【ネタ】機動戦士ガトル(ファーストガンダム・ジオンifもの)
第七話 MS−06AザクII
「ふぅむ、あれがザクIIか」
暗赤色の宇宙戦闘爆撃機、ガトルのパイロット席で、暗い宇宙空間にその機影を追いながら、リュウヤ・タチバナ中尉は感心して見せた。
宇宙世紀0077年8月のことである。
「そう、今までのザクIに比べて、主機の出力はほぼ倍になってるんだよ。お陰で、動力パイプを外装式にしなくちゃならなくなったけどね」
ガトルのコ・パイロット席で、ヘッドアップディスプレイに表示される画像に見入っているのは、十二歳になったメイ・カーウィン嬢だった。
少しだけ背は高くなったか。
二次性徴期を迎え、幼さを残しながらも、その手足はすんなりと伸び始めている。
彼女は光学系センサーを搭載したガトル用のオプション、機体の両脇のハードポイントに一機ずつ装備されていた戦術航宙偵察ポッドシステムからの情報を確認していた。
「両肩にショルダーアーマーが付けられたんだな」
リュウヤも、センサーに表示されるザクIIの姿を確認しながら言う。
動力パイプ以外の目立った相違点は、そこだった。
塗装も、現時点ではザクIの物のままであったから。
運動性に勝るモビルスーツを追いながら、目標を観察をするだけの腕前を、彼は持っていた。
「うん、今までのザクIだと出力不足で、どうしても武器を持つ右手側とのバランスのモーメントチューンが問題だったからね」
メイはリュウヤの呟きに答える。
だから、ザクIでは、ショルダーアーマーは左肩のみに装備されていた。
一部、熟練兵用に両肩にショルダーアーマーを付けた特注モデルもあるが、それは操縦者の腕前でモーメントチューンの問題を解消できるために許されたものだった。
ともあれ、
「でも、このショルダーアーマーも見直されそうなんだ」
通信機越しにリュウヤに告げる。
ガトルのコクピットはカプセル化した正副独立式であったから。
「ほう?」
気安く応じるリュウヤに、開発スタッフ内では有名な話を伝える。
「キシリア様が、この機体に近接戦能力がないことを指摘してね。次の生産型からは、右肩にシールドを、左肩のショルダーアーマーには、体当たり攻撃用のスパイクを装備させることになったの」
「右側に盾を?」
首をひねるリュウヤ。
「普通、逆じゃないのか?」
それに対し、メイは説明した。
「ザクの武器は、どれも手持ちの実弾兵器で、敵の攻撃で誘爆すると大惨事になるでしょ。だから右手側の防御力を優先した訳。それに、スパイクアーマーで体当たりする時も、武器を持った右手側でやる訳には行かないでしょ」
「なるほど」
言われてみると、それなりの理由があってのことらしかった。
「でも、接近戦能力なんて要るのかな? 連邦はモビルスーツなんて、持ってないでしょ」
かねてからの疑問を、リュウヤにぶつけてみるメイ。
果たして、答えは即座に返って来た。
「メイ嬢、兵器の開発は日進月歩だ。連邦軍の開発力を侮っていると足元をすくわれるぞ」
リュウヤは忠告する。
「そうかも知れないけど……」
「それに、仮に連邦軍のモビルスーツ開発が間に合わなくとも、我が軍のザクが鹵獲される可能性がある。自軍に対抗できる兵器が無くて、敵方の兵器を鹵獲して使うなんていうのは、歴史上ありふれた手だ」
リュウヤは頭の中の知識を掘り起こしながら答える。
「そっか…… そういうことも考えなきゃだめなんだ」
リュウヤの説明に、納得するメイ。
そんな彼女に、リュウヤは軽い口調で提案した。
「それに、せっかく手足があるんだ。対艦戦闘なんかでも蹴りとか、格闘戦能力は利用した方がいいだろう」
それについては、メイも同意見だった。
「うん、そうだね。ヒートホークっていう、格闘戦用武器もあるんだよ。高温を出して敵の装甲を切り裂く斧」
「ふむ、妥当な案だな」
そして、メイは声を潜めると、重要な話を切り出した。
「次のC型は、核攻撃を前提にした機体で、コクピット周りの装甲裏側に放射線遮蔽液を注入したものになるんだ」
「核攻撃?」
それは自らが使うのか、それとも敵の攻撃から身を守るために必要なのか。
「うん。戦術核バズーカ弾も開発中」
前者だった。
「そうか、宇宙だと環境汚染の心配は要らないからな」
