魔法仕掛けの妖精人形とそのマスター
38 一瞬の死闘
調度の整えられた部屋の中で、まず認識されたのはソファーに腰かけた黄金の髪の野性的な顔立ちの男。
ナイトウォーカーだ。
その表情に浮かんでいるのは驚愕だった。
相手も真っ昼間から警備された建物内でいきなり襲撃を受けるなど予測もしていなかったのだろう。不意を突くことができていた。
だが一瞬の硬直の後、素早く反応して懐の短銃を抜くのはさすがだった。
驚異的な反射速度だ。
確実に魔力強化神経(ブーステッド・リフレックス)の呪紋を身体に刻み反射神経を加速させているのが分かったが、それだけではない。
ナイトウォーカーの抜き撃ちは不意を打ってもなお、俺のスピードに迫っていた。
瞬きするほども無い紙一重の違い。
それでもナイトウォーカーは銃を構えて見せた。
実用上最速と言われるBランクの魔力強化神経(ブーステッド・リフレックス)の呪紋の効果、それにナイトウォーカーのずば抜けた身体能力が掛け合わされているが故の速さか!
霊的経路(チャンネル)を通じて共有したファルナの視界に、脅威に対する警告が赤く点滅した。
総毛立つような戦慄を俺は気力でねじ伏せる。
わずかな、本当にわずかな差で俺の隣で頼もしい銃声が先に吠えた。
ファルナの魔導銃サンダラーの咆哮だった。
彼女の素早さはAランクの魔力強化神経(ブーステッド・リフレックス)の持ち主をも凌駕する。
サンダラーから放たれたのは通常の雷撃(ライトニングボルト)ではない。
威力を最大に上げた雷光放電(ライトニングプラズマ)だ。
感電の効果がナイトウォーカーの動きを止める。
「もらった!」
これで終わらせる。
引き金(トリガー)を絞り終えると同時に火打石が火打金を叩く。
痛烈な反動と共に弾頭に装填されていた多数の鉛製の矢弾がナイトウォーカーに襲い掛かる。
擲弾発射器(グレネードランチャー)を撃つとき、強烈な反動と共に感じる力の行使に伴うこの解放感。
日常生活では味わうことのない、否定できないこの興奮を何と呼べばいいのか。
そしてアルベルタから仕入れていた特殊弾頭、フレシェット弾がナイトウォーカーの心臓を中心にズタズタに引き裂いた。
人体に使うには、あまりに過剰な攻撃力を持った弾頭だった。
まぁ、威力が強ければ強いほど撃たれた方は苦しまずに死ねるんだから逆に人道的だとも言えるが。
最後の力で引き金(トリガー)を絞ったのかナイトウォーカーの銃が跳ね上がり、銃弾が明後日の方向に吐き出された。
「これなら、いくら不死身でも生き返れまい」
戦いはその熾烈さとは対照的に、あっけないほどの時間で決着がついた。
互いの命を賭けた精神を削り合うような一瞬が過ぎた後、立っていられたのは俺たちだった。
だが、勝敗を決めたのはほんのわずかな差でしかなかった。
俺はファルナとの接続を解除。
意識の変成が急に元に戻る感覚に、貧血にも似た眩暈を覚える。
俺は壁に身体を預けることで倒れ込みそうになるのを何とかこらえた。
「マスター……」
ファルナは俺の様子を心配そうに気遣うが、それでも周囲への警戒を怠らなかった。
俺が動けない間は彼女だけが頼りだからな。
当然の対応だ。
そして数秒後、俺は何とか動けるまで回復した。
「人狼か吸血鬼だったのでしょうか?」
ファルナは倒れたままのナイトウォーカーを見てつぶやく。
真っ昼間からの予想外の襲撃という不意打ちを仕掛けていなかったら、倒されていたのは俺たちの方だったかもしれない。
室内戦闘ではスピード、奇襲、勇敢な攻撃の三大原則が戦いを制する。
相手に考えさせる隙を与えず常に先手を取ること、誰であろうと抵抗させる間を与えず制圧することが大事なのだ。
「地獄でまた会おうぜ」
やつの遺体にそう声をかける。
別段、ナイトウォーカーに恨みを持っていた訳でも無いし、殺人鬼だから死んで当然とも思わない。
こいつと比べて自分がマシとも思わない。
どんな大悪人と比べたところで、それで自分の正しさが証明される訳じゃないからだ。
それは例え一度も手を汚さぬ人間だったとしても同じことだった。
