【ネタ】機動戦士ガトル(ファーストガンダム・ジオンifもの)
第八話 統合整備計画
「統合整備計画、ですか?」
モビルスーツ、ザクの開発技師、メイ・カーウィンは、差し出された資料の表題を読んで興味深げに手に取った。
宇宙世紀0078年10月、ジオン公国は国家総動員令を発令し、宇宙攻撃軍および突撃機動軍を設立していた時節のことである。
「そうだ。モビルスーツのメーカーごとに異なる部材や部品、装備、コックピットの操縦系の規格、生産ラインを統一することにより、生産性や整備性の向上、機種転換訓練時間の短縮を狙った計画だ」
少女の対面に座るのは、モビルスーツの開発を推進するキシリア少将配下のマ・クベ中佐だった。
痩せぎすのその外見は、酷薄な印象を見る者に与える。
天才とはいえ、十三歳の少女に過ぎないメイには正対するのに勇気の要る人物だった。
隣で常と変らぬ表情を見せるリュウヤ・タチバナ中尉が居なければ、委縮してしまっていたことだろう。
「以前から案はあったのだが、君達の発案したガトルのコクピットの流用によるジオニック、ツィマッド両社の操縦系の統一でその動きが加速されたのだよ」
なるほど、それでメイが呼ばれた訳である。
「それじゃあ、これに沿った機体を作ればいいんですね」
メイは、資料の内容を確かめながら、質問する。
その頭の中では実現の方法が目まぐるしく検討されているのだろう。
凡人であるリュウヤには想像もできなかったが。
ともあれ、リュウヤにも資料は渡されていたので、メイとは違った視点で見ることにする。
「これは、すぐには実現不可能な仕様もありますね」
すぐに目に付いたのは、そのことだった。
「装甲にチタン・セラミック複合材を使用なんて、月を押さえでもしないと、チタンの確保は難しいでしょう」
「そうなの?」
「そうなんだ」
やはりというか、物の流通には疎い研究者肌のメイは気付かなかったようだ。
ともあれ、
「最初から完全に統合整備計画に則った物を要求している訳ではない」
マ・クベは、やんわりとその指摘に答えた。
「将来的に改修が行えるよう、余地を残して置いてくれればそれで良い」
それで、メイにも理解できたようだった。
「それじゃあ、今はできる範囲で、この統合整備計画に沿った機体を開発すればいいんですね」
「そうなるか」
「分かりました!」
満面の笑顔で答えるメイ。
新型のモビルスーツの開発を任されるのが、嬉しいのだろう。
「それなら早速、検討に入ります!」
「ああ、問題があれば私の所まで連絡してくれれば良い。便宜ははかろう」
「はい。それじゃあ、失礼します!」
席を立つメイ。
付添だったリュウヤも席を立つ。
「それでは、失礼いたします」
見事な敬礼を残して部屋を出る。
「うむ」
部屋を出る二人を見送ったマ・クベは副官に命じ、上司、キシリアとの面会を要請した。
「そうか、あの娘は役立っているか」
「はっ、あの年齢で、なかなかに優秀であればこそ」
キシリアの元を訪れて、統合整備計画の発足を報告するマ・クベ。
それを受けて、キシリアは満足げに笑った。
「あの駒も中々に役立つ。特にモビルスーツにガトルの脱出ポッドを組み込み、我々に人というコストを示した功績は大きいな」
キシリアの言葉を受けて、マ・クベは同意する。
「はい、それは私もいささか認識が浅かった所で。軍のシンクタンクに予想をさせました所、元の計画のままではほぼ確実にジオンは人的資源の枯渇で敗北するだろうという結果が得られました」
「ふむ、酷い物だな」
キシリアは感慨深げに呟く。
マ・クベは、慌てたように、言い継いだ。
「しかしながら、全モビルスーツにガトルの脱出ポッドを組み込み、熟練のパイロットの人命を優先した兵器作りをすれば、それも防げます」
「そうだな。その上で、例の作戦を行う」
キシリアの瞳が細められた。
その視線に威圧されたようにマ・クベは息を詰まらせた。
「コロニーの焦土作戦ですな」
厳密な軍事用語の焦土作戦とは異なるが、二人は便宜上、その名称を使って居た。
「うむ、手筈は整っているな」
キシリアに対する怖れを感じながら、マ・クベは頷いた。
