悲劇は、ソロモン湾に光と共に溢れた。
 網膜を焦がす屈辱。
 アニッシュはドラッツェ1号機を駆り、2号機との最後の戦いに望んだ。
 宿命に終止符を打つべく、対決は果てしなく続いた……
 だがそれが、『星の屑』のプロローグである事をアニッシュは知らない。
 アニッシュのドラッツェ1号機がソロモンの海に消えた時、ついに『星の屑』はその正体を現した……



機動戦士ドラッツェ0083 STARDUST MEMORY
第11話「ラビアンローズ」




「各艦に伝達。シーマ艦隊の補給作業にかかれ!」

 シーマ艦隊と合流し、補給を始めるデラーズ。

「フッフフフ。ジャブローの慌てようが目に浮かぶわ。さて、どんな回答を返してくるか…… もっとも、どんな回答であっても、『星の屑』作戦が目指すものに変更はない。矢はすでに放たれたのだ…… フフフフ、ハハハハハ!」



 その頃、ジャブローでは将校達が、今後の対応について話し合っていた。

「話にならん! どうやってこの要求をデラーズは呑めと言うのだ」
「しかも、月へコロニーを落としたところで、連邦は揺るぎもしないものを……」
「真意はともかく、今は政局に悪影響を与えましては……」
「フッフッフッフ、政権は維持したい、と?」
「月の重要性について認識が一致している、と申しているのです」
「フッフッフ、これこそシビリアン・コントロールですな。ハッハ……」
「ところで、新たな邪魔者、アクシズからの艦隊の対処」
「中立を保つなら、期限付きで認めてやればいい。わざわざ敵にまわす事もあるまい」

 マップを示しながら、説明が行われる。

「見たまえ。現在月に向かうコロニーはここ。そして、コンペイ島の残存艦隊。最大戦速の艦隊は、コロニー落着寸前に敵を捕捉。これを撃滅。コロニー移動用の推進剤を点火させれば、ヤツらの意図は挫け去る!」
「海賊退治も、ここまでですな」
「しかし、解せません。ヤツらはコロニー・ジャックの際、何故推進剤を使用しなかったのです? わざわざコロニー同士の衝突など……」
「ヘッ! 点火するだけのエネルギーを持ち合わせておらんだけだ」
「ハハハハ、宇宙は静かに限る」



 アクシズ先遣艦隊司令ユーリー・ハスラーは、ガトー少佐と会見を行っていた。

「キミたちの戦いには、大いに感服しておる。なんとか我々も、力添えをしたいのはやまやまであるが……」
「感謝しております。中立となるこのアクシズ艦隊のお陰で、我々は後顧の憂いなく戦えるのです。事がなった暁の、兵の回収はぜひ……」
「それは誓って」

 そして、運搬してきた巨大なモビルアーマーを披露する。

「これが、アクシズからのせめてもの手向けだ」
「おお、これが! 素晴らしい…… まるでジオンの精神が形となったようだ!」

 巨大なモビルアーマーの姿がそこにはあった。

「モビルアーマー、ノイエ・ジールだ」



「ラビアンローズを視認。距離8000!」
「レーザーセンサー開放!」
『こちら、ラビアンローズ。誘導を開始する』
『レーザー、キャッチ! 照射、10分前!』
『ガイドビーコン、正常。相対速度11』

 アナハイム・エレクトロニクス社が所有する研究開発施設兼自走ドック艦、ラビアンローズに接岸するモビルスーツ搭載型サラミス級巡洋艦ボスニア。
 傍らには、同じく接岸している強襲揚陸艦アルビオンの姿があった。



「ねぇ、少尉」
「何だ、ロイ」

 部下にかけられた声に答えるアニッシュ。

「いよいよですね。3号機受け取り」
「ああ…… そうだな」
「なんですか、浮かない顔して。上陸ですよ?」
「メイは、俺が3号機に乗る事に、まだ反対なんだ」
「えぇ?」



「繋留作業にかかって」
「了解!」

 レーチェルの指揮で、ボスニアはラビアンローズに係留される。

「あぁ、カーウィンさん」
「はい?」
「さすがはアナハイム最大の艦。3号機のテスト・ベースにおあつらえ向きですね」
「……はい」
「タラップ接触用意」



「ねぇ、少尉。3号機って何なんですか?」
「実態は、メイと艦長しか知らない。なんでも、宇宙空間の高機動戦用の機体だそうだ」
「高機動戦用? これまでだって、十分、そうだったんじゃないんですか?」
「乗りこなしてみせるさ…… どんな機体だって」



