「パンツァー・アンド・マジック」

終章 帰還−2

「ナガト!? 日本海軍の戦艦はヤマトを最後に全滅したんじゃなかったの?」

 驚くエレンにアウレーリアが説明する。

「燃料となる重油が底をついたから大和に最後の燃料を託して送り出しただけじゃよ。その時点で長門や榛名、日向、伊勢などの戦艦はまだあって港に係留されていた。他の艦は空襲で水没したが長門だけは生き残った。これを大海竜に打ち勝ち外洋に出る手段として用いようと準備が成されているのじゃ」

 足りなかった重油は日本中の船や港のタンクの底を掬うようにしてかき集められ、更に秋田県や新潟県の油田から採取された貴重なものを加えて備蓄されていた。
 これを長門へつぎ込んだら、日本ではしばらく石油をまったく使うことができなくなるだろう。
 だが、それでも日本中が長門に石油を送ってくれているのだ。
 なぜなら、

「捕虜交換もしたいし外交上、日本の外へと人を送ることもしたい。そのための戦艦長門復活じゃ」

 日本は長く海軍の象徴として親しまれ、先の関東大震災では国家機密だった最高速度を出してでも被災地に駆けつけ国民を守った長門を信じ、賭けているのだ。長門のボイラーに注がれる重油は全日本国民の血なのだ。
 それに楓がうなずいた。

「大和や武蔵に大和神社、武蔵神社があったのと同様、長門も艦内に長門神社が祀られていることで有名ですからね。守護も万全でしょう」

 エレンはそれを聞いて考え込む。そしてしばらくの後、肩をすくめた。

「それを待つしかないか」

 そんなエレンに大地は尋ねる。

「やっぱり日本で生活する訳には行かないのか? 向こうじゃ日系人は世間の風当たりが強いんだろう?」

 エレンは顔をしかめた。

「同情ならいらないわよ。そもそも何でそんなものがあるのかあたしには分からない。みじめさが倍増するだけじゃない。施しを受けるのもごめんよ」
「だが、理解と助けは必要だろう? 誰であってもだ」

 真摯に告げる大地に、エレンはしばし言葉を失う。
 そうして苦笑しながらも、しっかりとした声で答えた。

「あたしはアメリカ人だからね。自分が卑屈になっているのを他人や社会のせいにしたり、自分じゃなんにもしようとしないで、そんな風に文句ばっかり言ってるようなやつになんてなりたくなかった」

 エレンは、過去に思いを馳せるように目をつぶる。

「だから、それを証明するために従軍看護婦に志願したわ。ヨーロッパでテキサス大隊と一緒にドイツ軍に包囲されたときはもう駄目かと思ってあたしたちも銃を手にしたけど、それを助けてくれたのは父さんたち日系アメリカ人で構成された第四四二連隊戦闘団だった。あたしたち二百十一名を救出するために、第四四二連隊戦闘団の二百十六人が戦死し、六百人以上が手足を失うほどの重症を負ったと聞くわ」

 壮絶な過去をエレンは淡々と語った。
 そして大地に問う。

「割に合わないと思う? けどね、これがアメリカン・スピリッツなのよ。戦友のために命を賭けられる。そんな祖国をあたしは愛しているわ」

 人間、敵の顔は忘れても恩義を受けた相手のことはなかなか忘れないものだ。
 それが命がけのものならなおさら。
 誰かから受けた恩はまた誰かに返す。
 そういう正の連鎖がアメリカには脈々と受け継がれているのだろう。
 それがアメリカという国を支える精神なのだ。
 大地は懐に納められたハーモニカに手を当てた。

「そうだな、国っていうのはどんなことがあっても必ず帰る場所だものな」

 そこに足元から声がかかる。

「大地さんはご実家に帰ったりしないですよね! 大本営に居ますよね!」

 楓の声にはどこか必死な響きがあった。

「ん? ああ、俺は望んで軍人になったんだし自分から辞めて帰ったりはしないぞ」

 楓の様子に面食らいながら大地は答える。

「次に帰るとしたら嫁さんをもらうときに顔見せに実家に行くくらいかなぁ」
「お、お嫁さん? 大地さん、そんなご予定があるんですか? 許婚とか心に決めた方がいらっしゃるんですか?」