「はっ、我が軍が国家総動員令を発令したため、連邦軍は各サイドに駐留軍を派遣し、事態の鎮静化を図っております。その結果、抑圧される各サイドの住人と連邦の駐留軍との間で軋轢が起こっております」
それも、ジオン軍首脳陣が敷いた作戦通りの動きだった。
「ここで、各コロニーに潜ませたアジテーターを使って方々のコロニーでデモやサボタージュ、場合によってはテロを行います。これにより連邦軍は、各コロニーに治安維持のため一隻は戦艦を置くことになります。ここで更にテロを起こせば、対策として一時的に港を接収するでしょう。テロへの恐怖からスペースノイドを警戒するでしょうから、港湾要員もアースノイド、連邦軍兵士しか置かぬでしょうな。これを連邦軍による港の強奪と、更に煽り立て、対立を深めさせる」
「そこで準備が整い次第、開戦する」
「はい、開戦と同時に、ミノフスキー粒子で隠蔽されたモビルスーツが接近。降伏勧告の後、状況の掴めていない連邦軍の艦を、やむなくコロニーの港湾施設を巻き込む形で消滅させます」
「うむ、この降伏勧告が重要だな。担当の兵には徹底させることだ」
この作戦にはキシリア配下の突撃機動軍、海兵隊が実行することになっていた。
それに伴い海兵隊のモビルスーツは旧式のザクIから、核攻撃を前提としたザクIIC型に切り替えが最優先で進められている。
「はっ、コロニーを傷つけたくないため降伏せよ。つまりコロニーの港に被害が出たのは連邦軍が駐留し、しかも停泊中に降伏勧告を受けたにも関わらず傲慢にもそれを無視したため。連邦軍のためと思わせるのですな」
「そう、そして港が傷付けば、物資の流通が滞る。無論、生命維持には問題が無い程度に収めるが、果たして上手く行くか」
「奪い合えば足らぬ。分け合えば余る、ですな」
「これまでも不自由なく暮らしてきたコロニーの上流階級の人間、地球連邦と通じ連邦寄りの政治をしてきた者たちは間違いなく奪いに走る。故に、弱者が飢えることになろう」
市民に被害を出さず、コロニーの港だけを攻撃する理由がここにあった。
いや、市民は多いほど消費は増え、問題は顕在化する。
「連邦寄りの各コロニー政府と市民の乖離がこれで図られると言う訳だ。政変も起きよう。特にジオン寄りの立場を表明して中立宣言をしたサイド6リーアが無事であることを知ればなおさらな」
スペースノイド達の旗色は瞬く間に反連邦になる。
既に港が失われている以上、連邦が立場を取り戻すには港の再建が必要なのだが、これは容易なことではない。
連邦に失地挽回のチャンスは残されないのだ。
そうして貧窮した各サイドに支援の手を差し伸べ、ゆっくりと親ジオンの態勢を作って行けばよい。
当初は港を破壊したジオンに対する反発も起きようが、その港の再建をジオンが援助するとすれば?
それがキシリアの描いた戦後まで見据えての筋書きだった。
「それで、例のジャブロー攻撃に適当なコロニーは見つかったか?」
地球連邦軍総司令部のある南米ジャブローは、天然の地下空洞を利用した難攻不落の大要塞であった。
ジオン公国はこれを撃滅する方法としてスペースコロニーを落下させることを決定したが、スペースノイドを味方に引き入れるためには、コロニー住人の虐殺を行うことは避けねばならなかった。
無人、もしくは無人に近いコロニー。
そんな、都合の良い物があるのかというと、あったのだ。
「はい、サイド5ルウムに、テキサスという観光コロニーが」
「ほう」
「その名の通り、旧世紀のアメリカ、テキサス州を真似た観光コロニーでありましたが、不況のため半閉鎖状態にあります。これならばコロニー公社の人間とわずかな管理人を避難させれば、血を流すこと無くコロニー落としが可能です」
「ふむ、ならばサイド1ザーン、サイド2ハッテ、サイド4ムーアと同時に、サイド5ルウムも落とさねばなるまいな」
「はっ、我が国に一番近いサイド5ルウムにはレビルの艦隊が居ますが、例のガトルのパラレルアタック、そして底上げしたモビルスーツの性能があれば、おびき寄せ、迎撃することは可能かと」
マ・クベの言葉にキシリアは静かに微笑むのだった。
■ライナーノーツ
>統合整備計画
正史では一年戦争末期にようやく実現したものです。
ザクII改や リック・ドムIIなどがこれを受けて作られました。