ドラクエ2〜雌犬王女と雄犬〜(現実→雄犬に憑依)
第七章 ムーンブルク城
「わしは、ムーンブルク王の魂じゃ。わが娘マリアは、呪いをかけられ犬にされたという。おお口惜しや……」
「お父さま! 私はここに居ますわ!」
「誰か居るのか? わしには、もう何も聞こえぬ。何も見えぬ……」
「そんな、お父様……」
ローレシア王に暇を告げ、再び訪れたローラの門で幽霊に怯えながらも、リューと共にムーンペタに帰り着いたマリア。
そのマリアが訪れる事を希望したのが、彼女の故郷、ムーンブルク城だった。
今や城は毒の沼地に囲まれ、瘴気が立ちこめる中での、父の魂との再会。
マリアの眦から涙がこぼれ落ちた。
「リューさん」
リューの首筋に抱きついて、嗚咽を堪えるマリア。
リューは黙って、それを受け止めていた。
「マリア……」
ペロリと頬を舐めて、涙を拭ってやる。
「えっ、えっ?」
とたん、真っ赤になって離れるマリア。
「特別だ」
反対側も。
指があれば、それでぬぐってあげられたろう。
腕があれば、抱きしめてやれただろう。
だが、彼は犬だった。
「ここに留まるのは危険だ、行くぞ」
「は、はいっ!」
「うわー、ハーゴンだ! ハーゴンの軍団が攻めて来た! 助けてくれー!」
城内には、未だ成仏できない兵士の魂が、叫びを上げていた。
耳を覆いたくなるマリアだったが気丈にもそれに耐え、先を進むリューの後に続く。
そして現れる、動く死体達。
「逃げるぞマリア、こいつらは完全に身体を破壊し尽くさない限り、動く事を止めない迷惑な手合いだ!」
「でも……」
マリアは、逃げたくなかった。
「せめて、成仏させてあげたいです」
「……了解した」
これは、マリアの自己満足に過ぎないかも知れない。
だが、何も言わずに了承してくれるリューの心遣いが嬉しかった。
「いつも通り俺が壁になるから、マリアは魔導師の杖を。火葬で成仏させてやれ!」
「分かりました!」
魔導師の杖を振り下ろし、炎を放つマリア。
そのマリアを庇って、壁役に徹するリュー。
動く死体は、素早くは無いものの、死者特有の怪力としぶとさを持っていた。
魔導師の杖から放たれる火炎でも、三、四発当ててやらないと、完全に活動を止められないのだ。
その為、倒すのに時間がかかり、その分、攻撃を引き付けたリューの負傷も酷くなった。
「リューさん!」
「まだ持つ、さっさと灰にしてやれ!」
「はいっ!」
そうしてようやく全ての死体を火葬にしてやることができた。
「灰は灰に。塵は塵にか」
「リューさん、薬草で手当てを!」
「ああ、頼む」
マリアはリューの体に取り付けられた革のバッグから薬草を取り出し、リューの受けた外傷や打ち身に薬草を揉んで汁を擦り込んでやる。
非常時には、そのまま飲み込んでやる事で体力を回復する事もできる万能薬だが、時間のある時にはこうした方が傷の治りがいい。
「さて、もう少し奥に進んでみるか」
城内は、そこかしこで内壁が崩れ、無残な姿を曝していた。
「ここ、初めて入ります」
「自分の城なのにか?」
「ええ、鍵の掛けられた宝物庫で……」
周囲にはとうに空になった宝箱が転がっていた。
そして、更に奥へ進んで行くと、牢獄らしき部屋が。
「うん?」
ふと、床に刻まれた紋様に気付くリュー。
マリアに手伝ってもらい瓦礫をのけると、そこには魔法陣が刻まれていた。
「これは…… 城の図書室で見たことがあります! 破壊神との契約に使う魔法陣です!」
「なら、この牢獄に閉じ込められた者が破壊神と契約して、ハーゴンの軍団を呼び込んだんだな」
「それが父の仇の、悪魔神官……」
「その可能性が高いな」
これだけ固い石の床。
囚人故、道具も無い状態では、この規模の魔法陣を刻むには、相当長い年月が必要だったのだろう。
それだけ囚人は、深く恨みの念を抱いていたということだ。
この魔法陣自体が、怨念の塊に思えてくる。
「この牢獄の住人に、心当たりは?」
「いえ、私には…… 先ほども言った通り、ここには足を踏み入れた事が無かったものですから。ただ……」
「ただ?」
「父が時折宝物庫へと足を運んでいた事は知っています。わたしはてっきり、中の宝を見ていたものだと思いましたが、もしかして、その奥にあった、この牢獄を訪ねていたのかも」
「そうかも知れんな。マリアの話だと悪魔神官は、王を狙って不意打ちで倒したという話だろ。王を恨んでいた可能性もある」
「そんな……」
マリアにしてみれば、あの優しい父が誰かに恨まれていたなど、信じられない事だった。
「あと、行きたい所は?」
「中庭に、地下への入口があります。私が悪魔神官に犬に変えられた場所ですが、その時には護衛の兵士さんはまだ生きていました」
「そうか、この様子だと、助かっている確率は少ないが、行ってみる価値はありそうだな」
マリアの案内で、大きく回り込んで、中庭へ。
そして地下室へと入ってみる。
「うん?」
「どうしました、リューさん」
「いや、この辺に何か……」
リューが嗅ぎつけたのは、床に落ちた命の木の実だった。
「またこいつか」
「好き嫌いはいけませんよ、リューさん」
「そう言う問題か? ドーピングは勘弁して欲しいんだが」
「それじゃあ私も、特別、です」
命の木の実を自分の口に含み、口移しで、リューに食べさせるマリア。
平気な風を装っていたが、顔が真っ赤だった。
「なっ、何を…… って、ぐおおっ」
再び、超回復による体力の増強が行われ、それに伴う痛みに耐えるリュー。
無理に耐久力を高めるのだから、一時的な痛みだけで副作用が無いだけマシという物だったが、慣れるものではない。
痛みが退いた所で、マリアに抗議する。
「不意打ちとは卑怯だぞ」
「ですから、お相子です」
先ほど、舌で涙を拭ってやったお返しらしい。
嬉しかったんですよ、と小声で呟くマリアの言葉を、無理に聞き流すリュー。
王の魂の前で泣くマリアに対して行った行動、後悔はしないが蒸し返す気にはなれないリューだった。
ともあれ、薄暗い地下室を探索するリューとマリア。
すると、部屋の隅に成仏できない霊魂が浮遊しているのが見えた。
近づいて、マリアが話しかけると、その霊魂はまだ現世に繋がりを持っていたのか、マリアを見分けたようだった。
「も、もしや、そのお姿は、マリア姫様では…… そうでしたか…… そうでしたか……」
そして、成仏する魂。
「良かったな、ここに来た甲斐があったって事だ」
無力感に苛まれていたマリアだったが、ここにきてようやく、兵士の魂を救ってやる事ができたのだ。
「はい、本当に良かったです」
目じりに浮かんだ涙を拭いながら、マリアは頷いた。
■ライナーノーツ
ドラクエ2は、スーパーファミコンでもリメイクされている。
なお、ムーンブルクの王女の髪はファミコン版の紫から金髪に変更されている。