「テンカワさんですか? そうですね私は家族とか知りませんが、もし私に兄が居たらこんな感じなのかな、って思います。……え? 恋愛感情ではないと思いますよ。私、少女ですし」
「ルリちゃん? そうだな…… 俺、一人っ子だったからよく分からないけど、妹が居たらこんな感じかな、とも思うよ。それに…… ピースランドの一件以来なんだか放っておけなくて」
〜恋愛ではなくif〜
Not Love,But AFFECTION.
if・・・・
「……というわけです」
『ルリ・アキト急接近対策本部』に集まった面々を見回すプロスペクター。
「まぁ、当人たちもこう言っていることですし、特に問題は無いと思いますが……」
「でも!」
食い下がるのはユリカ。
「最近、ルリちゃんったら、アキトと二人でバーチャル・ルームでデートしてるんですよ!」
「いえ、まぁ、確かにお二人で利用されていますが、それをデートと決めつけるのは……」
「それだけじゃありません! この前、見ちゃったんです。アキトがルリちゃんの部屋に入って行くところ」
ざわっ、と一同にざわめきが走る。
無理もない。
ルリの部屋はアマノイワヤトと称されているくらいで、彼女のプライベートに立ち入れる人間などこれまで皆無だったのだから。
「だからそれはぁ、二人でゲームしてただけだってルリルリ言ってたよぉ」
うんざりした様子で、ミナトが言う。
「あのルリルリがようやく心を開ける相手、家族とも言える相手を見つけたんだよ。どうしてそっとしておけないの?」
「でも『妹みたい』っていうのが一番危ないとも言うし……」
ぼそっと呟くメグミに、我が意を得たりとばかりにユリカが叫ぶ。
「そうです! 何か間違いがあってからじゃ遅すぎるんですよ!」
ガタン
「くだらねぇ……」
椅子を鳴らして立ち上がるリョーコ。
「テンカワはそんな奴じゃねぇよ! 何であいつのこと信じてやらねぇんだ!?」
瞳を怒らせながら言い放つ。
「俺はテンカワを信じるぜ!」
「「ふ〜ん」」
にんまりと笑うヒカルとイズミ。
「なっ、何だよ、おめーら!」
「『俺はテンカワを信じるぜ!』」
リョーコの口調を真似るイズミ。
「リョーコ、かっこいー」
はやし立てるヒカル。
「なっ……」
「「テンカワ、テンカワ、テンカワ、テンカワ……」」
「う、うっせーっ!!」
「ホントに信じてるなら、この場には居ないわよね」
ヒカルとイズミのオモチャになっているリョーコを鼻で笑うエリナに、イネスが突っ込む。
「そう言うあなたは、何でここに居るの?」
「う゛……」
「とにかく、このままじゃいけません!」
「はぁ…… 仕方ないですね」
眼鏡を直しながらプロスペクターは説明を始める。
「実は、ルリさんに関してはそれとは別に、例のピースランドの一件以来、ちょっとした問題が起きてまして……」
「問題?」
「はい、ルリさんの親権についてです。これまでは親元が分からなかったので、その身柄はネルガルの預かりとなっていたわけですが、あの一件で本当のご両親が判明しましたからね。法律上、今まで通りには行かなくなったわけです」
「え、でもルリルリは親元に帰るのを嫌だって言ったんでしょ」
ミナトが心配そうに口を挟む。
「はい。ですが彼女をこちらで引き取るには、ちゃんとした身元引受人が必要になります」
人差し指を立て眼鏡をキラリと光らせるプロスペクター。
「そこで、です」
「ルリちゃんの身元引受人!? でも俺、まだ未成年ですよ」
「その点は大丈夫です。この戦争で親を亡くした子供たちがたくさん出ましたから戦時特例育英制度というのができてまして、就業者なら18歳以上でその資格が得られることになっています」
プロスペクターが提案したのは、アキトとルリを本当に家族にしてしまうことで二人の間柄が恋愛に進展してしまわないように予防線を張ろうということであった。
ルリは晴れて家族を得て、ユリカたちはアキトとルリの仲を心配せずに済む。
一石二鳥の調停案である。
「それじゃあ、私、テンカワ・ルリになるんですか?」
「ちょ、ちょっとルリちゃん! そんな簡単に!」
