「パンツァー・アンド・マジック」

第四章 予兆−3

「何とか片付いたな」

 餓鬼がすべて殲滅されたことを確認し、大地は砲塔上部に設けられた展望塔のハッチを開く。
 飛竜の牙の兵士たちも、役目を終えたことが分かったかのように崩れ去ってしまっていた。
 こんな風に異界の化け物に襲われる危険があるため、現状では都市部の復興は自衛できる戦車隊に任されるのだ。
 民間の建築業者が立ち入れるのはもっと後、安全が確保されてからだろう。

 日本帝国軍人は従来、敵兵と戦うために技量を磨き続けていた。
 命令に従い、黙々と任務をこなす。

 だが、今の軍人たちは違う。
 砲の扱い、射撃の技量、車両の操縦、かつて戦争のために学んだ様々な技術を、異界化した日本で生き抜くために使う。
 同じなのは国民を守るために軍が在るということだけだ。

 そして大地は今の境遇に不思議と充実感を覚えていた。
 厳しい環境下にあったが、敵兵を殺すために技を振るうより、人々を守るため異界の化け物と対峙する方がよほどやりがいがある。

 と、不意に車体左前にある機関銃手兼通信手用のハッチが開いて、楓が顔を出した。

「おかしいですね」
「何がだ?」

 大地の問いに、楓は答える。

「この地を取り巻く怨念が薄過ぎます」
「うん?」
「名古屋は空襲で十五万人以上の人が亡くなっているんですよ。大異変で霊気の密度が高まり、悪霊や魑魅魍魎が生じやすくなっている現状では、常人なら即死するほどの怨念が凝り固まっていてもおかしくはないのに」

 餓鬼が現れる程度では済まないということか。その声は深刻な思いを感じさせるものだった。

「熱田神宮のご加護でもあるんじゃないのか?」

 大地は名古屋ということで、思い浮かんだことを言ってみる。
 名古屋にある熱田神宮は三種の神器の一つ、草薙剣を祀る神社で伊勢神宮に次いで権威ある神社だと言われている。
 しかし大地の考えは、楓によって否定された。

「熱田神宮の社殿は空襲で焼けています。再建はまだのはず」

 格式の高い寺社を再建するには、それに相応しい手間と時間がかかると聞く。
 空襲で焼けた都市部がなかなか復興できないのは、そのために神官や僧侶の守護が十分に受けられないからなのだろう。
 そして楓はつぶやいた。

「まさか人蠱?」
「じんこ?」

 楓の言葉の意味が分からずつぶやいた大地に、アウレーリアが説明してくれる。

「人を素材にした蠱毒じゃよ。器の中に多数の虫を入れて互いに食い合わせ、最後に生き残った最も生命力の強い一匹を用いて呪いをするというのが知られておるが、人の怨念を収集して行う外法が存在するらしい」

 アウレーリアの声には嫌悪感が滲んでいた。

「そんな外道を行うやつが居るのか」

 大地は思わず顔をしかめる。

「大地さん……」

 楓の声は何故か辛そうだった。



「京都に行く? 正気か貴様ら」

 名古屋に駐在する戦車連隊の本部にあいさつに向かった大地たちに向かって言われたのは、そんな驚きの言葉だった。
 連隊長自ら迎えてくれたのだが、これはどういうことなのか。

「連隊長殿、それは一体?」

 大地の問いに、岩を刻んだような顔つきに頭髪と鼻の下にたくわえた髭の白さが経た年月の長さを感じさせる年配の連隊長は説明してくれる。

「ああ、昨年の夏に起こった大異変だがな、西に行くほど状況は酷いらしい。中でも京都はその中心地と言われておるのだ」
「京都が?」
「そうだ。異界の化け物、そして魑魅魍魎がはびこり何度か送った軍の調査隊も街の中心部にたどり着くことすらできず戦力のほとんどを失った。辛うじて逃げ帰った者も強烈な怨念に晒されたためか心的障害を受け、魂を抜かれた者も居るという」

 俯き加減だった顔を上げ、

「あの街は…… 人を喰う」

 噛みしめるように言う。

「無論、住人も居ない。そんなところに何をしに……」

 そう語る連隊長だったが、それにはアウレーリアが答えた。

「それを確かめるために、我々は行くのですよ」
「君は?」

 その問いかけに、アウレーリアは笑みを浮かべて答えて見せた。

「日本政府に協力をさせてもらっておる天人で、アウレーリア・バーゼルトと申します」
「天人…… そうですか、貴女が」

 銀の髪に紫の瞳の磁器人形のような幼くも美しい少女。
 顔を合わせたときから彼女を訝しげに見ていた連隊長が納得の言葉を漏らす。
 ついでにエレンのことも同様と思い込んでくれた様子だ。大地たちは手間を省くため敢えて誤解は解かなかった。
 そしてアウレーリアは続けて言った。

