何でもない」
「あ、ちょっと待って、ねぇアキトぉ!」

 追いかけて来るユリカの声を聞き流しながら、アキトは小さく首を傾げた。

「ユリカ…… と?」



「やっと会えた……」

 御神木の枝の上、アキトの背中を見送る小柄な影。
 風が、枝を揺らす。
 さわさわと、囁くように。

「? 大丈夫よ、オモイカネ」

 小さな呟き。



「はい、いらっしゃ……い?」

 当惑した声を出すアキト。
 午後8時…… 丁度、お客が途切れた時に彼女はやって来た。
 アキトの下宿先兼バイト先である、大衆食堂「日々平穏」に。
 背丈からして中学生、いや小学生か。
 誰が見たとしても美少女と断ずるだろうという容貌に、どこか醒めた感のある大人びた表情。
 いずれにしろ、夜遅くに独りで大衆食堂ののれんをくぐるような人種には見えない。
 ……頭良さそうだし、塾とかの帰りかな? 最近の小学生って大変だよな。
 勝手な想像を思い浮かべるアキトだったが、少女の問いかけるような視線を受け、自分がバカみたいに相手の顔を凝視していたことに気付く。

「い、いらっしゃい。えっと、ご注文は?」

 慌ててお冷やを出しながら、注文を取る。
 少女は、律儀に水滴の浮いたコップに口をつけてから答えた。

「チキンライスをお願いします」
「えーと、チキンライスはうち、やってないんで……こちらのメニューの中から選んでもらえますか?」

 少女は無言でメニューに視線を走らせる。

「……お稲荷」
「あ、稲荷セットですね。稲荷セット一丁……って、ホウメイさん出かけたんだっけ」

 仕方無しに、自分で腕を振るう。
 バイトとはいえ、真剣にコックになることを目指して修行をしているアキトは、店の主人であるホウメイからも、留守を任されるぐらいの腕を持っていた。

「お待ちどうさま」

 カウンター席から、アキトの手元をのぞき込んでいた少女の前に出す。
 稲荷セットはその名の通り、稲荷寿司とミニ・ラーメンのセットだ。
 稲荷寿司は、単体でメニューに出すには寂しすぎる。
 そのため、アキトの発案でミニ・ラーメンを付けたセットメニューにしたのだが、これが以外と好評で、ここの食堂の定番メニューの一つになっていた。
 パチッ
 割り箸を割る、小気味よい音。
 しかし、そこで少女の動きが止まった。
 気になったアキトが顔を上げると、少女は割り箸を片手にラーメンを覗き込んでいた。
 ……ラーメン食べたこと無いのかな?

「おいしいよ」

 そうアキトに勧められ、おそるおそるといった様子で口を付ける。
 ズズーッ、モグモグ

「どう?」
「おいしいです」

 ズーッ、モグモグ
 はむっ、はむはむ
 おいしそうにラーメンと稲荷寿司をほおばる少女を、アキトは微笑ましげに見守った。



「アキトぉ」
「なん…… もがっ!」

 口の中に指ごと押し込まれる何か。

「ひゃにふるんだよ」
「へっへーっ、お・す・そ・わ・け」

 甘い。
 ミルクキャンディーだ。

「懐かしい味でしょ。あの頃よく食べたもんね」
「………」
「アキト?」
「ん、ああ……」
「ねぇ、アキト。こないだから変だよ。何考えてるの?」
「いや、何だか…… 思い出しかけてるんだけど…… あーっ、だめだ、わかんねぇや」

 頭をかきむしるアキト。



 あれから少女は毎日来ていた。
 いつも、アキトの目の前のカウンター席に着くため、既にそこは、少女の指定席と化していて、店の常連達もそこだけは空けて座るようになっていた。
 とはいえ、少女は店が丁度空いた時期を見計らったかのように来るため『噂の美少女』を目にすることのできた者は極めてまれであったが。

