ボスニアは、ラビアンローズに接舷した。
 新しいドラッツェ3号機を獲得する為である。
 しかし、そこに待っていたのはドラッツェ3号機、ケン・ビーダーシュタット専用カスタムだった。
 焦るアニッシュたちを尻目に、デラーズはコロニーの推進剤を点火する。
 地球へと向かうコロニー……
 対立するアニッシュとメイ。
 アニッシュの決意は、メイに宿命との対決を迫る。
 今、アニッシュは地球へのコロニー落しを阻止すべく、ドラッツェ3号機で決戦を挑む……



機動戦士ドラッツェ0083 STARDUST MEMORY
第12話「強襲、阻止限界点」




「ハァ…… ハァ……」

 戦場にたどり着くまでの、無理な加速でアニッシュは疲労していた。
 そして宇宙世紀0083、11月12日、地球へのコロニー落しを目指す『星の屑』作戦は、まさにその佳境を迎えていた。



「左舷10時、敵影1!」
「ん? 前?!」

 シーマ艦隊に近づく不審な敵影があった。

「ぅ…… まだ地球軌道艦隊が届くはずありません!」
「……聞いてないぞ! 通信室に行く!」



『こちら、アクシズ艦隊。すまん、我が艦隊は後方で見物させてもらうぞ』

 デラーズ・フリートの指導者エギーユ・デラーズの元に、アクシズ艦隊の司令ユーリー・ハスラーから通信が入る。

「なんの、遠慮は無用だ。後の事は頼む」
『ん! アクシズの名誉にかけて!』

 通信が切れ、独白するデラーズ。

「フフ…… よくここまで来たものだ。かつてジオン艦艇の半数を要した作戦を、ワシは今これだけの艦隊でやっておるのだ」



 連邦軍、コーウェン中将は、ままならぬ状況に頭を痛めていた。

「現在の状況は?」
「は。コロニーは、月と地球のほぼ中間点。試作ガンダム3号機が接触しました。また、中立化したアクシズ艦隊は後方へ下がります」
「ふん、一年戦争の教訓を生かした、敵ながら見事なコロニー落しだ」
「いくらガンダム3号機とはいえ、わずか1機では!」
「地球落着まで、あと14時間です」

 将校の発言に、異を唱えるコーウェン。

「勝負は9時間だ! それで阻止限界点を越えてしまう」
「阻止限界点?」
「ここです」

 オペレーターが位置を指し示す。

「ここを突破されれば、コロニーほどの質量を止める術は……」
「その前にコロニーを奪取し、軌道を逸らさねばならん」
「コロニーの推進剤は、まだ残っているんでしょうか?」
「必ずある! ジャブローへの最終調整の為に…… えぇい、ワシの第三軌道艦隊は何をしておる?」
「阻止限界点の手前3万に、迎撃の為集結中です」
「……間に合わん。提督は何を考えている?」



 機動力に物を言わせて、単独でジオンの前線を突破したアニッシュの3号機、ドラッツェ改の前に現れたのは因縁のドラッツェ2号機。
 落ち行くコロニーを背に、ケンは問う。

『……女の前で死ぬか?』



 ようやく戦場まで近づいたモビルスーツ搭載型サラミス級巡洋艦ボスニア。
 そのブリッジで、メイは戦況を見定めていた。

「距離は?」
「コロニーまで10万7000!」
「艦長、阻止限界点まで、8時間22分です! モビルスーツの発進許可を!」
「まだよ! ガンダム3号機とアルビオンが突破口を開くまでは!」

 しかし、レーチェルは呟く。

「それまで、ロフマン少尉の体力が持つのかよね」



 ボスニアのモビルスーツデッキの待機室。
 ロイとトムは今か今かと出番を待っていた。

「まさか…… こんな事件に関わるとはな」
「考えてみりゃ、俺たちはずっとジオンの亡霊に付き合わされてきたんだ」
「ドラッツェに出会ってからなぁ」



「くっ、こいつさえ倒して、コロニーの噴射装置に取りつければ!」

 右腕の40ミリガトリング砲を廃して元に戻されたマニュピレーター。
 それが持つザクマシンガンを撃ち放つアニッシュの3号機。
 しかし、ケンは機体の各所に搭載されたスラスターで変則的な機動を行い、避ける。

『ドラッツェ改、こちらボスニア! 追いついた、補給に帰艦せよ! 一度帰艦せよ!』
「く……もう少しで、第一線を抜けるんだ!」
『ロフマン少尉! 一人ではコロニーは奪取できないわ!』
「く! ……了解」



