【ネタ】機動戦士ガトル(ファーストガンダム・ジオンifもの)
 第五話 メイ・カーウィン暗殺命令




「ただの一パイロットに、何の用があるのやら」

 嘆息しながらリュウヤ・タチバナ少尉が訪れたのは、キシリア・ザビのオフィスだった。
 モビルスーツの開発には、ギレン・ザビ総帥の他、彼女が深く絡んでいる。
 ジオニック社と協力し、モビルスーツ開発の現場に携わっているリュウヤから見れば上司と言えないこともないが、ザビ家の長女ともなれば雲の上の人である。
 一介の少尉に過ぎないリュウヤが直接呼び出される訳が分からないというか、どうにもきな臭かった。
 秘書に伴われ部屋の前に立つ。

「リュウヤ・タチバナ少尉、入ります」
「うむ」

 いらえがあって、リュウヤは室内に立ち入ることを許された。
 キシリア・ザビ。
 二十歳の女性とは思えない、鋭い眼光がリュウヤを貫いた。
 内心閉口しながらも、それをおくびにも出さずリュウヤは敬礼して見せる。
 キシリアは、そんなリュウヤを一瞥すると、応接コーナーに誘った。

「早速だが中尉、お前にはやってもらいたいことがある」
「自分は少尉ですが?」

 リュウヤは慎重に答えた。
 胸中では、嫌な予感が当たったと思いながら。
 果たしてキシリアは、当然のように言った。

「辞令は今日付けで出る」
「はっ」
「それでお前の任務だが、ジオニック社に所属するメイ・カーウィンの護衛だ」

 これはまた意外な任務だった。

「自分は、要人警護の訓練は受けておりませんが?」

 もっと適任の者が居るのでは、と言外に述べたのだが、

「いや、メイ・カーウィンには、いずれ前線に赴いてもらう」
「それは……」

 宇宙世紀0075年。
 先だって行われた、次期主力兵器競合試験でモビルスーツ、ザクが選ばれたばかりである。
 地球連邦とジオン公国との緊張は高まり、多少の小競り合いが起こっているとは言っても、戦端が開かれるのは、ジオンが軍備を整えてから。
 数年先の未来の話ではあったが、ジオンを支配するザビ家の人間の口から戦争の話が語られた意味は重い。

「モビルスーツの開発のためだ」

 キシリアは、メイを前線に送る理由を告げた。

「はっ」
「彼女には前線で、モビルスーツ開発計画のサポートに従事してもらう」

 つまり、

「お前の乗るガトル宇宙用戦闘爆撃機は副座で、戦術偵察機としても使われる」
「前線でのモビルスーツの情報収集の任には、丁度良いということでしょうか?」
「そうだ。あの娘を乗せて前線に赴くのだ」

 それを聞いて、リュウヤは切り出した。

「質問を一つ、よろしいでしょうか?」
「いいだろう」

 鷹揚に頷くキシリアに、リュウヤは問う。

「確かにメイ・カーウィン嬢の才能は私も耳にする所ですが、彼女はまだ十歳。前線に出すには不適当と思いますが」
「そうだな」

 質問を装った意見具申に、キシリアは目くじらを立てることなく頷いて答えた。

「お前はカーウィン家について知っているか?」
「はぁ、何でもメイ嬢を幼少の頃から英才教育を施したような名家だという程度なら」

 リュウヤは注意深く、表面上知られている情報だけを口にした。

「その通りだ、カーウィン家は、ジオンでも有数の名家だった」

 過去形で語られることに、リュウヤは微かに眉をひそめて見せる。

「だった?」
「かの家はジオン公国がまだジオン共和国と名乗っていた頃、ジオン・ダイクン派として活躍していた名家だったのだ」
「はい」

 その後、ジオンが公国制を敷き、旧ジオン・ダイクン派は非主流となったことは庶民の出であるリュウヤも聞いている。
 だから、その辺りの事情は、キシリアもあえて語ろうとはしなかった。
 ともあれ、