「テンカワさんは…… 嫌ですか?」
いつもの平坦なルリの口調の中に、かすかな…… しかし紛れもない悲しげな響きを聞き取り慌てるアキト。
「いや、そんなことはないよ。絶対ない! 無いけど俺なんかが保護者…… というか家族でルリちゃんは本当にいいの?」
そのアキトに、ふるふると首を振るルリ。
そして聞き取れるかどうか…… 本当に小さな声で言う。
「……テンカワさんだから」
「えっ!?」
「あ……」
二人して顔を赤らめ、うつむく。
「それではよろしいようですね」
ニコニコと笑いながらプロスペクター。
「あと、名字の問題ですが、そのままで構いませんよ。その辺は自由です」
「そうですか……」
何となく残念そうなルリ。
ともあれアキトに向かって頭を下げる。
「それではテンカワさん、よろしくお願いします」
「う、ん…… でも、俺がルリちゃんの親代わりかぁ」
「……テンカワさんのこと、父と呼ばなければならないんでしょうか?」
そうして二人で吹き出す。
「がらじゃないよね。今まで通りでいいと思うよ」
「はい、でも……」
言いかけるルリに、手を差し出すアキト。
「よろしくルリちゃん。これからは家族として」
「……はい」
アキトの手をそっと握りしめ、うれしそうに、実にうれしそうに答えるルリ。
「おっはよー!」
「おはよ、艦長」
「あれ、ミナトさんだけですか? 今日はルリちゃんも……」
「ルリルリなら休みは家族と過ごしたいからって、アキト君と同じ直回りに勤務サイクルの変更をしてたわよ」
「えーっ、何ですそれぇ!」
「たっ、大変です!」
ブリッジに駆け込んでくるメグミ。
「何、メグちゃん、そんなに慌てて?」
「ル、ルリちゃんがアキトさんと一緒の部屋で暮らすって!」
「ええーっ!?」
「まぁ、そうよねぇ。家族なのに離れた部屋で暮らす方が不自然なんだから」
何でもないようにミナトが言う。
このナデシコの居住区は元々二人部屋だったのを個々で使っている状態だから、二人でも決して狭くはない。
「そんなぁ!」
「二人はもう家族なんだから、他人が口を挟む様なことじゃないでしょ」
「でもでもぉ!」
「でもじゃないわ。ルリルリはアキト君を信頼してる。だから一緒の部屋で暮らしたいって言ってるの」
噛んで含めるように言うミナト。
「あなたたち、アキト君のこと信じてるからこそ二人が家族になるの賛成したんじゃなかったの?」
「「う゛……」」
こう言われては黙るしかない。
だが…… ユリカは決して納得したわけではなかったのだ。
次のアキトたちの休日。
「あ〜き〜と〜」
自分も強引に休暇をとったユリカが、アキトたちの部屋の前に居た。
「……はい」
眠い目をこすりながら出てくるルリ。
「あ、ルリちゃ…… ん〜!?」
のけぞるユリカ。
ルリは薄いシュミーズにショーツだけというあられもない格好で現れたのだ。
「こら、ルリちゃん。そんな格好で出て行っちゃだめだろ」
ルリの後ろからエプロン姿にフライ返しを持ったままの「何でもない」顔をしたアキトが現れ、二度びっくり。
「はぁい。ごめんなさい」
起きたばかりなのか手の甲で目をぐしぐしと擦りながらアキトに謝るルリ。
「あ、あき、あき……」
「ユリカじゃないか。どうしたんだよ、何か用か?」
ルリを奥に引っ込めながらアキトが言う。
すれ違いざまに…… まるでネコが主人にそうするようにアキトに身体をすり寄せるルリの頭を、分かってるよ、とでもいう風に自然なしぐさでなでる。
「あ、アキト……」
「ん、ああごめん。昨日、遅かったんで俺たち今起きたばっかりなんだ。ルリちゃん、朝弱いし」
「そ、そうじゃなくて……」
「テンカワさんが、眠らせてくれなかったんじゃないですか」
奥でごそごそと着替えながらルリが言う。
「ねっ、眠らせてって……」
「何言ってるんだよ、もう一度って、何度もせがんだのはルリちゃんの方だろ」
「……だって、テンカワさん上手で」
テンカワさんが眠らせてくれなかったんじゃないですか
もう一度って、何度もせがんだのはルリちゃんの方だろ
……だって、テンカワさん上手で
………
……いやあああああっ!!!