人類は起爆に原爆を使わない綺麗な水爆とやらをとっくに手に入れていたが、この水爆も厳密に言えば、起爆時の核反応で放射線、核融合やその燃え残りで生じた水素などの放射性同位体は少なからず放出される。
環境にまったく影響を与えない訳ではないのだ。
その点を宇宙での使用では配慮しなくてよいため、核武装は自然な流れと言えた。
「でも、これをすると全備重量が九十トンを越えちゃうから、機動性に問題が出るの。だからかな、耐核装備を外したF型の開発、生産も同時進行で行うんだって」
その言葉に、リュウヤは反応した。
「ふむ、地球侵攻まで考えてか?」
「えっ、どういうこと?」
「環境汚染を考えると、地球上では核をやたらには使えないだろう? 多分、そのための機体を開発する狙いがあるんじゃないか?」
「それじゃあ、地球まで戦争をしに降りるんだ」
それで、メイは納得した様子だった。
「だから、FS型には、地上適性が求められてるんだ」
「FS型?」
「うん、F型は、C型から単純に耐核装備を外しただけの機体なんだけど、FS型は指揮官用のカスタム機なの。その要求仕様に、地上適性能力の強化が挙げられているのよ」
それで、リュウヤにも理解できた。
「なるほど、最新鋭のカスタム機で、地上用モビルスーツのノウハウを蓄積させるつもりか」
本来ザクIやザクIIは宇宙空間だけでなく、コロニー内部のような大気のある重力下での使用も考えられてはいたが、地球上での運用には、より高い負荷が考えられていた。
特に、宇宙空間において、モビルスーツ脚部はAMBAC(Active Mass Balance Autocontrol 能動的質量移動による自動姿勢制御)システムに使用される程度の存在だったが、重力下では、モビルスーツの巨大な機体を支える必要が出て来るのである。
また、反応炉の冷却システムも空冷に対応せねばならず、変わってくる。
しかしながらジオン本国のコロニー内では遠心力による擬似的な重力でしか発生できず、またモビルスーツの本格的な試験を行うにはあまりにも狭い空間しか確保できなかった。
そのため十分なデータを収集することができず、シミュレーションを用いても純粋な陸戦対応のモビルスーツの開発をすることは難しかった。
そこで、ザクIIF型の高い汎用性に着目し、その指揮官用カスタム機であるFS型を開発。
これに陸戦型への仕様を盛り込み、後の機体へと反映を図ることにしたのだった。
「さすがリューヤだね。断片的な情報で、そこまで推理できちゃうなんて」
心からの信頼を滲ませた声で、メイは言う。
子供が保護者に見せる全幅の信頼に似ていたが、どこか違う。
少女が、自分の身を委ねるに値する相手に対して示す好意に似た、どこか甘やかな響きがあった。
小さくとも、女性ということだろう。
何事にも慎重な態度を崩さないリュウヤは、それを微笑ましく思いながらも丁寧に気付かないふりをする。
「まぁ、これぐらいはメイ嬢だって、考えればすぐに思いつくことだろう?」
英才教育を受けた才女であるとはいえ、十歳で兵器開発の現場に回された少女である。
頼りたい人を求めた所に、たまたまリュウヤが居ただけなのだ。
少女には未来があるのだから、その選択肢を狭める様な真似は慎まなければならなかった。
「さすがにこんなの言われなきゃ分かんないよ。リューヤの様な大人な考え方、メイにはまだできないから」
素直に称賛を受け取ってくれないリュウヤに、少し不服そうにメイは言った。
自分の好意を上手いことはぐらかされていることに、無意識の不満をつのらせているのだった。
「まぁ、あんまり若い頃から人の考えの裏を読むことに慣れない方がいいのかも知れんがな。その内、腹が真っ黒になるぞ」
「その言い方だと、リューヤのお腹は真っ黒だってことになるけど」
「失礼な。健康診断ではきちんと健康体だったぞ」
そんな軽口を叩き合いながら、二人はザクIIのテストデータを収集する作業を続けて行くのだった。
■ライナーノーツ
>「うん、今までのザクIだと出力不足で、どうしても武器を持つ右手側とのバランスのモーメントチューンが問題だったからね」
左右のバランス問題は、ファイブスターストーリーズ7巻より。
もっとも、こちらは巨大なベイル(盾)の方が重過ぎるといった話だったが。