【ネタ】機動戦士ボール(ファーストガンダム・記憶逆行)
 第一話 ボール、ジオンに起つ


 時は宇宙世紀74年。
 ジオン公国総帥、ギレン・ザビは、珍しく若干の困惑の表情を浮かべていた。
 彼の前、執務室の応接セットに座るのは、ローティーンの少女。
 艶やかな黒髪や整った目鼻立ちなど、将来性を感じさせる物があるが、それだけで執務中の彼が応対する事は無い。
 彼女がいくらジオン有数のサカキ財閥の令嬢だからと言ってもだ。
 しかし、彼女が持ち込んだ企画書が、無視できないものだったのだ。

「宇宙用作業ポッドの強化案、だったか」

 彼の手元には、あらかじめ送付されていたプレゼンテーション資料があった。
 宇宙世紀においても、利便性から紙と言うメディアは死滅していない。
 そこには新型宇宙用作業ポッド、ボールとその機体名称が書かれている。
 手元のそれに目を落とすギレンに、少女アヤ・サカキは頷いた。

「ご存知かも知れませんが、先日、私はスペースデブリによるシャトル事故に遭いました」

 その言葉を受けて、ギレンは少女の左手に巻かれた包帯に目を止めた。
 細い、子供の手だった。

「ああ、聞いている」

 何でも、目の前の少女は、負傷したクルーに代わって機位を失ったシャトルを導き、危機を乗り越えたと言う話だ。
 奇跡の様な行い。
 ずば抜けた空間把握能力。
 妹のキシリアがそれに目を付け、配下の機関が何やら動いている事も、ギレンは把握していた。

「そこで思い立ったのです。これからジオンの前には苦難が待ち受けているでしょう。それを思うと、公社で使われている作業用スペースポッドSP−W03はコクピットがガラス張りのグラスルーフ式。スペースデブリの恐れのある宙域では、あまりにも貧弱だろうと」

 ここで言う公社とは、少女の父が社長を務めるジオンコロニー公社の事だ。
 政府が百パーセント出資する国営企業。
 本来なら連邦政府がそれを管理するのだが、独立の機運が高いジオンでは連邦の支配を排除してしまった。
 その後を掌握したのが、サカキ財閥の当主。
 故に、社長令嬢に過ぎないはずのアヤがこうして企画に口を挟むことができる。

「それゆえの装甲化とカメラアイによる操縦系の設置か。しかしチタン合金製外殻の採用とは、やりすぎではないのかね」

 そのギレンの問いに、少女は年不相応な落ち着き払った様子で答えた。

「総帥、地球連邦に比べ我がジオンの国力は三十分の一以下です」
「む……」
「もっとも貴重なのは人材。しかもこの場合、保護対象は宇宙空間作業をこなす事の出来る有用な人材です。それを守る為でしたら、費用が多少嵩むぐらい惜しくは無いのです」
「ふむ」
「そして、有用な装甲材になるチタン合金の冶金技術において、我が国は遅れを取っています。ですから、まずは単純な球体構造を持ったこのポッドで技術を導入、ノウハウを蓄積したいと考えています。幸い、民需と言う事で、連邦のガードも固くありませんでした。サイド6、リーアを経由して技術供与の目処も付いております。財閥のお嬢様の気まぐれと思ってくれているようで」
「なるほど」

 内心、唸るギレン。
 現在開発中の人型機動兵器、モビルスーツの装甲材は、安価な超硬スチール合金を予定している。
 それは生産性を考えての事だったが、少女の言う通り、ジオンのチタン加工技術が劣っているという事もあった。
 ギレンの考え過ぎで無ければ、目の前の少女は、このプロジェクトを踏み台にして、チタン合金装甲材の技術をジオンにもたらそうと言うのだ。
 しかし、

「105ミリマシンガンと射撃管制装置が欲しい?」

 極秘とされたプレゼンテーション資料に描かれた球形の機体には左右下部に二本の作業用アームがある他に、天頂部に見覚えのある大型機関砲が据えられていた。
 そう、モビルスーツの手持ち武器として開発されている円盤型弾倉を備えた物だ。

「スペースデブリ処理用にぜひとも」
「しかし、これでは兵器だ」
「兵器にも使えるかも知れませんね」

 少女は涼しい顔をして言う。

「手札は一枚で何通りにも使えるのが望ましいのではないでしょうか?」

 少女の言葉に、ギレンの明晰な頭脳は、瞬時にこの札の使い道をいくつも考え付く。
 なるほど、有用な利用法がいくつか考えられる。
 しかし、

「説明してみたまえ」

 ギレンはこの少女の見識を確かめてみる事にした。

「あの、よろしいのですか?」

 年不相応な落ち着きを見せていた少女が、ここに来て初めて表情を崩した。
 ギレンの方を覗いながら、おずおずと聞いて来る。

「私の様な小娘が、いらぬ差し出口をきくような真似になりますが」
「構わん。遠慮なしに言いたまえ」

 それでも逡巡する様子を見せる少女だったが、思い切ったのか、一つ頷いて話し始めた。

「私は、コロニー湾口部の荷役や、コロニー補修作業用に配置されている現行のスペースポッドSP−W03を、すべて今回企画しているボールに置き換えるつもりです。それは、常時宇宙空間の実作業で訓練されている人員を、本土防空に利用できるということです。つまりその分、現在開発中と噂の次期主力機動兵器を本土防空に割り振らなくても良いと言う事になります。実質的に次期主力機動兵器の動員数を増やすことができます」
「ほう」

