アニッシュ・ロフマン少尉は、3年ぶりに実戦の試練を経験した。
 ドラッツェ2号機を強奪したパイロットとの対決。
 名を偽っていたが、その正体はケン・ビーダーシュタット……
 かつて連邦を震え上がらせたジオンのエース・パイロットだ。
 指先は凍り、のどを干上がらせる戦慄。
 そして、潰されてゆく仲間の機体……
 追撃するアニッシュを尻目に、ドラッツェ2号機は漆黒の宇宙に飛び去った。
 アニッシュの第一戦は、屈辱にまみれた……



機動戦士ドラッツェ 0083 STARDUST MEMORY
第3話「出撃ボスニア」




 モビルスーツ搭載型サラミス級巡洋艦ボスニアに帰還し、そのブリッジに出頭するアニッシュ。

「ボスニア艦長のレーチェルよ」
「ルナツー教導隊のアニッシュ・ロフマン少尉です。今回の1号機の無断使用について、弁明はありません……」

 1年戦争当時の顔見知り。
 今更な名乗りだったが、けじめはつけないといけない。

「で、新型はどう?」
「は? あ…… ぁ、機動性ついては並ぶ物が無い最高のモビルスーツです」
「そう…… ご苦労だったわね。ゆっくり休んで」
「はっ!」



「艦長、ルナツー司令部から通信です」
「メインモニターに回して」
『13号を優先だ! ワシの名を使っていい!』

 いきなりの怒鳴り声が入る。
 ルナツー司令部は、未だ喧騒が入り乱れている様子だった。

『待たせたな、少佐。ボスニアの復旧はどうだ?』
「はい、まだ7、8時間ほどはかかりそうですが……」
『そうか……』
「監視網の方は何か?」
『いや、新しい情報はない。それより問題はだ。奴らがコムサイで脱出した、という事だ』
「まさか…… 地球に降下、奪った核をジャブローに向ける、と? しかしドラッツェは空間戦仕様のモビルスーツ。地上では使えませんが」
『ザクの機体を使っているのだ。手足の換装など簡単なものだろう?』
「それは……」
『指揮官は常に最悪の事態を考慮に入れねばならん。……南極条約を当てにできる立場でもなかろうしな。ともかく、キミたちには核弾頭及び新型モビルスーツの奪還作戦に就いてもらう。ボスニアの修理を急げ!』
「最善を尽くします」
『レーチェル艦長』
「は?」
『戦争は終わったんだよ…… だが、あれ1発でまた何千万もの人が死ぬ。あれは使ってはならん兵器なのだ……』

 その兵器を実戦配備に戻そうとした連邦軍上層部に、怒りとやるせなさを感じる二人だった。



「2番チャンバーのレギュレーターを再調節しないと……」
「カーウィン技師!」

 1号機の修理整備中のメイ・カーウィン技師に、アニッシュは声をかけた。

「あ、お疲れさま、少尉さん。あたしのことはメイでいいよ」
「ああ、すまなかったメイ。2号機を取り戻せなかった…… 1号機も壊しちまって」
「うん、2号機は残念だったけど、1号機の損傷は結構簡単に直りそうだよ。ロフマン少尉が機関砲搭載のためマニピュレーターが排除された右腕しか残っていない状態にも関わらず、斬られた左腕を抱えて回収して来てくれたお陰だね」

 それにルナツーに演習用ザクの補修パーツが大量に保管されていた事も幸いした。
 ボスニアが修理を行っている間に、今後必要になりそうな部品は、すべて運び込まれていた。

『ボスニアの全クルーに告げます』

 そこに艦内放送で、レーチェルの声が響き渡る。

『本艦はただ今より、核及び新型2号機奪還の任務に就きます。敵逃走経路が判明次第、作戦行動に入ります。各員、出港準備について!』

 その言葉に、アニッシュはメイに向かって言う。

「メイ。あんたは民間人なんだ。艦を降りたほうがいいぞ」

 しかしメイは形の良い眉をひそめて首を傾げた。

「あとで本社に確かめてみるけどどうかなー。今は、1号機の修理が先決だし」



「少尉! なぁんですか、暗いですね」

 パイロット控室で休んでいたアニッシュの元に、前回の戦闘で機体をやられながらも無事生還したトムとロイが顔を出した。

「なんでもないよ」

 そう答えて、席を立とうとするアニッシュだったが、トムがその前に回り込んで言った。

「待って下さいよ、少尉。元気出して下さいよ。お助けパイロットが来るらしいですよ」
「援軍が?」
「それと、昨日の相手ですが、一年戦争の時『ソロモンの悪夢』って呼ばれてたガトーってヤツらしいみたいですよ」
「なに?」
「そんなヤツと戦って生きてただけでも大したもんですよ。さすが少尉殿です」
「カーウィン技師の助言に助けられただけさ……」