「落ち目のカーウィン家が再起を図るため、新進の取り組みであるモビルスーツ開発事業に自らの家の天才児を送りこんだ、と表面上は思われているな」

 あくまでも表面上は、だ。
 それに、それだけでは、メイを前線に送る理由にはならない。

「実際には、あの子供は、カーウィン家をジオンの戦争に協力させる人質なのだ。娘が前線に送られれば、カーウィン家とて、非協力では居られまい?」

 偽悪的に笑って見せるキシリアに、リュウヤは改めて表情を引き締めた。

「それは、自分のような者が聞いても良いことなのですか?」
「なに、いずれあの娘の周囲には旧ダイクン派の人間が絡んでくるだろうから、お前も知ることになっただろう。そうやって他者から聞かされるぐらいなら、最初から承知してもらった方が裏切りにくくなる」

 事もなげに言ってのけるキシリア。

「警護任務なら、裏切るも何も、ないと思いますが」
「守り切れなかった場合、例えば旧ダイクン過激派や連邦に奪われる様なことがあった場合は、お前がその手で始末しろと言ってもか?」

 空気が凍りついた様な気がした。
 リュウヤの前に、拳銃とホルスターが差し出された。
 ジオン公国の一般的な制式拳銃であるナバンP−62Mではない。
 より小型で携帯性に優れたヴァルタP08−Mである。

「お前にやる。常に携帯し、役目を果たせるようにせよ」

 グリップに国家徽章が付いている高級将校用だ。
 おそらくキシリア自身の物だろう。
 リュウヤはそれをホルスターに納めると受け取った。

「……そのような迂闊な事態を招かないよう、全力を尽くしましょう」

 リュウヤに言えるのは、それぐらいだった。
 キシリアは皮肉そうに頬を歪めた。

「まぁ、なにぶん相手は子供だ。お前も近くに居れば情が移ることもあるだろう。それも見越してこの話はしている。せいぜい大事に守ってやることだ」
「はっ」

 面倒なことになったと、リュウヤは思う。
 しかし、

「一つだけ、よろしいでしょうか?」
「何か?」
「家の事情は置いておくにしても、メイ・カーウィン嬢が天才なのは本当です。彼女を人質としてしか活用しないのは、人材の損失かと思えるのですが」

 彼女の有能さをアピールできれば、簡単には捨てられまい。
 少しでも少女と自分の危険を下げる保険になる。
 そういった計算が、リュウヤにその発言をさせていた。
 キシリアは、ふむ、と考え込むと、顔を上げた。

「よし、ならば私の配下のマ・クベ中佐に話を通して置こう。モビルスーツ開発に携わる武官で、もっとも実務に近い立場にある。必要とあらば使え。私の名を出せば通るように手配はしておこう」
「はっ、ありがとうございます」

 こうして、リュウヤの働きかけにより、メイはモビルスーツ開発における上層部のコネクションを得ることができた。
 これが後に生きて来ることになるのだが、この時リュウヤは予想していなかった。



「あれ? リューヤ、拳銃なんて付けて、どうしたの?」

 普段は拳銃などガンロッカーに預けっぱなしにしている不良軍人のリュウヤが、ホルスターを身に付けていることに、目ざとく気付くメイ。

「ん、昇進祝いにもらったんでな。せっかくだから」
「あ、昇進したんだ。それじゃあ中尉さんに?」
「まぁ、な」

 そうだ、とリュウヤはメイの元に屈み込んだ。
 キョトンとしているメイの耳元に囁く。

「メイ、お前を殺す」

 目を見開くメイ。
 ニ、三度瞳を瞬かせ、そして思い至る。

「それって、昨日のドラマの?」
「ああ、主人公がヒロインに囁いた台詞だな。驚いたか?」
「もう、ふざけ過ぎだよ! びっくりしたんだから!」

 本当に驚いたのは、初めて呼び捨てにされたからだ。
 いつもは、嬢付きで呼ばれていたから。

「それじゃあ、お詫びに喫茶コーナーで何か奢ろう。メイ嬢は何がいい?」

 次の瞬間には、また嬢扱いだったが。

「えーと、それじゃあねぇ……」

 幼い顔を若干赤らめながら、メイはリュウヤの背中を追いかけるのだった。



■ライナーノーツ

> より小型で携帯性に優れたヴァルタP08−Mである。

 MSイグルー登場の拳銃ですね。


>「メイ、お前を殺す」

 元ネタはもちろん、『新機動戦記ガンダムW』の主人公、ヒイロ・ユイのセリフから。

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