俺は秘書室の中から内鍵をかけると、クサビ代わりに大振りのナイフを打ち込んだ。
これで万が一鍵を開けられたとしてもしばらくは持つ。
いくらここが騒がしい工房だとはいえ発砲音は誤魔化し切れないだろう。
時間が無い。
擲弾発射器(グレネードランチャー)を収めて懐からバックアップ用の護身銃を抜いた。
銃に弾を込め直している暇すら今は惜しかった。
続く扉は南側の奥に一つ、重厚な物があった。
「そこだな。次も扉を開け放って壁を遮蔽に不意打ちでいいか?」
「はい、分かりました」
ファルナはサンダラーを構える。
最大の脅威、ナイトウォーカーを排除することができたため、今度はファルナとの接続による意識の加速は行わない。
あれは多用できる手では無い。
使いすぎると現実に帰ってこれなくなる危険があるのだ。
扉を開け放つ。
豪奢な内装の部屋に王者のように椅子に腰かけている男。
フォックスの用意した資料で見た顔、オドネルが居た。
「何だ貴様ら、就業時間中にノックもせず……」
銃を持った俺たちに気付いたのか、言葉を途切れさせる。
俺は軽く笑顔で牽制した。
「こんな所へハイキングに来るやつがいると思うか? 弁当も持ってきてないぜ」
しかしやつは俺たちに銃口を向けられてもなお、怯える様子もなく出迎えた。
「ほう、ここまでたどり着いたということは警備をかいくぐった上で、あのナイトウォーカーを退けたというのか。若いが、かなりの腕前のようだな」
感心したように言う。
上品(ノーブル)な話し方(アクセント)だが、どこか酷薄さを感じさせる声だった。
「私の部下にならないか? 金なら望むだけ出そう。金には金、力には力。私はそれをアッバーテの手先のマフィアどもから学んだよ。君たちにも悪い話ではあるまい」
オドネルの身に染みついた価値観が、露骨に現れた物言いだった。
不正な手段により利益をかすめ取ることを覚えてしまった者は、中々それを止めることができない。
悪銭身につかずと言うが、実際にはこの男のように身についてしまうから厄介なのだ。
俺はオドネルの誘いを突っぱねた。
「金や力のためだけに生きるような単純な人生は歩んでないんでね。悪いが他を当たってくれないか」
そしてファルナが、俺の隣で凛とした声を上げる。
「昔の偉い人は言ったそうですわ。もっとも良い復讐の方法は自分まで同じ行為をしないことだと」
そういえば従姉さんは昔の人物の格言に詳しいところがあった。
そして実際問題、汚い手に汚い手で対抗するのはお勧めできない。
勝ち負けもへったくれもない泥仕合になるのが落ちだからだ。
サンダラーで武装し複数の敵も一発で薙ぎ倒せるファルナを前衛(ポイント・マン)に、護身銃を構えた俺を後衛(バックアップ・マン)に配したツーマン・セルで室内に足を踏み入れる。
待ち伏せが無いことを素早く確認(クリアリング)。
オドネルは警備に連絡する素振りが無い。
不死身だというナイトウォーカーに絶対の自信を持っているのか。
「ナイトウォーカーには心臓に止めを刺した。助けを期待しても無駄だぞ」
「心臓に止めだと?」
面白いことを聞いたとでもいうようにオドネルは嗤う。
「それだけか?」
「なに…… っ!?」
不意に総毛だつような悪寒が走った。
この魂まで凍らせるような、死そのものの気配は!
「ファルナ!」
もどかしくも警告を発するが、わずかに間に合わない。
ファルナの身体が何者かに背後から掴み上げられた。
「あうっ!」
ファルナの腕からサンダラーが落ち床に転がる。
音もなく彼女の背後に忍び寄った者の正体は!
■ライナーノーツ
>フレシェット弾
通常の散弾よりも貫通力に優れ、防弾ベストが普及した現代において主に軍用として用いられているものです。
散弾は拳銃弾対応の防弾ベストで防げますし、映画『ターミネーター』でアーノルド・シュワルツェネッガーがかけていたガーゴイル社のポリカーボネート製サングラスは、22口径や散弾で撃たれても貫通しないというのが売り文句。
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