「テンカワさん、ゲームのスイッチ入りっぱなしですよ」
ルリの声。
「え、ああごめん。結局あのまま眠っちゃったんだった」
「ゲーム?」
目を瞬かせ、そしてようやく自分の誤解に気付くユリカ。
顔を真っ赤に染める。
「テンカワさん、フライパン大丈夫ですか?」
「あ、うん。ユリカ、話だったら中で聞くよ。俺たちこれから朝飯を兼ねた昼食にするんだけど、何だったら食べてってもらっていいし」
「え、いいの?」
思いがけないアキトからの誘いに驚くユリカ。
「ん、ああ。二人でも三人でもそんなに変わらないし……」
「ありがとうアキト!」
上機嫌で部屋に入るユリカ。
興味深げに中を見回す。
「そこ座ってて」
アキトの勧めで、ミニキッチンに付いている小さなカウンターテーブルにつく。
アキトとルリは二人で暮らすに当たって、今まで使っていたそれぞれの部屋ではなく少し広めのキッチン付きの部屋に移っていた。
「すぐできるから」
そう言ってキッチンに向かうアキトの背中を見つめるユリカ。
「ユリカ、オムレツでいいか?」
「うん、アキトが作ってくれるなら、何でも!」
「ユリカ、パン焼いてくれる?」
「うん。ねぇ、アキトはバターだけだった?」
「ああ、ユリカの好きな自家製のジャムもあるよ」
「え、ホント?」
「コーヒーも入ってるから」
「アキトはブラックでいいのね」
「ん、ユリカは砂糖三杯の、いつものお汁粉コーヒーか? 甘いの好きだもんな」
「ひっどーい、今日のは二杯だもん!」
「へ? どうしたんだ、ダイエットか?」
「ちがうよぉ…… アキトと同じ物が飲みたいから……」
「ユリカ……」
「アキト……」
「でも、二杯じゃあ、まだまだ道は険しいな」
「う〜っ」
「はははっ」
「……なんて」
「どうしたんですか、艦長」
ユリカの妄想を破ったのは、着替え終わって奥から出てきたルリの声だった。
「え、ううん、なんでもな…… ええっ!!」
ルリの方を振り向いて、驚きの声を上げるユリカ。
「艦長? どうかしましたか?」
きょとん、とした顔をしてルリ。
その小さな身体を包んでいるのは、明らかに男物とおぼしきダブダブのシャツだったのだ。
「そそそ、そのシャツ……」
何度も折った袖口から、ちょこんと覗く指先。
「ああ、これですか? テンカワさんに貸していただいたんです。部屋着に」
嬉しそうに微笑むルリ。
「あああ、あき、あき、あき……」
「ルリちゃん、制服の他はよそ行きの服とパジャマしか持ってなかったんだ」
さらりと話すアキト。
「ユリカ、機会があったらでいいからルリちゃんの服買うの手伝って欲しいんだけど」
「ううう、うん!」
勢い込んでうなずくユリカ。
もちろん、その頭の中ではアキトの服を着られるよりは服を買って上げた方がマシ、という計算が働いている。
「別に私はこのままでもいいんですけど……」
「だめっ!」
「艦長?」
「あ…… ううん、女の子がそんなことじゃダメだよルリちゃん。お洒落しなきゃ」
「そんなものでしょうか……」
「もちろんだよ!」
「はぁ……」
ユリカの勢いに、困惑気味に肯くルリ。
「ルリちゃん、パン焼いてくれる?」
「はい。テンカワさんはバターだけですね」
「うん、ルリちゃんの好きな自家製のマーマレードもあるよ」
「あ、ありがとうございます……」
「コーヒーも入ってるから」
「あ、いつものですね」
「そ、いつもの」
「牛乳は…… テンカワさん、もうこれで無くなりそうですよ」
「うん、また買ってこなくちゃね」
「デザートはどれにします?」
「ん〜、グレープフルーツでいいんじゃない」
「はぁい」
「あ、あうあうあう……」
……そっ、それは私が、私がアキトの奥さんになったときにすることなのにっ!
