「来ました。ジノビエフ中尉のコムサイです」

 デラーズ・フリート旗艦、グワデンに回収されるコムサイ。
 そして中から、ドラッツェ2号機が姿を現した。

「おお、これが……」
「はい、核バズーカと、連邦からの依頼を利用してアナハイムが開発した、こちらでも簡易生産が可能なモビルスーツ、MS−21Cドラッツェです」

 エギーユ・デラーズ中将に説明するガースキー・ジノビエフ中尉。

「これで、核の予備が手に入ったのと同時に、こちらが核を使おうとも反撃で核を受ける心配が無くなったというわけだ。ガンダムの核武装に隠れて進められた、この計画を阻止してくれたこと、改めて礼を言うぞ」
「いえ、ジオンの真の独立への足掛かりのため、閣下に協力できたこと、光栄に思っております」



機動戦士ドラッツェ 0083 STARDUST MEMORY
第5話「ドラッツェ、星の海で」




「……1号機の機体制御OSはまだ未完成だから。リミッターを外すなんて、許可できないわ」

 1号機の開け放たれたコクピットハッチの前で話し合う、1号機担当のメイ・カーウィン技師とアニッシュ・ロフマン少尉。

「あれから1週間、二人はいつも一緒ね」

 その様子を微笑ましげに見守るノエル・アンダーソン少尉。

「バランサーの調子を見ても、しょうがないと思う……」
「早く慣れたいんだ。それに、OSをバージョンアップしてなくてもコイツは十分やれるさ。月で正式版をインストールするまでなんか待てない」
「あ、そんなに乱暴にしないでよ。推力がノーマルに上がるまではもっと優しく…… こう……」
「バランスおかしいな。レベル、低く見積もり過ぎてんじゃないか?」
「あぁ、勝手にしないで!」
「俺だって計算してみたんだ。ビーダーシュタット大尉には負けたくないから」
「ケンは特別だから、勝ちたければ自己鍛錬しか……」
「いや、今はそんな暇があったら、コイツをモノにしたいんだ」
「部下の人、放って置いていいの? ……そこ、計算間違ってる」
「え!?」



「哨戒任務も飽きたなぁ」
『俺は、破壊された自分の機体の代わりが支給されたんで、ひと安心だけどな』

 ジム改で哨戒任務に当たる、ロイとトム。

「あ!? ボスニアブリッジ、地球の影に不審な機影が!」
『不審なもんか! アレは味方の艦だ! それとも象にでも見間違えたか!?』
「ぇ……」



「識別信号、確認しました。味方、サラミス級です」
「急に捜索命令を撤回して、周回軌道に艦を集めるなんて、何事かしらね」

 不審そうに眉をひそめるレーチェル・ミルスティーン少佐。



「メイさん…… メイさん、聞いていますか?」
「あ、はい、ノエルさん」

 休憩室で物思いにふけっていたメイは、ノエルに呼ばれ、びくっと体をすくめた。
 そんなメイに、ノエルは話しかける。

「ロフマン少尉の事です」
「ロフマン少尉の?」
「はい、今日だけで、もう4回も計算をやり直しているんですよ」
「5回です」
「ご…… もう、データを教えてあげたらどうです?」
「ダメです。そんな事したら、1号機で飛び出して行きます。無鉄砲な人だから。それに、あのアルゴリズムを1号機にインストールしても、ケンがフォン・ブラウンに持って帰ったデータを元にした完全版には足元にも及ばないわ」

 ケンがジム改の補給と入れ違いに、月のフォン・ブラウンのアナハイム社工場に向かって既に一週間。
 もう、完全版が出来上がっている頃だ。

「……少し、聞いていい?」
「何ですか? 改まって」
「メイさんの中で、ドラッツェとロフマン少尉、どっちが大事ですか?」
「え!? そ、それはドラッツェに決まっています! 何を言うんですか!」