「フフフ。さて、問題は正面にいつ敵が現れるかだ」
「連邦の地球軌道艦隊の大半はサラミスです。さほどの事は……」
「ん」

 満足げにうなずくデラーズ。
 しかし、

「ッフフフフフ」

 シーマの笑いがそれを打ち消す。

「しかし、柔らかいわき腹を突かれるとは、思いませなんだなぁ」

 遂に隠されたその牙を剥くシーマ。

「……予想外の事は起こるものだ。ガトーは良くやっている」
「く…… 予想外の事は起こるもの」



『こちら、第72戦隊。補給を完了! 先発する!』
「は、提督! 艦隊は追撃を再開します。たとえ敵に追いつけないにせよ、事後の処理はお任せください!」

 コリニー大将と連絡を取る、追跡艦隊の司令、ヘボンだったが、もたらされた情報に驚愕する。

「は!? 今、何とおっしゃいました?!」



「ハァ……ぅ! ハァ…… ハァ……」

 ドラッツェ改による高機動戦により、消耗しきった身体を休めるアニッシュ。

「マシンガン弾倉交換作業始め! 押し出して!」

 メイの指示で、弾薬と推進剤の補給が始まった。

「ロフマン少尉……」

 作業の陣頭指揮を執りながら、パイロット待機所をちらちらと見やるメイ。



「追っ手か! 後進一杯!」

 ボスニアに迫る敵モビルスーツ。



「敵? 尾けられた? メイ、ドラッツェ改を出す! どいてくれ!」
「ダメ。戦える状態なの?」



「抜かれたぁ!」

 迎撃に出ていたロイとトムだったが、2機のジム改だけでは、敵の接近を防ぎきれなかった。



「うぅ…… 行くぞ!」

 心配そうにアニッシュの背中を見送るしかないメイ。

「男の人ってホントに……」



 ジャミトフ准将を従えたコリニー大将の横槍に、狼狽するコーウェン中将。

「て、提督……」
「フ…… 完璧な囲みは敵に死力を尽くさせますからなぁ」

 ジャミトフの物言いに、激昂するコーウェン。

「貴様などには聞いておらん! 提督、何をお考えですか? いや、この状況を何に利用しようとしているんです? 一刻も早く地球軌道艦隊を前面に…… ん? ジャミトフ、貴様!」

 己に向けられる銃口と取り囲む兵達に歯噛みする。

「時間がないんです。おかしな企みなどされず、攻撃を…… な!? 何をする! 放せ! 提督! もう時間がないんだ!」

 抵抗しながらも拘束されるコーウェンに、コリニーは呟く。

「……何故、ガンダム3号機はアルビオンに渡ったのだ?」



「シーマ艦隊など、当てにできん。やるのだ、我々の手で!」
「しかし、それでは少佐のお体が……」

 ガトー艦隊旗艦、ペール・ギュント艦長のグラードルがガトーを気遣うが、

「フフフ、グラードル。それにあのガンダム、やつは私でなければ倒せまい」
「少佐……」
「……これほど、踊る心で地球を見た事があるだろうか? 正面の敵が現れる前に、ガンダムを倒す!」



「ハァ、ハァ、ロイあと、どれくらいだ?」

 補給のためボスニアに帰還したロイに問うアニッシュ。

『補給は…… 今終了。戦線復帰します』
「いや、タイムリミットまでだ……」
『あと、3時間11分』
「メイ……」



「すでに時はなく、援軍のメドも立たず…… か。カーウィンさん」
「はい……」

 民間人であるメイに、レーチェルは告げる。

「ボートの使用を許可します。アナハイムの方たちには、本艦を直ちに降りていただきたい」
「……レーチェル艦長。あたしは自分の意思で、最後まで見届けたいのです。申し訳ありません」

 メイは決意を告げる。

「軍からお給料は出ませんよ」

 冗談めいた物言いの後、レーチェルは命じた。

「第一戦速5分! 以降最大戦速!」



「シーマの艦隊が先行しすぎている。いいか! 抜かれるな! 後はないと思え!」

 先を急ぐガトーの部隊。



「シーマ様! 前方に反応! いよいよです!」

 デラーズ・フリート旗艦、グワデンの艦橋の制圧を終えたシーマの副官、コッセルが報告する。

「フッフフフ、いい頃合いだ」
「行くな、ガトー……!」

 嗤うシーマと、呟くデラーズ。



「艦長、左舷に反応。光です!」
「何? 地球の方? 拡大できる?」
「あぁ!?」
「地球軌道艦隊…… いや、何だ? あの並び方」



 グワデンブリッジ。

「限界点までの距離は?」
「1万200! あと21分!」
「それさえ越せば、あのうるさいヤツらも黙る!」
「フッハハハハハ、フフッ、ハハッ。貴公、何が狙いだ? ワシと艦隊をエサに、連邦に尻尾を振るのではないのか? コロニーを落とすのか! 落とさぬのか!」
「年寄りは黙ってな!」