アキトとルリの放つ「幸せバリアー」に阻まれ、口を挟むこともできないユリカ。
「どうかしましたか、艦長」
ユリカにカップを差し出しながらルリ。
このカウンターテーブル、お洒落なのはいいのだが、いかんせんルリには位置が高すぎて大変だ。
背伸びしたり、椅子の上に上がったりして食事の準備をする様は、まるで幼い子供がお手伝いをしているよう。
「う、ん。ありがとルリちゃん」
内心の嵐を抑えつつ受け取るユリカ。
「あ…… カフェオレ?」
「はい、私たちの『いつものやつ』ですけど」
いつものやつ、というフレーズが気に入っているのか微かな笑みを浮かべて言うルリ。
「いつもの……」
「あ、普通のコーヒーがいいんでしたら淹れ直しますけど」
「え、ううん、いいの。私も一緒のがいいから」
「そうですか」
「でも、どうしてカフェオレ?」
「…………」
ルリとユリカの会話を背後で聞きながら、くすりと笑うアキト。
カフェオレを飲むようになったのはルリと暮らすようになってからのことだ。
ルリの健康を考えると本当はコーヒーではなくミルクにしたい所なのだが、それではあからさまに子供扱いしたようでルリを傷付けてしまう。
そのために二人で飲み始めたカフェオレなのだ。
「それじゃ、食べようか」
「うん…… って二人とも、何やってるの!?」
悲鳴じみた声を上げるユリカ。
「え?」
「何が?」
カウンターテーブルの椅子に座ったアキト。
そして、その膝の上に乗っているルリ!
「ああ、だって椅子がもう無いだろ」
アキトの言う通り、このカウンターテーブルには、床から固定された椅子が二脚しか用意されていない。
二人部屋なのだから当然のことだ。
「あ、そ、そう……」
だからと言って、ユリカに目の前の光景が納得できるはずもなかったが。
そのユリカの様子を見て誤解したルリが言う。
「気にしないで下さい。いつもの事ですから」
「い、いつもの!?」
「はい、この造りつけの椅子、私の背丈では合わなくて、いつもテンカワさんの膝の上にお邪魔してるんです」
「あ、ルリちゃん、お塩取って」
「はい、テンカワさん」
「ありがと」
「いえ……」
「………」
「どうしたユリカ、食べないのか?」
「おいしいですよ、テンカワさんのオムレツ」
「う、うん……」
「で、ユリカ、話って?」
「へっ?」
「……何か、話があって来たんじゃなかったのか?」
「え、ああ!」
ようやく我に返るユリカ。
「その…… お休みとったんだけど、独りじゃつまんなくて……」
かねてから用意して置いたセリフ。
アキトは膝の上のルリと顔を見合わせる。
「俺たち、休日は特に何をするわけでもなく、ゆっくりしてるんだけど……」
「それで良かったら艦長もご一緒しますか?」
「うん、ありがとうルリちゃん、アキト!」
心配するアキトを余所に、食事の後かたづけをするユリカ。
「うふふっ、まるで新婚さんみたい」
鼻歌混じりに食器を洗い、上機嫌でアキトたちを振り返る。
「終わった…… って、何やってるの二人とも!!」
「っ!」
「ああ、ごめんルリちゃん。大丈夫?」
「はい……」
「危ないだろユリカ! 急に大声出すなよ!」
「だって…… だって何やってるの、二人とも!」
ルリはアキトの膝枕の上で気持ち良さそうに目を閉じている。
アキトの手には…… 耳掻き。
「何って、耳掃除に決まってるだろ」
「そんなの自分でできるでしょ!」
「人にやってもらった方が綺麗になるんです」
目を細めながらルリ。
「ああ、動かないでルリちゃん」
「は…… い」
「ふっ」
「ひゃ! く、くすぐったいです」
「がまん、がまん」
「……テンカワさぁん」
「ん? 何?」
「気持ち良くって、このまま眠ってしまいそうです……」
「いいよ、ルリちゃんがお昼寝したいならそれで」
「テンカワさんも……」
「い、いやああああっ! だめだめだめーっ!」