 実際、あの瞬間のメイからの助言が無かったら、痛み分けには持ち込めなかっただろう。
 それほど、敵モビルスーツパイロットの技量はアニッシュを上回っていた。



 ボスニアのモビルスーツデッキで修理を受ける、ドラッツェ1号機。
 そこに近づく人影があった。

「ふーん、修理中か。あれが俺の愛機になるわけだな」
「まだ隊長だって決まった訳じゃないでしょ」

 ケン・ビーダーシュタットとジェイク・ガンスだった。

「そこの人たち!」

 頭上からの声。

「ん?」
「ドラッツェは今メンテナンス中です。機から離れてください!」

 そう言って、メイは目を見張る。

「ケン、ジェイク!?」
「よう、メイ」
「どうして……」

 メイの疑問に、ケンは笑顔で答える。

「今日付けで連邦軍に出向が決まったんだよ」

 ジェイクが書類を取り出しながら補足する。

「アナハイム本社からの指示でね。ほれ、これが辞令。お前の分もあるぞ」

 本社からの出向辞令を、メイに差し出すジェイク。

「私も?」

 メイの疑問にはケンが答える。

「ドラッツェの稼働データを取れっていうことさ。今のままじゃ運動性が悪くて扱いづらい機体だから、データを蓄積してソフトウェアで解決を図るつもりなんだろ?」
「うん、そうだけど……」

 メイの専門はソフトウェア系だ。
 それを知ってのケンの指摘だった。
 戸惑うメイに、ケンは笑って手を差し出す。

「ま、これから一緒にやって行くんだからよろしくな」
「うん」

 そう言ってメイは嬉しそうに、本当に嬉しそうにその手を握り返した。



「少尉。ボスニアにパイロットが補充されたという事は、オレたちはもう用済み、って事ですか?」
「ん…… そういう事かもな」
「じゃあ、もうオレたちは戦わなくていいんだ……」

 安堵の表情を浮かべる、ロイとトム。
 それはそうだろう、負傷こそ無いものの、1回の戦闘で機体を乗り継いで2度も墜とされているのだ。
 教導隊のメンバーである自信も自負も、どこかへ行ってしまったのだろう。
 そこに近づいてくる人影。
 やけにフレンドリーにアニッシュに呼びかける。

「よう、アニッシュ、だったよな」
「なっ、あんたは!」

 驚愕の表情で相手を見るアニッシュ。
 ケンに詰め寄る。

「何であんたがここに居るんだ!?」
「俺か? アナハイムから出向で、この艦に来たんだよ」
「アナハイム? あんた、戦後はあそこに行ったのか」
「いや、本来の所属はジオン共和国の防衛部隊だ。そこからテスト・パイロットとしてアナハイムに出向して、更にここに来たって訳だ。宮仕えは辛いな」
「まさか補充のパイロットって……」
「ん? 俺のことじゃないか? アナハイムでドラッツェのテスト・パイロットをしていたのが俺だから」

 あっさりとした様子で答えるケン。

「しかし、2号機をこんなにあっさり奪われちまうとはな。メイが自爆装置を仕込んでいれば良かったんだが」
「自爆装置!?」
「機密保持のためにやむ無く…… ってやつだな。彼女は一年戦争で実際に仕込んどいて使ったことだってあるんだぞ」
「なっ……」