 デラーズを怒鳴りつけるシーマ。

「敵、一線を突破! 近づきます!」
「何!?」



「うぉぉ……」
『ロイ! 後ろだ!』
「ぬぇぇぇい! そんなに器用にゃ…… ぬおおぉぉお!」



「直撃! 左舷砲塔!」
「オペレーター! 時間は?」
「時間……? あっ、あと4分!」
「間に合わない?」



「沈めぇぇぇぇっっ!」

 ドラッツェ2号機へ、ザクマシンガンを叩き込むアニッシュ。

「コロニーへ……。うぁ!?」

 しかし、ドラッツェ2号機は銃撃をかわし、接近戦を仕掛けてきた。

「ぐうううぅぅっ!」
『たとえどんな高性能機を与えられたとしても、操るのは人間だ』
「があっ!」

 アニッシュが吠え、ドラッツェ改は2号機を押し戻した。
 距離を置いて、対峙する両者。

「……勝負だ」

 この一撃で、決める。
 アニッシュの意思に応じて、両腕を下げるドラッツェ改。

『抜き撃ちか』

 2号機が腰だめに、両の腕を構える。
 アニッシュの中で音が、消えた。
 意識はただ相手を、2号機を討つことだけにすべてそそぎ込む。
 スラスターを全開にしてフル加速。

「シールドパージ!」

 楯を捨て、

「マガジン、リリース!」

 弾倉も捨て、

『この期に及んで同じ手か!?』

 薬室内に残った銃弾も、牽制に使い、

「おおおおおおっ!」

 シールドを捨て、自由になった左の拳を叩き込む!

『よくここまで…… 人の執念、見せてもらった』

 ケンのドラッツェの右肘から下が見事にひしゃげていた。
 ケンは、右手一本を犠牲にして、アニッシュの渾身の一撃を防いだのだった。

『しかし、もう手遅れだ』

 すべての武器を失い、左のマニピュレーターも打撃で砕いてしまったアニッシュのドラッツェを残し、飛び去る2号機。

「く、くぅ…… あぁぁ…… 阻止限界点を、越えた……」



「コロニーは、地球へ!」
「まだよ! ジャブローに落とすのは避けなくては!」

 士気を維持すべく叱咤するレーチェル。

「艦長、第一軌道艦隊より入電。……何!? デラーズ・フリートは戦闘を停止した、と言っています!」
「何ですって? どういう意味?」



 耳を疑うガトー少佐。

「戦闘中止? バカなっ!」



『こちら、G21。ソーラー・システムIIの上部展開を完了』
『左翼、W11だ! 手こずっている、増援を!』
「作戦誤差があるぞ! 展開を急げ! 敵は目の前だ!」

 第一軌道艦隊が用意していた物は、



「……ソーラー・システム!」
「と、いうワケだ」

 絞り出すように呟かれるデラーズの言葉に、シーマは頷く。

「コロニー落としを防ぐ、奥の手があったワケだなぁ。ちょっと温めるだけで、ボン! ハハハハハハ」
「貴様、それでもジオンの将か!」

 激昂するデラーズに、シーマは負けずに言い返す。

「あたしはこうして生きてきたんだ! サイド3でぬくぬくとうずくまる者たちの顎で扱われ! あたしは、故あれば寝返るのさ!」



『閣下!』
「哀れ…… 志を持たぬ者を導こうとした、我が身の不覚であった!」
「ハッ、アクシズなんて辺境に導かれた日にゃあ、商売上がったりさ!」
『シーマ…… 獅子身中の虫め!』
「フフフフフ、動くなよガトー。敗軍の将は潔く、なぁ」
『何!』
「連邦への土産を、傷つけたくないからな」

 それは、デラーズの事だった。
 しかし、

「……往け、ガトーよ」
『は?』
「ガトーよ、意地を通せ。現にコロニーはあるのだ」
「な!? 狂ったか! 何を!」
「往け! ワシの屍を踏み越えて!」
「黙れ!」
「ぐっ! ワシを宇宙の晒し者にするのか、ガトー!」
『っ!』
「バカヤロー! ソーラー・システムが狙ってるんだよ! じょ、冗談じゃないよ!」
『閣下……』
「ジーク・ジオ……」
「あぁぁ……」

 理解できない男達の行動に、シーマはデラーズに向けた銃の引き金を引いた。

『うおおおおおおっっ!!』

 ガトーが吠えた。



次回予告
 裏切りの宇宙を覆い、陰謀を満ちて新たな時代が顔を出す。
 ついに、コロニーは地球を巡るのか?
 そして、その中での恩讐の再会。
 今、アニッシュが戦いの果てに見るものは……
 時はうつろい、0083の幕が閉じゆく。



■ライナーノーツ

> 『抜き撃ちか』

 耐Gスーツも含め、ドラッツェ改の元ネタは某黒の王子が操る黒百合ですね。
 このシーンも、劇場版のクライマックスのオマージュです。


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