 楓は身を乗り出し大地の膝元に掴み掛ってくる。
 大地は少ししょんぼりして言った。

「そりゃあ今は相手は居ないけど、将来、結婚したいなって希望ぐらいは俺にもあるんだが……」

 結婚。それは二人がずっと一緒に暮らせる約束だ。
 憧れる気持ちは大地にもあった。

「えっ? あっ?」

 大地の返答に楓は焦った様子でどもった。
 そして、こらえきれないように操縦手席から爆発的に笑い声が上がった。
 操縦をしているアウレーリアからだった。

「くっくっくっ、良かったのう楓。大地がまだ結婚相手を決めて居なくて」

 楽しくて仕方が無いという風にアウレーリアは笑う。

「アウレーリアさん!」

 楓は顔を真っ赤に染めてアウレーリアに食って掛かる。

「照れることはなかろう? 好きなものは好き、ちゃんとそう言えるのは勇気だと思うがの。それこそつまらぬ恥など捨てて素直でいられるのは勇気ではないのかえ?」
「ううっ……」
「それに、男は満十七年、女は満十五年に至らざれば婚姻をなすことは得ず、であったか? もう大地は結婚できる年齢になっているのじゃから、ぐずぐずしているとトンビに油揚げをさらわれるぞ」

 確かに大地はもう十七歳。
 民法で定める結婚できる年齢に達している。
 一方で楓は十四歳だからあと一年待つ必要があった。

「油揚げをさらうなんて、お稲荷様の天罰が下りますよ!」

 楓は反射的に叫んだ。
 笑いをこらえながらアウレーリアは言う。

「大地、どうしても嫁の来手が無いようであれば仕方が無い。そのときは妾が添い遂げてやっても良いぞ」
「はぁっ!?」
「アウレーリアさんっ!」

 大地の驚きの声と楓の非難の声が重なった。

「からかってる、んだろ?」

 アウレーリアのその幼い外見で結婚など犯罪だろうと、おそるおそる確かめる大地に、アウレーリアは答える。

「天人が長寿だということは知っておるな」
「うん、まぁ」

 アウレーリアの言いたいことが今一つ分からず大地はうなずく。

「天人にとって人の一生とは一炊の夢のようなもの。天人と人の間には子ができにくく、できたとしても人間の血に寿命が引っ張られる。そして天人と人の間に生まれた者は子を成すことができない」
「それは……」

 大地は言葉を失った。

「愛する伴侶の次に、またすぐ愛する子供まで亡くしてしまう。人を愛してしまった天人はその覚悟をしているということじゃ。愛する者と共に自ら死を選ぶ者もまた多い」
「アウレーリア!」

 思わず大地は叫んでしまう。
 しかしアウレーリアは何でもないことのように言う。

「天人が人に愛を口にするというのはそういうことじゃ。妾とて冗談では決して言えぬことよ」
「アウレーリアさん……」

 楓も言葉を失った。
 だがアウレーリアは笑って言った。

「まぁ、大地が誰を選ぼうとも妾は死なぬがな。妾は知識の探究者。いつか大地と永遠に出会えない時が過ぎたとしても…… 妾がそなたを憶えていよう」

 いつか必ず来る別離の時を口にしてなお彼女は微笑んでいた。

「心に焼き付いて消えぬ、その一瞬を永遠と呼ぶのじゃよ」

 それが彼女の強さなのだと大地は思った。

「今だけが今なのじゃ。十年後だろうが百年後だろうが、そんなものはただの未来に過ぎぬ」

 九七式中戦車チハは行く。

「……まぁ、この二日間は楽しかったな」

 大地は噛みしめるようにして言った。

「一生涯、忘れられないほど」
「そうですね、一緒に眠ったりご飯を作って食べたり」

 楓が身を乗り出して言う。
 そして、アウレーリアはエレンに向かって聞いた。

「エレン、そなたはどうであった?」

 エレンは戸惑い顔で視線を泳がせ…… そしてそっぽを向いて答えた。

「まぁ、あんたたちと一緒で、少なくとも退屈はしなかったわ」

 その様子に大地たちは噴き出した。憮然とした表情を浮かべていたエレンだったが、やがて諦めたように肩をすくめた。
 戦車は人や物資だけでなく思い出や魂も載せていくんだと大地は実感した。
 戦車がたどる道は一つでは無く、戦車の通った後がその戦車にとっての道になるのだ。

