「パンツァー・アンド・マジック」

序章 異界、大日本帝国−4


「……日本帝国陸軍陰陽将校、乾将軍」

 その名には、耳にしただけで大地の腹にずしりとした重みを感じさせるような何かがあった。
 そうして、それを口にしたアウレーリアが見た目どおりの少女ではないことを実感する。
 アウレーリアは笑いを含んだ声で問う。

「大地」

 空気が変質したかのように粘り、大地は返事をすることはおろか呼吸をすることすら困難になる。

「怖いか?」

 何が?
 いや誰が?
 少女の姿をした何かが見せる、ぱっくりと口を開いた深淵。
 それが本当のアウレーリアなのだろうか。

 だがしかし、大地は言う。

「怖くない」
「ほう?」
「お前が口にした名の持ち主も、そしてお前も、俺と違う。それだけは分かる」

 理屈では無く肌で感じ取れる。

「ふむ? しかしそれがすべてではないのかえ? だから人は異物を排斥する」
「日本帝国陸軍を舐めるな」

 アウレーリアが目を見開いた。
 大地は腹に力を込める。

「少年戦車兵学校は全国から選抜された生徒が集まるからな、分かる。方言でしゃべられたら同じ日本人だって言葉が通じない。分からないことをしゃべっている相手を見ると疎外されたような気になる」

 だがしかし、

「でもあいつらは俺を友と呼ぶし俺だってそう呼ぶ。違っていることは当たり前で、避ける理由にはならない」
「……そうか」
「天人は神に近い者だと聞いた。日本には八百万の神が居る。今更一人多くなったって俺は気にしないし、日本人なら誰も気にしないだろ」

 ふっとアウレーリアから発せられていた空気が緩んだ。
 彼女の口元に浮かぶのは微笑みか。
 それを待っていたかのように楓が言う。

「私たちだけでは運べそうにありませんから、大本営を呼びますね」

 楓は車体左正面に装備された機関銃の下にある無線機に、喉頭マイクから伸びたコードを接続すると受話器を耳に当てる。
 そうして専任の無線手を必要とするほど扱いが難しい無線機を何とか操作して、長野県埴科郡松代町の山中に掘られた松代大本営を呼び出した。

 西暦一九四五年、広島へのアメリカ軍新型爆弾投下と前後して起こった大異変により、日本は異界の生物が跳梁跋扈する魔界と化した。
 大戦で戦闘能力を喪失したところに襲った大惨事に、どうにもならなくなった日本政府は諸外国に救助を求めるため降伏した。
 だがしかし、日本の本土に向かったアメリカ軍の航空機や艦艇のことごとくが異界の魔物に襲われ壊滅。
 ここに至って、アメリカは日本への上陸を断念した。
 以後、海上閉鎖を行うだけに留めることとなる。
 日本は世界から隔絶された孤島と化していた。



「ふむ?」

 己の操る式神が消されたことを知った男は笑った。
 人気の絶えた京都の街、明治の時代に廃止されたはずの陰陽寮、復元されたそこに、その姿は在る。
 日本帝国陸軍の将官服姿。
 しかし髭は無く、顔は死人のように白い。

「天人か。食えぬ者が現れたものだ」

 言葉とは裏腹に、その声には面白がるような響きがある。

「だが、飛竜を斃したのはあの者では無い。術者の庇護を受けた者が別に居る。将門公を討ち取った藤原秀郷のように」

 平将門公は平安時代、新皇を名乗り時の帝と朝廷に反旗を翻したことで知られる人物だ。
 その調伏のため朱雀天皇の密勅を受けた寛朝僧正が、京の高雄山護摩堂にあった空海作の不動明王像を奉じて東国へ下り下総国公津ヶ原にて不動護摩の儀式を行った。
 将門公はそのために藤原秀郷らに討たれたという。

 男は同様な宿命をあの戦車兵、畑野大地に見出したのか。
 くつくつと男は笑う。

「我を倒すか? 良かろう相手になろう」

 酷く楽しげに、男はつぶやいた。



■ライナーノーツ

> 楓は車体左正面に装備された機関銃の下にある無線機に、喉頭マイクから伸びたコードを接続すると受話器を耳に当てる。

 この辺の内部機構は今なら、

 が分かりやすいですね。


> そうして専任の無線手を必要とするほど扱いが難しい無線機を何とか操作して、

 この辺の当時の事情については、
ガルパン戦車読本 Ausf.B 大洗女子学園編 PANZER KAMPFWAGEN IV “DIE SIEGESSAULE” / Gewalt

 を読んで知りました。
 ガルパンに関する戦車知識を得るための同人誌としては定番なので、読んで損は無いと思われます。


> 日本帝国陸軍の将官服姿。

 将校准士官の軍服は自弁、つまりオーダーメイドです。
 みなさん、おしゃれに工夫されていたそうです。


ヒロインのキャラクター作りについて

 ヒロインはギャップで魅せるのがラノベのお約束です。
 この本の考察などが非常に参考になるのですが、例えば「美人なのに中身は物凄いオタク」などという残念系ヒロインなんかがそうですね。

 私は最初、日本戦車に女性、日本戦車に巫女さんというだけで十分ギャップがあるので、アウレーリアは物言いに相応しい年上の妖艶な女性、楓はいかにも巫女さんというあえてひねらないキャラ付けで書きました。
 その方が話全体のバランスが取れるだろうと思ったからです。

 しかし、このプロトタイプ(まだ主役戦車は九五式軽戦車ハ号でした)のお話を試しにとある新人賞に応募したところ、編集者の方に「キャラの性格にはもっと意外性がほしい」と言われてしまいました。
 そこで全面改稿してアウレーリアはロリババァ、楓は神がかり的に聡いのに主人公に対してだけへっぽこという極端なキャラにして違う新人賞に応募したところ、キャラはよくできているという評価で最終選考まで行けたわけです。

 これはどういうことかというと、ラノベを書くならバランスを取るなんて遠慮をしてはいけないということです。
 同じような完成度のお話があったとして、片方はスタンダードでひねりの無いヒロイン、もう片方は意外性のある捻った、読者の印象に残る尖ったヒロインであるなら、後者の方が強いわけです。

 また、日本戦車というマイナーな題材を使っているからこそ、その他の部分は、ラノベのお約束に沿って書かなければならないということでもあります。
這いよれ!ニャル子さん」なんかがそうですね。
 クトゥルー神話というマイナーな題材を扱っていますが、ヒロインのキャラ付けやお話の内容は過剰なくらいオタネタを散りばめたラノベのお約束に従ったものにしています。

 大切なのは、自分の好きな題材をラノベの形に落とし込むことです。
 その辺ができたため、全面改稿版では新人賞の最終選考まで行けたということかと思います。

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