 メイの意外にマッドな一面を知らされ、アニッシュたちは顔を引きつらせる。

「オマケに1号機で追いかけて行ったっていうのに、取り返すこともできず逃げられちまうなんて。メイも大変だな」
「ぐっ」

 言葉に詰まるアニッシュ。
 しかし、部下の二人は黙っている事ができなかった。

「仕方ないですよ。何しろ、昨日の相手は『ソロモンの悪夢』だったんですら」
「え?」
「ジオンのガトーと渡り合って、引き分けただけでも少尉は凄いですよ」
「え?」



 アニッシュ達と別れて、一人、ボスニアの通路を移動するケン。

「おかしいな、混乱させるため表の作戦の実行者、ガトー少佐の名を借りたんだが、ここにはトリトンの情報が伝わってないのか?」

 すぐばれるだろうと適当に名乗ったのにも関わらず、真面目にガトー少佐と間違えられている事に、首をひねる。

「何だかなぁ……」



「あ、少尉さん……」

 ボスニアの通路で、アニッシュの姿を見かけたメイだったが、その思い詰めた表情に、引き止める事ができなかった。

「………」



「く……! 俺が…… 俺があの時、もっと上手くやっていれば……」

 自室に戻り床を叩き続けるアニッシュ。

「くそっ! くそぅ…… くそぅ……! ぅっく……」



 アニッシュの部屋の前、ドア越しにその悔悟の言葉を聞くメイ。

「はぁ……」

 ため息が、漏れた。



「やられた!」

 ルナツー司令部からの情報に、舌打ちするレーチェル。
 敵はコムサイで脱出した。
 航続距離の短い大気圏突入艇で地球に向かったと思われていたが、追跡確認されたデータから、大気圏突入には浅すぎる角度で慣性航行していた事が分かったのだ。

「スイングバイ、重力カタパルトね!」

 惑星の引力を利用して加速する、燃料を使わない経済的な航法。
 これなら、足の短いコムサイでも、長距離の航行が可能だ。

「観測データから、行き先を予想させて! 準備ができ次第、その宙域に向けて出港よ!」



「それじゃあ、メイ。俺が1号機のパイロットってことで……」
「ちょっと待ったーっ!」

 メイとケンの会話の間に割って入る声。
 アニッシュだ。

「アニッシュ?」
「まさか1号機のパイロットに志願するの?」

 困惑するメイ。

「このまま指をくわえて黙ってるなんて、俺には我慢できないんだ!」

 そう主張するアニッシュを、ケンは宥める。

「だからって、わざわざ危険な目に遭いに行かなくても。本気か? ジオンのパイロットと引き分けたからって、調子に乗ってるようだと死んじまうぞ」
「調子になんて乗って無い。あの戦いは、最後はメイ…… カーウィン技師に助けられたんだ! 自分独りなら、やられていたかもしれない」
「んー、そんなことはないかも」

 そう口を挟んだのは以外にもメイだった。

「あなたの実力だと思うけど、ロフマン少尉」
「………」
「1号機を操縦した時のデータだよ。初めてのモビルスーツとは思えないくらいに、性能を引き出しているわ。自信を持っていいよ、ロフマン少尉」

 アニッシュにレポートの束を渡して、励ますメイ。

「これをわざわざ……」
「うん、あなたに見せるために持ってきたんだよ」

 ケンは嘆息する。
 やはり彼女は軍に居るには優し過ぎる。
 だが、

「それじゃあ、試してみようじゃないか」
「え?」
「俺とアニッシュが戦って、もしそっちが勝ったら、ドラッツェのパイロットとして推薦してやろう。これでどうだ?」
「やる、やって見せる」
「よし、決まりだな」

 しかし、それをメイが止めた。

「ロフマン少尉、無理だよ! ケンは歴戦のパイロット。しかもドラッツェの開発に携わって、そのすべてを知り尽くしているのよ」
「カーウィン技師、チャンスはこれしかない。俺はなんとしても2号機を取り戻したいんだ!」

 こうして、ケンとアニッシュの模擬戦が組まれることになった。



『いい、ルールは簡単。とにかく先に相手の機体、本体にペイント弾を当てた方の勝ちとするわ』

 ケンはドラッツェの予備パーツとして運び込まれていたF2ザクを、アニッシュはドラッツェを選び、乗り込む。
 これは、アニッシュがどれだけドラッツェを使いこなす事ができるか試す模擬戦だからだ。

「相手はF2ザク…… 特徴のないのが特徴か……」

 呟くアニッシュ。
 ケンがドラッツェを知り尽くしているように、教導隊で扱っていたアニッシュはザクを知り尽くしている。

「行けっ!」

 バレルロールを行いながら、ザクに一撃離脱戦を仕掛けるアニッシュ。
 しかし、銃撃はすべて躱されるかザクのシールドで受けられてしまう。
 ザクのシールドの有効利用は一年戦争当時からのケンの十八番だった。

『いくら対装甲物用の高速徹甲弾を使っているとはいえ、40ミリの小口径だと盾の破壊判定も出せないな』

 ケンからの通信に歯噛みするアニッシュ。

「くっ、もっと大口径の、もしくは手持ち武器が使えれば……」

 そう呟くアニッシュに、メイがレクチャーする。

『そういう言葉が出るのが、機体特性を、設計思想を理解していない証拠よ。高速戦闘では武器ですらデッドウェイトになるから。それを極力抑え、装弾数を多く取るための、右腕のマニピュレーターを排除して装備した40ミリガトリング砲。それに……』