 心持、肩を落とすノエル。

「……私たちって、どうしてこう恋話に縁がないのかしらね?」



『敵、戦闘艦接近中! 総員、戦闘配置!』

 ボスニア艦内に走る警報。

「急げ!」
「総員、戦闘配置!」
「何してる! 急げ!」



「モビルスーツ、発進まだか!」
「まもなく!」

 ブリッジにも張りつめた空気が漂う。



『俺だって計算してみたんだ。ビーダーシュタット大尉には負けたくないから』
『ケンは特別だから、勝ちたければ自己鍛錬しか』

 出撃しようとするアニッシュの脳裏を、メイとの会話が過ぎる。

「俺だってできる!」

 自分で計算したアルゴリズムをインストール、リミッター上限を上げる。
 そこに、メイが駆け付けた。

「ロフマン少尉!」
「邪魔しないでくれ! 俺だってやれるんだ!」
「これを…… あっ!」

 メイは自分が計算したアルゴリズムを渡そうとしたが、その前にアニッシュはコクピットを閉じてしまう。

「ロフマン少尉!」



「あれは…… HVLを回収しようとしているの?」

 ブリッジで眉をひそめるレーチェル。
 急遽、呼び戻されたボスニアを待っていたのは、地上から打ち上げられたHVLを回収しようとするジオン軍残党艦隊との戦いだった。



「敵2番艦、大破!」
「よし、ガトー少佐の回収作業はどうか?」
「あと80秒!」
「艦隊反転! 全力射撃15秒後、ドラッツェを前面に展開させろ!」



 ドラッツェ1号機で飛び出したアニッシュを待っていたのは、ドラッツェの編隊。

「な、2号機じゃない? 敵はこんな短期間に量産に成功したのか?」

 驚くアニッシュだったが、それ所ではなかった。
 間違ったアルゴリズムをインストールされた機体が暴れそうになり、抑え込むのに必死なのだ。



「何だ? バランサーがイカれてるのか?」

 アニッシュのドラッツェ1号機の動きに、ジオン兵パイロット達は首を傾げた。

「フ、赤子同然…… 何っ?!」



「当たった!」

 何とか射撃に成功するアニッシュ。



「バカめ! 大切な機体を! 油断などしているか……」

 部下の失態をののしるドラッツェ隊の隊長だったが、その表情が不審げな物になる。

「ん? 何だ、こんなヤツに」



「ロフマン少尉はどこに? ああっ!」

 ブリッジに上がり、アニッシュの悪戦苦闘ぶりに悲鳴を上げるメイ。

「さっき、引き止めてさえいれば……」

 悔悟の念が、メイを責める。



『しぶといんだよ!』

 シールドの先にセットされたビームサーベルで1号機を切り刻んで行くジオン軍ドラッツェ隊。
 その動きは鮮やかだった。

『そろそろ潮時だ』

 隊長機から各機に通信が入る。

『墜ちないんですよ!』
『あまり調子に乗るな。このつぎはぎの機体をこれだけ動かせるのも、お前たちの腕じゃない。OSの性能のお陰だということを忘れるな』
『アナハイムの同士から送られてきた最新OSですかい? 噂じゃ一年戦争のエースの戦闘蓄積データが使われてるとか』
『ともかく引き上げだ』
『了解』



『ロフマン! ロフマン少尉、聞こえてる? 返事をしなさい!』

 ノエルの叱咤の声が、アニッシュの意識を保たせる。

「メイ…… すまない…… 俺は、1号機を……」
『ロフマン少尉! 着艦は無理よ! 機を捨てて脱出しなさい!』
「必ず持って帰るさ…… データ入れ替えなきゃ……」



「バカ…… あんなOSで飛び出すから…… ディスクも持たずに行ってしまうから……」

 瞳に涙を滲ませるメイ。
 しかし、

「ドラッツェが降りてくるんですか!? あんな状態で!?」

 信じられないという風で声を上げるメイ。

「はい、あと2分ほどです!」
「ネット! ネットの準備をして下さい!」



『ロフマン少尉! 右にやや流れたわ! 戻して! 降りるんじゃないの?』
「り、了解…… メイの言うとおりだ。バランサーを中心に…… 必ず、ボスニアに」
『突っ込みが急よ! 機を下へ流して!』

 マイクに向かって叫ぶノエル。
 艦内の全員がかたずを飲んで見守っていた。



『来るぞ! 全員退避!』

 モビルスーツデッキに、響く警告。
 そして展開されたセーフティネットに、ドラッツェが引っかかる。

「下がれ! 強制解放する!」

 傷だらけのドラッツェのハッチが開かれる。

「ぅ……」

 何とか、無事な姿を見せるアニッシュ。

「良かった……」

 本当にほっとした様子でメイは呟いたのだった。



 僚艦が沈められるなど散々な目に会いながらも、補給のため、月面のフォン・ブラウン市をよろよろと目指すボスニア。
 その、入港を目前にしたブリッジで、通信士が叫んだ。