 確かに、少女が躊躇うだけあって、大した構想だった。
 この十二歳の少女が、国防を語る。
 差し出口、と当人が躊躇う訳だ。
 少女はギレンの反応を見て、自分の発言が不快と思われて居ない事を確認して、言葉を継ぐ。

「次に、戦場での工作機としての利用です。次期主力機動兵器が人型なのは、作業機械としても有用でしょう。しかし、だからといって工作部隊にそれを振り分けるのは、あまりにもったいないというもの。その作業を、このボールに任せてもらえれば、戦闘に振り分けられる機動兵器数が増加します。また、ボールは固定武装を持っていますから、敵性地域での作業でもある程度、自衛が可能です」
「ふむ、だが、この機体を作る分で、主力の機動兵器を増産した方がいいのではないのかね?」
「そこが、現行のスペースポッドの発展型であるこの機体の利点です。基本的にSP−W03の生産ラインが使えますので、次期主力機動兵器の生産に影響を与えません。資材的にも、現在のジオンで活用の目処が立っていないチタン合金系を使いますから、影響を与えませんし」

 重ねて、アヤは言う。

「また、融合炉を搭載しないこの機体は運用に冷却用ベッドを必要としませんから、搭載する艦船を選びません。標準規格の大型コンテナに収容が可能ですし、外付け用の簡易プラットフォームでの運用も可能です」

 その基本設計のプレゼンテーション資料を示しながら説明する。

「そして何より、構造が、操縦が、運用が単純なのが利点です」

 なるほど、資料によれば、機体のコスト、パイロット養成にかかるコスト、機体の運用にかかるコスト。
 どれを取っても、ギレンが知る次期主力機動兵器モビルスーツと比べ、四分の一以下に抑えられている。

「定年後のシルバー人材を使えるのが利点ですね。特にコロニー公社の現場でスペースポッドを使って居た人材なら、戦場での工作部隊にうってつけです。逆に本土での港湾作業にあたる人材は、学生のアルバイトが活用可能でしょうか」
「学徒動員まで考えるのか」

 鋭く切り込むようにギレンが睨む。
 少女は一瞬、身を固くしたが、あらかじめ覚悟の上の発言だったのだろう。
 臆する事無く言った。

「本土に連邦の侵入を許したら、その時点でジオンは降伏するしかないでしょう。本土防空戦力は牽制の為の存在であって、実戦には出ない物と考えますがいかがでしょうか?」

 ギレンはしばし考えを巡らし、頷いた。

「よかろう。ジオニック社とツィマッド社に話は通して置こう」
「よろしいので?」
「君は手札は一枚で何通りにも使えるのが望ましいと言ったが、次期主力機動兵器開発のカモフラージュにも役立つということだ」

 つまり、人型機動兵器の開発に手間取り、スペースポッドの発展型でお茶を濁していると思わせる手だ。
 そう、この日ギレンとジオンは、切り札を有効に使う為の見せ札を手に入れたのだった。



■ライナーノーツ

 ボールはアニメ機動戦士ガンダムに登場したモビルポッド。
 プラモデルも安価に出回っているので、買ってみるのもよろしいかと。
 立体モデルは二次元の絵とは違った良さのある資料、そしてイメージの源泉として役立ちます。

 最近のガンプラは接着剤も塗装もしないパチ組みでも、それなりのものが出来上がりますのでお勧めです


>しかしチタン合金製外殻の採用とは、やりすぎではないのかね

 ボール (ガンダムシリーズ) - Wikipediaを見ますと正史でのボールの装甲材は「超鋼合金ルナ・チタニウム」ということになっております。
「やられメカのボールの装甲がダンダムと同じ!? そんな馬鹿な」と思うでしょうが、これには訳がありまして。
 元々ボールの装甲材についてはどこにも資料が見当たらず、長らく不明となっていたのです。
 ところが最近になって1982年発行の『講談社のポケットカード8 機動戦士ガンダム モビルスーツコレクション』に「超鋼合金ルナ・チタニウム」という記載があったのが発見されました。
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 他に出典となる資料が無い以上、どんなにおかしいことでもWikipediaではそれが正となってしまい、訂正できなくなっているという。
 まぁ、「一部にルナ・チタニウム製もありました」と受け止めるのがよろしいのでしょうね。

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