「今回の件は勅命じゃ。大異変がなぜ起こったか。中心地たる京都へ調査のため陛下からのご命令で向かっておるのじゃ」
「勅命!?」

 そんなことは聞いていない大地は上官の前だというのに思わず叫んでいた。

「し、しかし中戦車一両でかね」

 信じられぬと言った様子の連隊長に、アウレーリアは楓を示して言った。

「そのための、彼女じゃ」

 楓は前に進み出ると名乗った。

「荷田楓、稲荷大明神の巫女をしております。私がおりますので、京都まで行けるだろうと判断されました」

 ただ、と楓は説明を続けた。

「不測の事態が生じた場合に、私が守護できる範囲は限られますので」
「それで戦車一両の少数精鋭での潜入か」
「はい」

 連隊長は大地たちに向かって言う。

「了解した。貴官らの武運を祈る。燃料と弾薬、食料をくれてやるから、積めるだけ持って行け」
「はっ」

 大地は敬礼でそれに答えるのだった。



 再び九七式中戦車チハに乗り込み東海道、国道一号を一路京都へと向かう大地たち。

「大異変による日本の異界化って、アメリカ軍の新型爆弾によるものじゃなかったのか」

 大地は疑問を口にした。
 西暦一九四五年の八月六日、広島にアメリカ軍の試作爆弾が投下され、それ一発で十万人近くもの死者を出したという。
 大異変が起こったのはその直後だった。
 だから大異変はフィラデルフィア・ボンバーと呼ばれるアメリカ軍の新型爆弾によるものと噂されたものだったが。

「確かにね。合衆国じゃあ、開発した新型爆弾にそういった作用があるんじゃないかって問題になってたわ」

 エレンもそう言葉を重ねる。

「大異変が起きたのは日本の霊的均衡が崩れたせいじゃ。新型爆弾による被害は直接の原因ではない」

 含みを持たせた口調でアウレーリアが大地に答える。
 彼女がこう言うなら、直接の原因ではなくても間接的な原因ではあるのかも知れないということだろう。
 ともあれ、

「その答えが京都にあるっていうんだな」

 そういうことで間違いはなさそうだ。

「元々、当時の帝が怨念やら呪詛やらを避けるため遷都してきたのが平安京、現在の京都という街です」

 楓が京都について教えてくれる。

「風水に基づいて構成された街には初めから結界が敷かれていてよほど強力な物の怪の類でないと出入りできなくなっているのですが、そこが化け物の巣になっているということは京都で何かがあったということではないでしょうか」

 楓の意見に、アウレーリアが補足する。

「まぁ、歴史をひも解けば、せっかく結界を敷いたものの、都を遷して以降、内部では呪法が真っ盛りで今度は外に出られない怨念が少しずつ淀んでいったとも言われておるがな。ともかく、日本で一番呪法が盛んな歴史のある場所であり、だからこそ大異変の元凶と考えられておるのだ」

 難しい話に大地はため息交じりに言った。

「この調子で進めば京都には今日の昼過ぎには着く予定だ。そうすればすべてが分かるだろう」

 まぁ、その前に東海道の中で箱根峠と並んで国道一号有数の難所と言われるほど険しい鈴鹿峠を越えなければならなかったが。
 いや、観光地である箱根と違って休憩できる場所が一切無いこちらの方が厳しいか。
 その上、三重と滋賀をまたぐ鈴鹿山脈は、これから向かう三重県側の方が勾配がきつい。

「この道は地獄に続いているのかも知れぬぞ」

 行く先を眺めてそうつぶやくアウレーリアに、大地はこう答える。

「地獄の味なら知っているさ。俺たち戦車兵は恐ろしく苦いそいつを噛みしめることで、戦いの牙を研ぎ澄ませてきたんだからな」



■ライナーノーツ

> まぁ、その前に東海道の中で箱根峠と並んで国道一号有数の難所と言われるほど険しい鈴鹿峠を越えなければならなかったが。

 この辺は、自転車で両方の峠を越えるマンガ、

 の描写が参考になります。
 今どきの車やバイクは性能が上がっているためチハでこれらの峠を通るのがどれぐらい難しいか分かりませんが、自転車なら体感できるというわけです。
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