「ようこそ、ラビアンローズへ」

 アニッシュ達を出迎えたのは、明らかに技術職という感じの若い女性だった。

「済みませんが、所長のクレナ・ハクセルは、現在アルビオンの方の対応に回っていまして……」
「いいんですよ」

 そしてレーチェルは声を潜めて聞く。

「あの、うるさ型のナカト少佐もそっちに回ってるんでしょう」
「は、ええ、まぁ……」

 連邦軍内の派閥に詳しいレーチェルは、ナカト少佐が、連邦軍内での主流派である保守派の領袖の一人、ジーン・コリニー大将の派閥であることを知っていた。
 そして、そのナカト少佐がこのラビアンローズに派遣されたことを考えると、ガンダムとアルビオンの援軍は期待できないかもと推測する。

「これは、コーウェン中将の影響力が弱まっていると見るべきね……」

 レーチェルは独白した。



「フッフッフッフ。連邦も生真面目な回答をよこすものだ。アクシズ先遣艦隊が容認されただけで、目的は達した。シーマは動いておるか!」
「はい。予定通りであります」

 デラーズの星の屑作戦は、未だ継続していた。



「これが、ドラッツェ3号機、ドラッツェ改です」

 そこには、巨大なスラスターを両肩に載せたドラッツェが鎮座していた。



「見えた、コロニーだ!」
「本隊へ連絡! 我が先鋒は敵を捕捉せり!」
「は!」

 最大戦速で、月への落下コースに乗っていたコロニーを追っていたコンペイ島の残存艦隊は、落下寸前にそれを捕捉していた。

「やるぞ…… 戦闘配置! ホウセンカ!」
「む! 高熱源体! 大きい!」
「頭上? 何だ!?」



「沈めええぇぇっ!」

 迫って来たのは、アナベル・ガトー少佐の操る超大型モビルアーマー、ノイエ・ジールだった。



「うわあっ!」

 ノイエ・ジールの攻撃に、たまらず沈む連邦軍先鋒隊。



「これが、ドラッツェ改……」
「はい、正式名称は、ドラッツェ3号機、ケン・ビーダーシュタット専用カスタムです」
「ビーダーシュタット大尉専用!?」
「ええ、ですから外見は同じでも、セッティングは絞り切ってあります。とんでもないジャジャ馬ですよ。両肩の姿勢制御用スラスターを外して、宇宙突撃艇から流用した3連式大型スラスター搭載。推力が増したことから右手の40ミリガトリング砲は通常のマニュピレーターに戻してあり、ザク・マシンガンの使用が可能となっています」
「レーチェル艦長、私は反対です。これはケンのためにチューンされたもの、ロフマン少尉には無理です」

 メイが異を唱える。

「カーウィン技師……」

 メイの固く握られた手を見て、その意志の固さを感じ取るレーチェル。

「そ、それは確かに、俺の操縦はビーダーシュタット大尉に劣るかも知れない。それでも今はこれに賭ける他は……」

 言いかけるアニッシュを遮って、幾分冷静になったメイが説明する。

「技量の問題じゃないの。耐G能力というのは訓練次第でも上がるけど、どこまで耐えられるかは個人の才能に依存するわ。そういう意味ではケンは特異体質とも言える耐G能力を持っているの」

 言い募るメイ。

「常人には不可能な彼独特の機動は、身体にかかるGを感じていないかのように振舞えるケンの耐G能力に裏打ちされたもの。そのケンの身体能力に合わせてセッティングされたこの機体は、他の人では身体を壊しかねない危険なものなの。一応、一般の人が乗るための専用対Gスーツも開発してはいるんだけど……」
「メイ、俺は……」