「何だようるさいやつだなぁ。はい、ルリちゃん終わったよ」
「はい。……艦長も、やってもらえばいいのに」
「え……」
……しまった。
「それじゃあ、ゲームをしませんか、艦長」
「え、ルリちゃんたちが昨日やってたやつ?」
「いえ、せっかく艦長が来てくれたんですから、こちらをやりましょう。こういうゲームは人数が居ないと楽しくないですから」
ルリが出してきたのは『火星版モノポリー』だった。
懐かしの人生ゲーム、その火星版である。
「なつかしーっ、ルリちゃん、こんなのどこで?」
「前の寄港地のデータライブラリで。テンカワさんが喜ぶかな、と思って」
「ルリちゃん……」
「…………」
「と、とにかくやろうよ、二人とも!」
「うわーっ、火星人が攻めてきたっ!」
「はい、罰金払って」
「監獄行き……」
ゲームはユリカの独り勝ちとなった。
脳天気な言動に惑わされがちだが、こう見えてもユリカは士官学校時代、戦術シミュレータでは負け知らずの才女。
こういったゲームではルリやアキトが束になっても勝てる相手ではない。
「へっへー、ブイ!」
ルリとアキトにお得意のブイサインを出すユリカだったが……
その表情が、ブイサインを出したまま凍り付く。
「……何やってるの二人とも!!」
あぐらをかいて座り込んでいるアキト。
その上に腰を下ろしているルリ。
「何って……」
「どうかしましたか、艦長?」
「どうして二人とも一々くっつくの!」
「だって……なぁ」
「ジョイパッド、二つしかありませんし、同じウィンドウを見るならこの方が」
ユリカがパッドを一つ使っているから、二人は残った一つを交互に使っていた。
「昨日やってたアクションゲームならまだしも、こういうゲームは素早い操作も必要ないから、これで困らないしな」
「そ…… そう、それじゃあアキトたちが昨日やってたって言うゲームしようよ!」
アクションゲームなら、こういうこともできないはず。
とっさに思いつくユリカ。
「はい……」
「別にいいけど」
「それにしても人生ゲームで最下位って、何か嫌だよな」
肩をすくめるアキト。
「この手のゲームは人が良くては勝てませんよ」
「ルリちゃん……」
「でも、そう言うところがテンカワさんらしいと思います」
「……うん」
「二人とも、私の人が悪いって言いたいわけ?」
ともかく、今度は昨日、アキトたちがやっていたという対戦アクションゲームをやる。
こちらは流石と言うべきか、パイロットであるアキトが抜きん出て強く、次いでユリカ、そしてルリの順番となった。
他の二人とはレベルが違うためアキトは早々に抜けて、ルリとユリカの後ろで観戦モードに入っている。
「テンカワさん、技が出ないんですけど」
ユリカに押されているルリが、アキトに助けを求める。
「え、どれどれ」
「あ、ずるーい、ルリちゃん…… って、何やってるの!」
「え?」
「何が?」
ルリを膝の上に乗せて、文字通り手取り足取り教えているアキト。
「もう、嫌……」
その後、アキトのホットケーキでおやつをとったり、本を読んだりしている内に時刻は夕食時になる。
「二人とも、夕飯出来上がるまでまだ少しかかるから、お風呂入って来なよ」
夕食の準備をしながらアキト。
「艦長、先に入って下さい」
ルリはというと、部屋の端末にとりついたまま何やらオモイカネと話込んでいる。
「先にってルリちゃん?」
「お風呂、狭いですから二人では無理です」
上の空で答えるルリ。
アキトは共同の浴場に行けと言っていたのだろうが、心ここにあらずといった様子のルリは、そうは取らなかった様だ。
あるいは共同の浴場まで行く手間を惜しんだのかも知れない。
ともあれ、
……アキトの部屋のお風呂。
「うん、それじゃ、お先に使わせてもらうね」
「ごゆっくりどうぞ」
上機嫌で、脱衣所で服を脱ぐユリカ。
