ソロモンの海に緊張は高まり、デラーズと連邦の両軍の暗躍は思惑をはらんで、宇宙に会合点を生んだ。
 星の屑作戦の計画書の入手を図ったジムを、間一髪阻止したのは、ケンの駆るドラッツェ2号機だった。
 そして、運命の観艦式の当日……



機動戦士ドラッツェ0083 STARDUST MEMORY
第9話「ソロモンの悪夢」



 アステロイド・ベルトの小惑星基地アクシズ。
 ジオン軍の残党部隊が集うここでも動きがあった。

「連邦による地球圏の主権掌握…… この既成化を阻止する唯一の手段がデラーズの決起だ」
「彼と袂を分けてより3年、こと志は同じと見える」
「支援だ! あくまでも…… 我々には、まだ討って出る力は……」
「わが先遣艦隊はどの辺りかな?」
「は。予定の進路を取り、デラーズ・フリートとの合流点に向かっております。また、搭載モビルアーマーの調整も滞りなく」

 ミネバ・ラオ・ザビの摂政であり、アクシズを率いるハマーン・カーンは、鷹揚に頷いた。

「はぁぁ…… 大儀」

 そして、そっと呟く。

「寒い…… ここにあと何年……」



 その、アクシズからの先遣艦隊。

「司令! デラーズ閣下より入電であります」
「ん! 読め」
「『大義への賛同と、星の屑支援を謝す』」

 その言葉に、先遣艦隊司令ユーリー・ハスラーは笑った。

「フッフッフ…… 若干のタイムラグがあるとはいえ、直接通信可能なものを。ヤツらしいわ」
「おおっ! 見ろ!」
「何か? どうした? ん、見えたのか?」
「おぉ…… 地球だ」
「司令、追伸です。『同士諸君、地球圏へようこそ』」
「フフ…… 相変わらず人を泣かせるのが上手い」



「ロイ! 相手はコンペイ島方面に逃げる! 頭を抑えてくれ!」
「そ、そんな事言われたってぇ!」

 ロイの悲鳴に、アニッシュはドラッツェの機首を巡らせた。

「俺がやる!」

 ドラッツェの持つ圧倒的な機動力で敵モビルスーツの前に回り込み、進路を塞ぐ。

「ありがとうございます、少尉。……3機目ダウンだ!」

 アニッシュのフォローの甲斐あって、トムのジム改が、敵機の撃墜に成功する。

「なんだよ、コイツらは! 正規兵でもないのに後から後から!」

 いらだつロイ。

「デラーズ・フリートに参加しようとしているんだ……」

 アニッシュは呟く。
 撃墜したモビルスーツの中には、元ジオン兵が自作したと思われるドラッツェが多く含まれていた。

「このソロモンの海の、どこかに核を積んだドラッツェ2号機が……」



 デラーズ・フリート旗艦、グワデン。
 エギーユ・デラーズ中将は、今、立とうとしていた。

「星の屑作戦も、最後の段階に入る。……いよいよだ」
「はい。先発の各艦隊も予定通りです」

 副将の将官も、それに追随する。

「いや、すべての終りか……」
「は?」
「我々の全戦力を投入するこの作戦は、かなりの損失を招くであろう。2本目の矢は放てんのだ。後は堕ちるのみ……」
「……お察しします、閣下」
「万一の場合、ワシは作戦を中止してでも兵を引かねばならんのか…… 屈辱のア・バオア・クーのように!」



「冷却ライナー、よし! チューブを繋ぐぞ!」
「そこ! 回線をあげろ! 急げっ!」
「チューバモーター見とけって言ったろ!」
「プレバイトの予備を出せ! 1・3だ!」
「よし、良好!」
「アイアン、入ってるかぁっ!」
「次、回すぞ!」
「はい!」

 出撃準備を始める、ムサイ級巡洋艦キワメルのモビルスーツデッキ内。
 ドラッツェ2号機で帰還したケン・ビーダーシュタット大尉の姿を探すユウキ・ナカサト。

「ガースキー中尉、ビーダーシュタット大尉を見ませんでした?」
「隊長か? そういや帰って来てから見てないな」



「隊長」

 艦内を探し、ようやくケンの姿を見つけるユウキ。

「ユウキか」
「一働きして来て疲れが出ましたか?」
「いや…… この海で散っていった人たちのことを想うと、な……」
「そうですね…… あのころは私たちも地球で転々としながら逃げ回ってましたっけ」
「ユウキ、俺はこれで良かったんだろうか? 多くの魂が漂うここへ戻ってきて…… 俺は多くの犠牲の上に立っているんじゃないかって」