「ごちそうさまでした」
「うん」

 笑顔でうなずくアキト。
 彼女の、何かに嫌気がさしたと言わんばかりの表情や、口数の少なさに最初、気後れしていたアキトだったが、毎日顔を合わせる内に徐々にうち解けてきていた。
 少女は完全に無口というわけではなく、聞かれればそれ相応の返答を返してくれた。
 ただ、自分から話題を振るほど世慣れていないだけで…… その醒めた表情も、感情表現がうまくできない結果のものらしい。
 時折かいま見せる少女らしい表情が、アキトにはとても可愛らしく思えた。

「………」
「どうしました、天河さん」
「ん、ああ、アキトでいいよ。ってそうじゃなくて……この間から気になってたんだけど、君、前にどっかで会ったことある?」
「………」
「あ、いや、そんなわけないよな。俺、この間この街に帰って来たばっかだし」
「帰って来た?」
「うん、小さい頃、この街に住んでたんだ。この先にお稲荷様の神社があるだろ。よくあそこで遊んでたな」
「あの女の人とですか?」
「ん、ああ、それと……」

 眉をひそめ、考え込むアキト。

「……だめだ、思い出せない。この間から何か引っかかってるんだけどなぁ」
「そうですか」

 カウンターに代金の小銭を置いて立ち上がる少女。

「それじゃあ、ごちそうさまでした」

 ぺこり
 頭を下げ、背を向ける。

「ああ、ちょっと」
「はい?」
「これあげるよ」

 振り向いた少女に、手にした物を渡すアキト。

「飴?」

 彼女にあげようと、ユリカからもらっておいたミルクキャンディーだ。

「うん、おいしいよ」
「………」
「どうしたの?」
「何でもありません。……私はそんなに子供に見られていたのかなって、思っただけです」
「べっ、別に……」
「大丈夫です、慣れてますから。それに私…… 少女ですし」

 そう言うと、アキトが何かを言う暇もなく、くるりと背を向けて店から出て行ってしまう。

「あ……」

 呆然とするアキト。
 その背に声がかけられた。

「小さくても女の子だねぇ」
「ホウメイさん……」

 この大衆食堂「日々平穏」の女主人にして、アキトの師匠である名コック。

「聞いてたんですか?」
「聞こえたんだよ」
「……俺、彼女に悪いことしちゃったんでしょうか?」

 真剣な表情をして考え込むアキトに、ホウメイはくすりと笑みを漏らした。

「さてねぇ。天河にどうして欲しかったかなんて、きっとあの子にも分かってないと思うよ」
「はぁ……」
「ほら、悩んでないでさっさと洗い物片づけちまいな」
「はっ、はいっ」

 慌てて少女の残した食器を洗い始める。

「……そういえば、あの子、何でユリカのこと知ってるんだ?」



「アキトひどいよ! 私があげたミルクキャンディー、他の子にあげちゃうなんて!」
「はぁ?」

 涙目のユリカに詰め寄られ、困惑するアキト。

「何怒ってるんだよ、飴玉ぐらい…… って、お前見てたのか?」
「う…… ん。アキトのこと気になって、お店に行ったらちょうど……」
「止めろよな、そういうの」
「だって……」

 泣き出しそうになるユリカ。
 さすがに気が引けてアキトは言う。

「別に、来たけりゃ、お前も来りゃいいじゃんか」
「本当!?」
「う…… ただし、客としてだぞ、店に迷惑かけるようなことがあれば……」
「ありがとうアキト。やっぱりアキトは優しい!」
「だから、くっつくなって!」



「これあげるよ」
「これあげるよ」
「飴」
「飴」
「おいしいよ」
「おいしいよ」

「ひどいよアキト、わたしがあげた飴をその子にあげちゃうなんて!」
「何だよユリカ、いいじゃないか」
「何だよユリカ、いいじゃないか」
「う〜っ、あんたなんてきらい!」
「う〜っ、あんたなんてきらい!」
「だいだいだいっきらい!」
「だいだいだいっきらい!」