 ザクからの反撃を、急加速で切り抜けるアニッシュ。
 Gに身を苛まれながらも、メイの言葉に耳を傾ける。

『通常のモビルスーツの8割しかない機体重量で、高速戦を行っている最中に大口径の砲を撃てば、機体の挙動に影響が出るし、照準もぶれて使い物にならない。それ故に、小口径砲が採用されているの』
『ま、それでも、高速徹甲弾を使ってるから、弾速が遅くて貫通力が低かった一年戦争当時のザクマシンガンと対等ぐらいの対装甲性能は持ってるがな』

 メイの言葉に、ケンが補足する。

『だから、高速で接近し、すれ違いざまに装甲の薄い背面を狙って銃撃を行うのがベストだな』
「そんな運動性は、この機体には……」

 両足の代わりに付けられたガトル戦闘爆撃機のプロペラントタンク兼スラスターは、AMBAC(Active Mass Balance Autocontrol 能動的質量移動による自動姿勢制御)作動肢としてはほとんど機能せず、ドラッツェの運動性は非常に低い。
 代替措置として両肩に球状のスラスターポッドを設置しているが、それでも通常のモビルスーツには遠く及ばなかった。

『だからその分、上半身。特に両腕を、フィギュアスケートの選手のようにフル活用して舞うんだよ。こんな風にな』

 手本を見せてやるケン。
 F2ザクの性能では再現率は低かったが、本当に、まるで舞うような動きに、見守っていた全員が見とれた。

『シールドの質量まで使いきる! それが、その機体を扱う上でのポイントだよ、アニッシュ!』
「くっ!」

 格の違いを見せつけられ、歯噛みするアニッシュ。

「くそぉーっ!」

 シールドを構えながら、特攻をするアニッシュ。

『やけになったのかな?』

 それを慌てた様子もなく、じっくりと狙うケンのザク。
 そして、そのトリガーが引かれようとした時、

「シールドパージ!!」

 左腕のラッチにマウントされたシールドを切り離すアニッシュ。
 質量バランスが崩れ、機体が横滑りする。
 ケンの銃撃が、空しく宙を切り裂いた。

「もらったあぁぁぁっ!!」

 すれ違いざまに、銃撃を叩き込むアニッシュ。
 そして……

「引き分け!?」

 両者の機体に付着したペイント弾。
 ケンは超反応を見せ、相討ちに持ち込んだのだった。
 それでもアニッシュはコクピットを撃たれ、死亡判定。
 ケンは機体中枢を撃たれての機体制御不能というコンピュータの判定だったが。

『まぁ、ぎりぎり合格って所かな? テスト・パイロットの世界へようこそアニッシュ』

 ケンは歓迎の言葉を贈るが、一転してこう告げる。

『お前をボロ雑巾のように使ってやる!』

 ケンは笑いながら、ドラッツェから切り離されたシールドの回収に向かう。

「ハァ、ハァ…… やった…… やったぞ!」



「アニッシュ、そっちはどうだ?」
「まだしばらくかかりそうだ!」

 モビルスーツ搭載型サラミス級巡洋艦ボスニア、モビルスーツデッキ。
 ペイント弾まみれになった、ドラッツェとF2ザクを洗うケンとアニッシュ。

「なぁ、メイ。もういいだろう」
「ダメよ。ケンの発案でそうなったんだから、ケンたちが始末を付ける。当たり前のことでしょ」

 無茶をした二人にだいぶご立腹の様子。
 そんな会話を交わしていると、不意に艦内放送がかかった。

『本艦はまもなく、ドラッツェ2号機奪回に向けてサイド5宙域へ発進する。総員、発進準備!』



次回予告
 ドラッツェ2号機を追い求め、宇宙を彷徨うボスニア。
 そこは、遥かなる深遠の宇宙。
 立ちはだかるスペースデブリは、クルーの焦燥を誘うのか?
 テスト・パイロットとしての働きは、さらに熱くアニッシュを焦がす。
 焦りが不協和音となって響く時、ジオンの亡霊は再び目覚める……
 怨念はボスニアをも砕くのか?



■ライナーノーツ

>「まさか…… 地球に降下、奪った核をジャブローに向ける、と? しかしドラッツェは空間戦仕様のモビルスーツ。地上では使えませんが」
>『ザクの機体を使っているのだ。手足の換装など簡単なものだろう?』

 実際、換装例として松浦版0083に1コマだけ登場した機体がある。
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>「相手はF2ザク…… 特徴のないのが特徴か……」

 地球降下作戦後のデータを元に改良されたザクII。
 統合整備計画の影響を受けた「第2期生産型」は、コックピットにも変更が加えられている。
 一年戦争終結後も地球連邦軍やジオン公国軍の残党によく用いられた。


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