 そして、ジェイクのことも騙し、切り捨ててしまった。
 その後悔が彼にはあるのだろう。

「隊長、それは兵士の宿命でしょう」
「そうだな…… 俺たちはただ、自分達の出来る範囲で精いっぱい駆け抜けるだけのこと……」
「そうですよ。この時のために、みんな集まったんだから」
「ああ。行こうか、ユウキ」

 そこに、ブリッジで指揮を執るジェーン・コンティ大尉から通信が入る。

「ビーダーシュタット大尉、出撃20分前よ。モビルスーツデッキに向かって』



「ロイ曹長! 0・1・0にUnknown一つ! コースクリア!」
『見えてる! まったく、メシ喰う暇もないのか!』
「トム機は2分の補給遅れ!」
「今の敵で何機目?」

 モビルスーツ搭載型サラミス級巡洋艦ボスニア。
 艦長のレーチェル・ミルスティーン少佐の問いに、オペレーターが答える。

「捕捉、11機目です!」
「ただし、ロフマン少尉の帰艦により、アルビオン方向は手薄になっています」
「あっちの方が戦力が揃ってるんだから、気にすることは無いわ。補給を急がせて」
「はい!」
「観艦式まであと1時間か…… 主力艦艇のほとんどはコンペイ島。本当にこれほど地球を裸にしてしまって良かったのかしら?」
「艦長は、未だに強奪された核がジャブローを狙う、と?」
「まさか、ね…… でも、幕僚会議は観艦式をエサに一気に決着をつけようと急ぎ過ぎてるわ」



『モビルスーツカタパルト、トム機ジムが発進する! 注意せよ!』

 ジム改がカタパルトで射出される中、ボスニアに着艦するドラッツェ。
 しかし……

「カーウィン技師、少尉がハッチを開けてくれません」
「え?」

 整備兵の声に、コクピットを外部から解放するメイ。

「ロフマン少尉…… 少尉?」

 うなだれたままのアニッシュに、はっと顔色を変えるメイだったが、それは杞憂だった。

「良かった…… 寝てるだけだった」

 そこに整備士が声をかける。

「カーウィン技師? 少尉は?」
「……寝かせて置いてあげて。各部、強制解放」



「ロフマン少尉。おはよう……」

 補給が終わり、アニッシュを起こそうとするメイ。

「おはよう。んっ」

 少しだけ大きな声で、

「おーはーよー!」
「んんっ……」

 ようやく目を覚ますアニッシュ。

「整備は済んだから、また頑張ってね」
「あ……」

 アニッシュが何事か言いかけた時、

「うおおぉぉっ!」
「こいつ、大人しくしろ!」

 デッキの片隅で、騒ぎが起こっていた。

「救助してやった捕虜?」

 ノーマルスーツで脱出した所を、わざわざ助けてやったのだが暴れているらしい。

「志を持たぬ貴様らは、いずれ滅びるのだ。フフ…… ガトー少佐が、ソロモンの悪夢を甦らせてくれる!」



 現在は、コンペイ島と呼ばれる宇宙要塞ソロモン。
 ワイアット大将は、アルビオンやボスニアの苦労も知らず、悠然と構えていた。

「どうだね? このコンペイ島の静かなこと。どこにジオンの徘徊がある?」
「我々の警戒網は万全です。現在までに37機の敵モビルスーツを撃破しました」
「来るなら来い、だ。このような散漫な攻撃で何をしようと言うのだ」