「帰ったら皆、何をする?」

 大地の問いに、楓は笑顔で答える。

「私はお風呂に入りたいですね。儀式のために禊はしましたけど、やっぱり温かいお風呂がいいです」

 アウレーリアはただ、

「肉と酒」

 と。
 大地は苦笑する他無い。

「エレンは?」

 大地が尋ねると、彼女は顔をしかめた。

「そもそも、あたしの扱いはどうなるの?」

 それは大地には答えられない問いだった。
 代わってアウレーリアが口を挟む。

「まぁ、悪いようにはならないであろう」

 彼女がそう言うなら問題は無いのだろう。
 そして楓は大地に尋ねる。

「大地さんは何をなさいますか?」
「そうだな……」

 大地は九七式中戦車チハの車体を一撫でして、こう答えた。

「やっぱりこいつを修理して、また戦車に乗るかな」

 大地と彼の大事な者たちを乗せて、九七式中戦車チハは行く。
 軽快なジーゼルのエンジン音と消音器からの排気を後に、九七式中戦車チハは行く。


  パンツァー・アンド・マジック 完



■ライナーノーツ

>「燃料となる重油が底をついたから大和に最後の燃料を託して送り出しただけじゃよ。その時点で長門や榛名、日向、伊勢などの戦艦はまだあって港に係留されていた。他の艦は空襲で水没したが長門だけは生き残った。これを大海竜に打ち勝ち外洋に出る手段として用いようと準備が成されているのじゃ」

 日本帝国海軍と言えば、この方の同人誌は外せませんね。
史実で艦これ シャトーブリアンはワイン一択編 / ふれでぃわーくす

 なお、このお話では広島への新型爆弾投下と前後して日本は異界化、以降のアメリカ軍の空爆が無いため残存艦は史実と若干異なります。


> 足りなかった重油は日本中の船や港のタンクの底を掬うようにしてかき集められ、更に秋田県や新潟県の油田から採取された貴重なものを加えて備蓄されていた。

 秋田県の油田というと八橋油田などですが、史実では1945年(昭和20年)8月14日夜間から翌日の8月15日の未明までにあった土崎空襲を受けて壊滅しております。
 しかし、前述のとおりこの世界では1945年(昭和20年)8月6日以降の空爆が無くなっていますから無事ということになります。


>先の関東大震災では国家機密だった最高速度を出してでも被災地に駆けつけ国民を守った長門を

 この辺は、前記の同人誌、「史実で艦これ シャトーブリアンはワイン一択編 / ふれでぃわーくす」で語られていますね。


>「だから、それを証明するために従軍看護婦に志願したわ。ヨーロッパでテキサス大隊と一緒にドイツ軍に包囲されたときはもう駄目かと思ってあたしたちも銃を手にしたけど、それを助けてくれたのは父さんたち日系アメリカ人で構成された第四四二連隊戦闘団だった。あたしたち二百十一名を救出するために、第四四二連隊戦闘団の二百十六人が戦死し、六百人以上が手足を失うほどの重症を負ったと聞くわ」

 これは史実どおり。
 第442連隊戦闘団 - Wikipediaの勇敢さを表すエピソード。


>「それに、男は満十七年、女は満十五年に至らざれば婚姻をなすことは得ず、であったか? もう大地は結婚できる年齢になっているのじゃから、ぐずぐずしているとトンビに油揚げをさらわれるぞ」

 戦前の民法では結婚できる年齢が男女それぞれ一歳下だった。
 戦後引き上げられたとも言える。


> 「天人にとって人の一生とは一炊の夢のようなもの。天人と人の間には子ができにくく、できたとしても人間の血に寿命が引っ張られる。そして天人と人の間に生まれた者は子を成すことができない」

 雄のロバと雌のウマの交雑種のラバなどもそうだが、これらの種は生殖能力を持たないものが多い。
 染色体数が異なるため、とも言われる。


 以上、ここまでおつきあいくださいまして、ありがとうございました。


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