 聞きたくないとでもいうように、メイはかぶりを振る。

「ダメよ! 何であなたがそこまでしなくちゃいけないの!?」
「時間がないんだ。こうしてる間にも、コロニーは……」

 メイの横をすり抜けるアニッシュ。

「……着替えるから」



「フッフフフ、かわいそうに。時間切れ、ってとこだねぇ。もう月の周回コースに乗っちまったよ。最後の頼みの綱の連邦軍も、ガトーの前に手も足も出ないでいるよ」

 戦況を楽しげに見守るシーマ。



 その頃、月への落下軌道を取っていたコロニーでは、連邦の手によらない回避作業が行われていた。

「ミラー角度、調整を開始する! 1番始動! 3番始動!」
「起爆コンデンサー、回路開け」



「アッハハハハ、何もあたしたちだって、月にコロニーなんか落としたくないやねぇ。だから、フォン・ブラウンを救う手立てを教えてあげてるんだよ」

 デラーズ・フリートは、アナハイムとの密約を利用してコロニーの推進剤に点火し、月への落着直前でそのコースを変えようというのだ。

「さぁ、残された道は二つ。コロニーに潰されてあの世逝きか、それとも…… フフフフ」



「コロニー、推力を得ました! 加速を開始!」

 連邦軍の追撃艦隊でも、コロニーの推進器の作動が確認された。

「何だ? コロニー移動用の推進剤に点火? ど、どこへ行くんだ?」
「推力を得たコロニーは…… 月の周回軌道を脱し、そして今度は地球の引力に!」
「は、謀られた……」



「フェイント? コロニー落としの本当の目標は地球!」
「一年戦争の悲劇の再現よ。地球まであと38時間!」

 事態の急変を知って、アニッシュをせかしに更衣室前まで来たレーチェルが扉越しに告げる。

「しかし、何故フェイントを…… そうか! 追撃艦隊の推進剤を使わせて!」
「躊躇してる暇はないわ。ロフマン少尉!」
「ぐっ、しかし……」

 対Gスーツを前に、躊躇するアニッシュ。



『こちらマドラス。我、推進剤切れ。続行不能!』
『こちらモンデレー。推力低下! 戦列を離れる!』
「ちっくしょう! このままで何隻生き残れるってんだ!」
「うぅ…… 補給艦の到着はいつになる?」

 コロニーの動きの変化に対応できず、推進剤切れで次々にリタイアが出る連邦軍艦隊。



「ロフマン少尉、あなたその格好……」

 更衣室から出てきたアニッシュの姿に呆れ、そして笑いをこらえるレーチェル。

「コスプレ?」

 出て来たのは、その言葉。
 そう、パッド入りの全身真っ黒な対Gスーツはともかく、黒のマントに、極めつけは大型サングラスタイプのバイザー。
 その姿は、正にダークヒーローのコスプレと呼んで差支えない格好だった。

「だから、出たくなかったんだ……」
「あら、お似合いですよ」

 頬に手を当てながら、天然っぽく笑うのはここに案内してくれた女性職員。

「耐Gスーツはプロテクター入りの高性能の物ですし、マントは対弾対防刃仕様。バイザーはレッドアウト等の時の為の視覚補正用です」
「と、ともかく…… 時は一刻を争うわ。足の速いドラッツェでロフマン少尉は現場に急行して……」
「そ、そんなのはダメです。推進剤が足りなくて、完全な片道切符になりますよ」

 そこにメイが口を挟んだ。

「ロフマン少尉がフォン・ブラウンでガトル用の増槽を見つけてくれたから」
「ああ、それを装備すれば長距離の航行も可能ですね」
「あ、ありがとう。メイ」
「別に……」

 ふいっと顔を反らし、作業に向かってしまうメイ。

「やっぱりまだ反対して、怒ってるのかな……」



「フ…… ついてこれた敵もこれまでか。……む!」

 推進剤の尽きた連邦軍艦艇を確認するノイエ・ジールのガトーだったが。

「また新手か。しかし…… データにないぞ、コイツは」

 そこにはガンダム試作3号機デンドロビウムが迫っていた。
 そして、その影に負けぬ速度で追随して迫る、ドラッツェ改が。



次回予告
 阻止限界点、それはコロニーの落着を防ぐ事のできる限界。
 阻止限界点、それは、すべての終わり。
 ここを越えて、人は運命を変えはしない。
 ドラッツェ3号機と2号機。
 宿命のアニッシュとケン。
 それぞれの宿命の限界まで、あとわずか。
 地球まで、あとわずか。



■ライナーノーツ

> 「これが、ドラッツェ改……」
>「はい、正式名称は、ドラッツェ3号機、ケン・ビーダーシュタット専用カスタムです」

 ピクチャードラマ「宇宙の蜉蝣2」登場のドラッツェ・カスタムですね。
 プラモデルも販売されています。


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