「えーと」

 四畳半の自分の部屋で目覚めるアキト。

「夢?」



「いらっしゃい!」
「やっほー、来たよアキトぉ」

 Vサインを出してユリカ。

「……さっそくかよ」

 盛大なため息をつくアキト。

「あ、そこはだめだ!」

 アキトに一番近いカウンター席に座ろうとしたユリカを止める。

「へっ?」
「そこは指定席なんだ。お前は向こうのテーブルにでも座ってろよ」
「ええ〜っ、だって、向こうからじゃ、アキトが料理してるところが見えないよ」
「お前に見られてると、気が散るんだよ。それに、あくまでもここでは俺は店員なんだから、余計な話はしないぞ」
「うん分かった。アキトって昔から照れ屋さんだったもんね」
「………」

 脱力するアキト。
 だが、ここで余計なことを言ってもこじれるだけなので止めておく。
 その時、入口の戸がカラカラと音を立てて開いた。

「いらっしゃ……」

 入って来たのは、あの少女だった。
 ユリカを見て、ぴくっ、と肩を震わせる。

「あ……」

 少女がそのまま出て行ってしまいそうに思えて、アキトは思わず声をかけそうになった。
 そして、ユリカからアキトの方に視線を移した少女と目が合う。

「いらっしゃい」

 まるで怯えた小動物を安心させるかのように、穏やかな声を作って彼女に笑いかけるアキト。
 その笑顔を受けて、ようやく少女はカウンターまでやって来た。

「いつものやつでいい?」
「はい」

 こくん、とうなずく。
 その背後のテーブルでは、ユリカが嫉妬の炎を燃え上がらせていた。
 ……こんな小さな子に。
 苦笑するアキトだったが、昨日、少女を子供扱して傷つけてしまった事を思い出し、考えを改める。
『小さくても女の子だねぇ』
 ホウメイの呟いた言葉が、何となく脳裏を過ぎった。



「ごちそうさまでした」

 いつも通りに食べ終えた少女に、アキトは笑いかけた。

「良かった」
「えっ?」
「いや、来てくれないかと思ったんだ。昨日、不愉快な思いをさせちゃった様だったから」
「そんなこと…… ないです。アキトさんは悪くないです」
「うん…… なら、いいんだけど」
「その……」
「なに?」
「飴、おいしかったです。ありがとうございました」
「そう、良かった……じゃあこれ」

 少女の手に渡す。
 今日はイチゴミルク飴。
 目を丸くする少女に、おずおずと、アキトは言う。

「いや、その、嫌じゃなかったらだけど」

 きゅっと、胸の前で飴を握り、ふるふると首を振る少女。

「いやじゃ……ないです」



「気を付けて帰るんだよ」

 アキトの声に、いつものようにぺこりと頭を下げて、少女が出て行く。

「アキトぉ」

 涙目でアキトに詰め寄るユリカ。

「何だよ、今日の飴は俺が自分で買ったやつなんだから、文句無いだろ」
「アキトは、あの子が好きなの?」
「なっ、何でそうなるんだよ!」
「だって私には何にもくれないのに、あの子には……」
「分かったよ、この間もらったミルクキャンディーの分もあるし、好きなだけ持ってけばいいだろ」

 飴を袋ごと差し出すアキト。
 だが、ユリカは納得しなかった。

「アキト分かってない、何にも分かってないよ!」
「おいユリカ!」
「私帰る!」
「ユリカ……」

 呆然とユリカを見送るアキト。
 そして気付く。

「……金置いてけよな」



「アキトのバカ……」

 すんすんと、しゃくり上げながら夜道を歩くユリカ。

「? あの子……」

 ふと顔を上げると、目の前の角を、あの少女が曲がるところだった。

「どこの子かしら?」

 こう見えても、ユリカは自分の記憶力に自信がった。
 伊達に学校でトップの成績を維持しているわけではないのだ。
 自分の家が古くからの名家であることもあり、この辺一帯の住人の顔は大抵覚えている。
 だが、あの少女はその中にはなかった。
 意を決して、そろそろと恋敵の後をつけるユリカだった。



 つづく


■ライナーノーツ

> 彼女にあげようと、ユリカからもらっておいたミルクキャンディーだ。

 レトロっぽい雰囲気を出すためにも昭和なお菓子を使っています。
 ミルクキャンディーと言ったらこちら、


> 今日はイチゴミルク飴。

 こちらは三角形の、

 どちらも昭和の時代からある商品です。

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