 そして、シーマの事を思い出し、苦笑する。

「フ、これでは内通したがる者が出るのも無理ならんかな……」
「閣下、そろそろ旗艦バーミンガムの方へ」
「うむ。紳士は時間に正確でなくてはな」

 そして、居並ぶ将官達に向かって宣言する。

「諸君! この観艦式は、スペースノイドどもに連邦の実力を見せつける絶好の機会だ! 式の終了は、すなわちデラーズ・フリートの敗北を意味するであろう!」



『モビルスーツを射出する。各員は退去せよ! 退去せよ!』

 キワメルのモビルスーツデッキに、退避命令が出される。

『隊長、時間です。気を付けて!』

 発進しようとするドラッツェ2号機に、ブリッジで一年戦争当時と同じく通信士を務めているユウキから声がかかる。

「了解、ユウキ。懐旧の宇宙、か……」

 感慨深げに呟くケンだったが、同じく出撃準備をしているガースキーに通信を入れる。

「ガースキー、リック・ドムは行けるか?」
『まぁ、何とかね。リック・ドムもツヴァイになって、少しは性能も上がってるし、操作もしやすくなっているぞ』
『ま、護衛は私と中尉に任せて、隊長』
『お前さんが一番不安なんだがな?』

 ガースキーの僚機を務めるクローディアが通信に割込み、そしていなされる。

「感謝するよ、二人とも! あとは往くのみ! ドラッツェ、ケン・ビーダーシュタット出る!」



『0・2・1に新たな敵影! アニッシュ、トムの各機はロイ機と合流、これを迎撃せよ!』
「この戦いはいつまで続く…… 俺が2号機を捕らえるまでか……」
『ロフマン少尉! コースクリア! 幸運を!』
「ああ、お互いにな!」



『宇宙暦0079…… つまり、先の大戦は人類にとって最悪の年である。この困難を乗り越え、今また3年振りに宇宙の一大ページェント、観艦式を挙行できる事は、地球圏の安定と平和を具現化したものとして、慶びに耐えない』

 ソロモンの海に、ワイアット大将の演説が響く。

『そも、観艦式は地球暦1341年、英仏戦争のおり英国のエドワード3世が出撃の艦隊を自ら親閲した事に始まる』



『その共有すべき大宇宙の恩恵を、一部の矮小なる者どもの蹂躙に任せる事は……』
「そんな大言を吐くから、この宇宙(そら)から争いが無くならないんだ!」

 連邦軍の演説の中継に、吐き捨てるケン。
 いつものお偉方のスピーチだろ、と思うガースキーだったが、続くケンの呟きに、表情を引き締めた。

「これは…… 散っていった者への冒涜だ」
『隊長、いいじゃないか』

 その声は、自然と優しくなった。

「うん?」
『現に俺たちはここに居るんだから!』
「フッ、そうだな…… 連邦の亡者どもをなぎ払う為に」

 ガースキーの小気味良い物言いに、ケンは笑った。

『クローディア、進路はどうだ?』
『コンパスは大丈夫よ。わざわざ演説が導いてくれているもの』

 ガースキーの問いかけに、クローディアが答える。

「よし! 俺は湾内に突入する! 計画通り陽動・撹乱を!」
『『了解!』』



「やああぁぁっ!」

 もう何機目かも分からぬモビルスーツを、ドラッツェのビームサーベルで撃破し、アニッシュは叫ぶ。

「このフィールドも違う…… 本命はどこだ!」

 アニッシュの呟きに、ロイとトムもうなずく。

『ドラッツェ2号機は1機とはいえ、核弾頭を持っているからな』
『その上、ガンダム、か』
「二人とも、無駄口を叩いている余裕はないぞ」

 部下達の不安を払拭させるべく、目の前の敵に集中させるアニッシュ。



「閣下。A3及びL6で敵を迎撃中です。デラーズの狙いは、この式典に間違いありません!」

 連邦軍の、観閲旗艦戦艦バーミンガム。
 艦長からの報告を受ける、ワイアット大将

「フッフ、デラーズの艦隊こそ、海の藻屑だ!」
「は?」
「モビルスーツのない艦隊はどうなるかを、教えてやる!」
「閣下、左舷より受閲艦艇第三群です」
「うむ」

 満足げに頷くワイアット。



『こちらオレンジ・スリー! 敵の銃撃を受けている! 救援を求むぅっ!』

 コンペイ島司令室に、敵の増援の知らせが入る。

「ラモス哨戒区に敵モビルスーツ多数! 増援を求めています」
「手強いな…… メインのお客さんか? 付近のモビルスーツで、歓迎してやれ!」

 司令の指示で、迎撃態勢を取る連邦軍。



『ロフマン少尉! ロフマン少尉! 聞こえますか? ラモス哨戒区に、敵の本隊らしきものを確認! 急行されたし! Gブロック77!』
「了解! 直ちにポイントへ向かう! ドラッツェ2号機は確認されていないか?」
『現時点での情報なし。現時点での情報はありません』



