「パンツァー・アンド・マジック」
終章 帰還−1
東海道を、砲塔を失った九七式中戦車チハが行く。
大地とエレンは肩を並べ、車体に丸く開けられた砲塔受けの穴に足を突っ込んで縁に腰かけていた。
エレンが戦勝祝いにと持っていたアメリカ軍の戦闘食糧、防水のために蝋引きされた紙箱に入ったKレーション、三食一日分を開けてくれたので、中身を四人で分け合いつまみながら進む。
エレン曰く、蝋引きされた紙箱は防水ケースとして使用できるとあるが、実際には良く燃えるのでレーションの加熱用の燃料にされたという。
とは言っても入っていた粉末コーヒーや粉末スープは車上で調理する訳には行かない。
いや、できるかも知れないが炎で装甲を炙ったら鋼が焼きなまされ劣化する。
火災を起こした車両が再生不能になるのはそのためだ。
しかし、その他の内容物は楽しめた。
ハムエッグやらビーフ・アンド・ポークローフといった缶詰に、クラッカーにシリアル、フルーツバー、チョコレートバー、バニラキャラメル。チューインガムや煙草まで入っている。
ガムの原料は軍需物資だし実際、各種応急修理にも使うことができる。
また、アメリカの煙草といえばいわゆる洋モクと呼ばれ戦前から日本では超高級煙草だった。
何とも贅沢なものだといえる。
その豪華さに大地は目を見張った。
「凄いな」
「そう? 前線の兵士たちからは恐怖のKレーションって陰口を叩かれていたものだったけど」
エレンはガムを噛みながら言う。
「この内容でか?」
大地は自分の耳を疑い聞き返した。
こちとらこの状況で出せる食べ物と言ったら西洋の軍用ビスケットを改良して作った日本帝国陸軍伝統の非常食、乾パンと、それに添えられた金平糖ぐらいしか無いというのに。
「必要な栄養は足りているっていうけど、満腹するのには程遠いし、何よりメニューが固定で単調なのがね。さすがに毎日これだと飽きるわよ」
もっともらしい話だが、それでもアメリカ軍は恵まれていた方だと大地は思った。
実際、大地たちの今日の昼食は一つ一合の握り飯と福神漬けの缶詰だけだった。
麦を混ぜると腐敗が早いため握り飯は白米だけで炊いた銀シャリなので食感は良かったし、具は殺菌作用を持ち、汗で失われる塩分を補給し身体が攣るのを防止できる梅干し。
そして同じく痛みを防止するため表面にまぶした塩が味付けになって疲れた体にはちょうど良かったが、アウレーリアには不評で福神漬けを口にしながら、
「妾にカレーを食わせよ!」
と迫られた。
夕食はとにかくある食材で工夫しないとエレンはともかくアウレーリアにまた不満をぶつけられそうなのが悩ましい。
「名古屋コーチンで有名な名古屋の周辺は養鶏が盛んだったから、何とか鶏を分けてもらって絞めれば……」
大地は猟師の家の生まれだから、鳥を捌くことも手慣れたものだ。
「できるなら卵も手に入れば親子丼ができるな」
名古屋出身の者に聞いたところだと飯を卵かけごはんにしたものに乗せればなお美味いという。
そいつは黄金の親子丼と呼んでいたが。
まぁ、それが無理でも簡素に焼き鳥でも良い。
あれは酒の肴としても優秀だが、飯にも良く合う。
炊きたての麦飯の上に串から外して乗せ、好みで七味をかけてやれば焼き鳥丼になる。
「卵が手に入るならオムレツ作るわよ。トマトとモッツァレラチーズ、とは行かなくてもプロセスチーズならあるし」
エレンがKレーションに入っていた缶詰の内の一つを手にして言う。
「そんなものまで入ってたのか」
大地は感心する他無い。
しかし、
「あ、そう言えばコンビーフも持ってたっけ」
エレンは何やら思い出した様子で身に着けていた鞄を探ると缶詰を取り出す。