脱衣所には全自動洗濯機と乾燥機が置かれ、またそれとは別に女の子…… ルリの下着がつり下げられている。
「ルリちゃんも女の子なんだ。乾燥機じゃあ……」
そこまで言って凍り付く。
「いやあああああああっ!」
ルリの下着を握りしめて飛び出してくるユリカ。
「ど、どうしたんです艦長!」
さすがに驚いているルリ。
だが、その姿を見てユリカは更に興奮する。
「な、何抱き合ってるの二人共! やっぱりルリちゃん、アキトに下着洗わせてるのね!」
「そ、そんなことしてません!」
真っ赤になって否定するルリだが、興奮しているユリカには通じない。
「だったらどうして抱き合ってるの! まさか、お風呂も二人で入ってるんじゃ…… フケツよ二人とも!」
抱き合っている…… と言うよりもアキトの頭を自分の胸に抱え込んでいるルリ。
「どっちがフケツなんですか! 服、服着て下さい!」
「へっ?」
ようやく自分の格好に気付くユリカ。
「きゃーっ!!!」
「何だったんだ……」
訳も分からずルリに目をふさがれて、状況がつかめていないアキト。
「ううっ……」
真っ赤な顔をしながら湯船につかり、泣くユリカ。
次いでルリが風呂に入っている間に夕食の準備が出来上がる。
「いい匂いですね」
匂いにつられたのか、ほこほこと湯気を立てたルリがバスルームから出てくる。
水色のパジャマ。
雪のように白い肌が、今だけは湯上がりの健康なピンク色に染まっている。
「こら、ルリちゃん。髪がまだ濡れてるじゃないか」
洗いたてのバスタオルを手にルリの後を追いかけるアキト。
バスタオルをルリの頭にかぶせると、わしわしと拭く。
「テンカワさん……」
ざっと拭いてから、今度は髪をタオルで挟むようにして丁寧に水分を取るアキト。
「ほら、こっち。風邪引くよ」
ルリを洗面所に連れて行って、ブラシで髪をすきながらドライヤーで乾かす。
ルリは気持ち良さそうに目を閉じた。
「うううっ」
部屋の隅で、悶々とブラックホールを形成するユリカ。
「ルリちゃん、おべんと付けてるよ」
「え、どこです?」
「ここ」
ひょい、ぱくっ。
「いやあああああっ!」
というような夕食も終わり、くつろぐ三人。
「もうこんな時間」
「艦長、泊まっていきませんか?」
そう言い出したのはルリ。
「ええっ、でもいいの?」
「はい。私、親子三人で川の字になって眠るって言うの、夢だったんです。だから……」
「親子…… 私、お母さん?」
「私が母では無理があると思います」
「私が…… お母さん。アキトの……」
……アキトの奥さん。
「うん、分かったよルリちゃん!」
「電気消すぞ」
「はい、テンカワさん」
カチッ
「……ルリちゃん」
「何ですか?」
「これ、何か違うよぉ」
確かに親子三人、川の字である。
だが……
「布団、二組しかありませんから仕方ありません」
アキトの肩にことん、と頭を寄せてルリ。
「でもでもぉ…… ルリちゃん、こっちに来ない?」
「艦長はお客様ですから、そんなことはできません」
「………」
二組の布団、その一方にユリカ。
そしてもう片方にアキトと…… ルリ。
「気にしないで下さい艦長。 ……ですから」
もう眠いのか、はっきりしない口調でそう呟くルリ。
幸せそうに、本当に幸せそうに微笑むと、アキトにすがりつく。
自分とは無縁だと思っていた家族、この温もり。
アキトの匂い。
幸せで、涙がこぼれそうになる。
「ぐすん……」
すぐ隣にアキトが居るのに……
独り寝の寂しさに泣くユリカ。
ルリの最後のセリフが聞き取れなかったのは幸いと言うべきか。
ルリは、こう言ったのだ。
「いつものことですから」
HAPPY END
■ライナーノーツ
>「最近、ルリちゃんったら、アキトと二人でバーチャル・ルームで、デートしてるんですよ!」
ゲーム『機動戦艦ナデシコ やっぱり最後は「愛が勝つ」?』 からのネタですね。