 一年戦争の残したスペースデブリの間を縫って進むケンたち。

『ここはまだ…… ソロモン戦の名残がこれほど……』

 ガースキーの呟きに、ケンは不敵に答える。

「好都合だ。これで連邦の連中も、俺たちを察知できない」
『この海は泣いているのかしら? 私達に何かを訴えたくて……』

 クローディアの洩らす言葉には感傷的なだけではない何かがあった。
 あるいは、一年戦争当時、強化人間として教育を受けた彼女だからこそ感じ取れる何かがあるのか。
 そんな囁きを耳に、ケンは呟く。

「迎えてくれているんだ。俺には、それが聞こえる!」



「ロイ、後ろだ!」

 ロイのジム改の背後を取ろうとする敵モビルスーツに、牽制の射撃を行うアニッシュ。

「コイツらはプロだ! 今までのヤツらじゃない!」
『ここに更に、ガンダムやドラッツェ2号機が来たら!』



 一方、暗礁空域に突入する、ガトー少佐のガンダム2号機とカリウス軍曹のリック・ドムII。

「カリウス! ここまで来ればもうよい。退避行動に入れ」
『まだ危険です! もうしばらく!』
「フ…… ここから何度連邦の目を眩ませて出撃したことか…… これで星の屑は…… ん!?」

 敵に気付くガトー。

「……自動砲台!」
『く! 気づかれたか!』



「今頃新しい敵!? どこよ!」

 ガトーの動きは、ボスニアにも伝送されていた。

「S0です! 暗礁空域に2機!」
「映像が転送されます!」
「何? く…… 抜かれる!」



「何!? 敵のガンダムがS0に!?」
『こっからで間に合うのか?!』
『行って下さいっ、少尉! ドラッツェのスピードなら!』
「了解した! ここは任せたぞ!」
『『了解!』』



「く…… 手間取っては、事に障る!」

 時間との勝負に、焦りの色を見せるガトー。
 だが、そこに応援の2機のモビルスーツが現れた。

『少佐! 私はガースキー・ジノビエフ中尉です。この場は我々に任せて行って下さい! コンペイ島へ…… いえ、ソロモンへ!』

 ガースキーとクローディアのリック・ドムIIだった。

「頼む!」

 ガースキーたちにその場を任せ宇宙を駆けるガンダム2号機。
 その時、宇宙に青い流星が、夜の運河を滑るように並走した。
 ドラッツェ2号機だった。

『少佐、このドラッツェは対核装備の機体。最後までお供します』
「おお、それでは君が噂のビーダーシュタット大尉か。頼むぞ!」



「間に合え…… 間に合え…… 間に合ええぇぇっっ!」

 ドラッツェをフル加速させて、ガンダム2号機を、そしてドラッツェ2号機を追うアニッシュ。



「待ちに待った時が来たのだ…… 多くの英霊が無駄死にでなかった事の証の為に…… このようなピケットなど!」

 監視網を一蹴して、ガトーのガンダムとケンのドラッツェがソロモンへと突入する。



 ワイアット大将が乗り込む観閲旗艦戦艦バーミンガムにも、ガンダム2号機の情報は入っていた。

「む? ガンダム2号機! どこだ?」
「裏です! コンペイ島の!」
「あぁ……!」



「再びジオンの理想を掲げる為に! 星の屑成就の為に! ソロモンよ! 私は還ってきた!」

 宇宙世紀0083。
 ソロモンは核の炎に包まれた!



次回予告
 コンペイ島に光は溢れ、激震の宇宙は泣いた。
 道往くデラーズ・フリートの策謀……
 そして、晴れる事なきアニッシュの屈辱の念。
 ドラッツェ1号機対2号機。その宿命の戦いが始まった時、おぼろなる星の屑はアニッシュの眼前にあった。



■ライナーノーツ

>  一方、暗礁空域に突入する、ガトー少佐のガンダム2号機とカリウス軍曹のリック・ドムII。

 ここにきて、やっと登場のガトー少佐とGP-02。
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