「こんびいふ?」
「ええ、加熱した塩漬け牛肉をほぐしたものだけど」
「それは肉と馬鈴薯の甘煮に使えるな。ジャガイモと玉ねぎはあるし」
大地が言っているのは後に肉じゃがと呼ばれるようになった料理のことだ。
軍隊が発祥という説があり実際陸軍のレシピ集である『軍隊調理法』の中にも載っている。
こんにゃくはこの際省くとして、なかなかに美味そうだった。
それはともかく、
「姿、元に戻って良かったな」
大地はエレンに向かって言う。
エレンの姿形は京都を脱したせいか、伸びた髪以外は元に戻っていた。
「うーん、まだ犬歯が伸びたままのような気がするけど」
エレンは真剣な面持ちでその歯先を指で突きながら言う。
「別に可愛いから……」
「あたしを可愛いって言うな!」
大地の言葉は顔を赤くしたエレンに遮られる。
興奮したせいか犬の耳がにょっきりと伸びていた。
男好きする外見と違って、何とも初心な彼女だった。
「ま、まぁ、耳やしっぽは戻ったし、何とか国には帰れるでしょ」
取り繕うように言うエレンの耳は長いままだったが。
しかし、その発言に大地は瞳を細めた。
「国、か…… アメリカに戻るんだな」
大地はそう言いながらも寂しさに似た心の痛みを感じていた。
だがそこに、操縦手席のアウレーリアから声が掛けられた。
「アメリカに帰ると言っても、どうやって海を渡るつもりかえ? 日本の周囲は大海竜が出没し外洋に出ようとすると船ごと沈められるぞ」
幸い水深の浅い近海なら弱い物の怪しか出ないため、一般の漁船は神官の神通力や僧の法力で守られてさえいれば大丈夫なのだが。
なお、帰国者を乗せた復員船が戻るのは不思議と大丈夫で、この辺は乾将軍が力を振るっていたということかも知れなかった。
「来るときはローマ教皇庁から借り出したありったけの聖遺物で守られた戦車揚陸艦を使ったんだけど、それでも力が足りなかったのかやられて。陸地まで何とかたどり着くのがやっとだったから、帰りは使えないわね」
エレンは考え込んでから九七式中戦車チハの車内を覗いた。
「カエデ、あんたの力でどうにかならない?」
「私、ですか?」
楓は申し訳なさそうに告げた。
「これからはしばらく私も大変なんですよ。乾将軍には仮の塚を作って鎮まってもらいましたが今後のことを考えると本格的なお社を建てないといけませんし、そもそも国を挙げての呪詛を鎮めるんですからこちらも国を挙げて行わなければなりませんし、私に限らず神職にある者は手が離せません」
それに重ねてアウレーリアが口を挟んだ。
「九州にある次元振動弾も回収して処理せんといかんからなあ」
「次元振動爆弾!? まさか……」
険しい表情を浮かべるエレンに、アウレーリアは言った。
「あくまでも研究材料じゃよ。もしかすれば、平和利用に応用できるかも知れん」
そう伝えて教え諭すように言う。
「どんなものにも功罪はついてまわる。ダイナマイトを作ったノーベルも悩んだ末、死後ノーベル賞を遺したのであろう? 科学とはそういうものじゃ」
「むぅ……」
困惑するエレンに、アウレーリアは提案する。
「まぁ、しばらく待ってくれれば横須賀港の戦艦長門が復旧中じゃから、これに乗って出国することもできようぞ」
■ライナーノーツ
> エレンが戦勝祝いにと持っていたアメリカ軍の戦闘食糧、防水のために蝋引きされた紙箱に入ったKレーション、三食一日分を開けてくれたので、中身を四人で分け合いつまみながら進む。
Kレーションについては私は昔のコンバット・マガジンの記事で知りましたが、今なら、
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