「艦長! 回線に割り込んできます!? これは!」

『地球連邦軍、ならびにジオン公国の戦士に告ぐ。我々はデラーズ・フリート!
 いわゆる、一年戦争と言われたジオン独立戦争の終戦協定が、偽りのものである事は誰の目にも明らかである!
 なぜならば、協定はジオン共和国の名を語る売国奴によって結ばれたからだ。
 我々は、いささかも戦いの目的を見失ってはいない!
 それは、まもなく実証されるであろう。
 私は日々思い続けた。
 スペースノイドの自治権確立を信じ、戦いの業火の中に焼かれていった者たちの事を!
 スペースノイドの、心からの希求である自治権要求に対し、連邦がその広大な軍事力を行使して、ささやかなるその芽を摘み取ろうとしている意図を、証明するに足る事実を私は存じておる!』

「エギーユ・デラーズ…… ギレン・ザビの亡霊っ!」

 珍しく吐き捨てるように呟くレーチェル。
 そして放送の画像が、禍々しいシルエットを持ったモビルスーツ、明らかにガンダムタイプと思えるモビルスーツを映し出した。

『見よ! これが我々の戦果だ!
 このガンダムは、核攻撃を目的として開発されたものである!
 南極条約違反のこの機体が、密かに開発された事実をもってしても、呪わしき連邦の悪意を否定できる者がおろうか!
 顧みよう、何故ジオン独立戦争が勃発したのかを! 何故我らが、ジオン・ズム・ダイクンと共にあるのかを!
 我々は3年間待った。
 もはや、我が軍団にためらいの吐息を漏らす者はおらん!
 今、真の若人の熱き血潮を我が血として、ここに私は改めて地球連邦政府に対し、宣戦を布告するものである!
 かりそめの平和へのささやきに惑わされる事なく、繰り返し心に聞こえてくる祖国の名誉の為に!
 ジーク・ジオン!』

 そして、デラーズの演説は終わった。

「か、核武装をしたガンダム!?」
「とうとう暴露されてしまったか……」

 沈黙の後、絞り出すように呟いた副長の声を聞いて、レーチェルは話し出した。

「ジャブローの軍司令部の主導で進められた核の再配備計画。一つの案が、ペガサス級強襲揚陸艦を母艦とした最新の核武装型ガンダムを開発する案。これが先ほどのガンダムよ。そしてもう一つが……」

 メイの方を見ながら言葉を続ける。

「核武装型モビルスーツなら、既にある物を使えば良いという案。ジオンが南極条約締結以前に使っていた、核武装タイプのザク。これなら経費も開発期間もかからず、すぐに再配備ができるわ。結局、ガンダムを開発する案が通ったんだけど、核武装型ザクを使う案も、低コストで実現が可能な事から、同時に裁可された」

 自分に集まる視線に、メイは重い口を開いた。

「連邦軍から受けた注文は核武装型ザクを利用した、短期間での簡易型モビルスーツの開発でした。しかし一年戦争初期に使われたザクは核攻撃を前提としてコクピット周辺の装甲裏側に放射線遮蔽液が注入され、全備重量は90トンを越えていましたから、このままでは連邦軍の要求する一撃離脱方式の核の運用は不可能でした。そのため、放射線遮蔽された胴体部と、核バズーカを撃つ為の片手マニピュレーター、それのみを残して、後は足の代わりにガトル戦闘爆撃機のプロペラントタンク兼スラスターを付け、高速離脱戦仕様の機体に改装。最低限の自衛武器として軽量で貫通力の高い40ミリガトリング砲と、盾の裏側に独立したジェネレータによりドライブするビームサーベルが搭載され、ドラッツェが完成したんです」

 小さくため息をついて、

「何しろ急なことなので、ありあわせの材料で作り上げました。シールドなんて、廃艦になった戦艦の装甲を流用したぐらいだったし」

 しかし、

「でもだからこそ、ジオン残党でも短期間、低コストで量産ができる機体となってしまったのね。ロフマン少尉達が戦ったドラッツェも、2号機を参考として作られた物でしょう。武装が貧弱とはいえ、ザクの残骸でビームサーベルを扱え、機動性は、並ぶものの無い機体を製造できるんだから」



次回予告
 大破したドラッツェ1号機を、メイはアナハイムへ眠らせた。
 消沈と忘志。
 パイロットとしての自信を失ったアニッシュは、フォン・ブラウンを彷徨う。
 閉じゆく心。
 冷えてゆく魂。
 若き日の夢を置き忘れそうになる時、一人の女性が彼の前に現れた。



■ライナーノーツ

>  心持、肩を落とすノエル。
>「……私たちって、どうしてこう恋話に縁がないのかしらね?」

 ゲームでは好感度を上げると出撃の度に主人公を食事に誘ってくれる彼女だが、メディアミックスのマンガ版、小説版共にその想いは報われていない。

 マンガ版だと、シャワー中の半裸姿を見られたりとか、健気にアプローチしてたんですがね。

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