「パンツァー・アンド・マジック」
第六章 鉄壁に挑む−3
大地はつぶやく。
「悪霊に取り憑かれても戦車の操縦は覚えてるって訳か?」
説明はアウレーリアがしてくれた。
「悪霊は生者に取り憑き次第にその魂を侵食して行く。最後まで食われれば、その者の知識や経験まで貪り取られる訳じゃ」
乾が宣言する。
「貴様らが逆らうと言うのなら、我が手駒となったこれらを倒して見せよ! さもなくばこの怒りの前に消え去れ!」
「全速後退!」
大地が指示を出すと、すぐさま操縦手席のアウレーリアが変速機を後退に入れアクセルをベタ踏みで急速後退をかける。
九七式中戦車チハはつんのめるようにして地面を蹴立てながら後退した。
「小刻みに左右に車体を振りながら下がってくれ。チハの装甲は敵戦車砲に耐えられるようにはできてはいない。装甲の無い乗り物に乗っていると思え」
九七式中戦車チハの最大厚さ二十五ミリの装甲は敵弾を逸らして弾くために傾斜角が付けられて組み立てられている。
細かいことに装甲を止めるボルト一つ一つまで円錐状にヤスリがけされ少しでも命中弾が引っかかりにくくしようと注意が払われていた。
しかしながら、そういった工夫も貫通力の高い外国の戦車砲の前には無力だった。
直撃を受けたら容易く貫かれてしまうだろう。
「了解だ」
アウレーリアは操縦手席の左右に突き出た操向ハンドルを操り、車体を右に左に機敏に曲がらせながら後退させる。
その間に大地は展望塔のハッチを閉じ、戦車砲を構える。
右手で一式徹甲弾を装填。
「装填完了!」
肩あてで微調整ができる九七式中戦車チハの戦車砲は、砲塔が固定されていても横方向左右各十度の射界を取れる。
それによって左右のぶれを身体で吸収し、照準器を覗き込むと二千メートルまで二百メートルごとに振られた目盛と二倍に拡大された敵戦車が映し出された。
「敵戦車は同型が五両、一列横隊で前進中」
大地は敵の戦力を確認した。
隊列を組んでこちらに向かって来る。
向こうでもこちらに砲塔を向けていた。そして閃光。
「敵戦車発砲!」
大地が叫ぶとほぼ同時に敵戦車砲の弾が音を立てて通り過ぎ、九七式中戦車チハの後方に着弾する。
衝撃で土砂が舞い上がり降りかかってきた。
「七十五ミリ戦車砲よ。こんな軽戦車、まともに喰らったら一撃で吹き飛ぶわよ!」
エレンが叫ぶ間にも、五両のM4シャーマン中戦車から次々に発砲され砲弾が音を立てて降り注ぐ。
鉄の塊が音速の二倍の速さで次から次へと飛んで来るのだ。
その威圧感はもの凄い。
「砲に力があるな。中戦車って、あれでか?」
九七式中戦車チハと比較すると絶望的な格差が感じられた。
「確か重量は三十トン以上だったかしら」
エレンの言葉に、大地は思わず叫んだ。
「こっちの倍かよ!」
装甲も砲の威力もそれに応じたものがあるということだった。
しかもそれが五両だ。
「まともにやり合って勝てる相手じゃないな。全員揃って棺桶に足を突っ込む羽目になる」
それではこちらが対戦車能力を持たせるために貫通力の高い長砲身の戦車砲を搭載した新砲塔チハだったら良かったか?
それとも相対するM4シャーマン中戦車と同様に七十五ミリの戦車砲を積んだ三式中戦車チヌだったら良かったか。
大地は違うと考える。
無意識に懐のハーモニカに添えられる手。
少年戦車兵学校で友と訓練に汗を流した九七式中戦車チハ。
こいつだからこそ、できる戦い方がある。
エレンが自嘲するように言った。
「スリル満点ね。カエデがイヌイを何とかするまで、この軽戦車で粘ることができるの?」
だが、大地はふんと鼻で笑う。
「不可能だとでも?」
息を飲むエレンに大地は告げる。
「チハは中戦車だ。それに、別にあれらを倒してしまっても構わないんだろう?」
そんな大地に対し、アウレーリアは警告する。
「それはどうかと思うがの。楓も申しておっただろう。乾将軍は既に祓うことはできぬ、祀り鎮めるしかない存在だと。戦うことに意味はあるのかえ?」
大地はうなずく。
「それは分かっている。だが、乾将軍は言った。自分に逆らうと言うのなら、乾将軍の考えに従えないと言うのなら、あの戦車たちを倒して見せろと」
それは乾が大地たちに与えた試練なのではないか。
「俺は、俺の選択が間違っていないことを乾将軍に伝えるためにこそ戦って勝って見せたいと思う。それが乾将軍へ答えることになり、また一人で頑張っている楓の助けになるのだと信じる」
しばしの沈黙の後、アウレーリアは言った。
「それがそなたの選択か。ならば妾はそれを見届けねばならぬな」
アウレーリアらしい婉曲な、しかし大地を信じてくれる言葉だった。
エレンもまた、うなずいてくれる。
「まぁ、あたしは最初からあいつをぶん殴るつもりだったから、ダイチがやるというならそれに乗るわ」
ウインクを一つ。
「まるで悪から世界を救う勇者みたいで格好いいじゃない」
そう軽やかに言ってのけるエレンに大地は肩をすくめる。
「悪党をやっつけただけで世界が救われるのは、おとぎ話の中だけだぞ」
現実というものはそんなに単純にはできていない。
もちろんエレンだって分かっているはずだ。
そう話す間にも砲弾が音を立てて飛んで来る。
「派手に撃ってくれるわね。当たったらどうするのよ」
エレンがぼやくが、
「大丈夫だ。戦車は停止して撃たなきゃ当てられないもんだ」
大地は半分、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
彼の言うとおり戦車は本来、静止した状態でしか目標に砲を当てることができない代物だった。
走行による揺れが正確な砲撃を狂わせるのだ。
距離を詰めている間に撃つのは威嚇にはなるがそれ以上にはならない。
停車したら警戒だ。
■ライナーノーツ
> 九七式中戦車チハの最大厚さ二十五ミリの装甲は敵弾を逸らして弾くために傾斜角が付けられて組み立てられている。
> 細かいことに装甲を止めるボルト一つ一つまで円錐状にヤスリがけされ少しでも命中弾が引っかかりにくくしようと注意が払われていた。
これらの話は、