月姫SS

『蛍狩りの前に』



「秋葉さま、入りますよー」

 そう言って部屋に入ってきた琥珀は、何やら荷物を抱えていた。
 着物?

「はい、浴衣です」

 やっぱり夏にはこれですよねー、と琥珀。
 兄さんと蛍狩りとはいえ、すぐそこに出かけるだけなのだし、そこまでしなくても、と思うのだけれど。

「さぁ、秋葉様」

 いつもの有無を言わさぬ笑顔。
 まったく……

 仕方なく、浴衣に袖を通す。
 青地の生地に、金魚の柄。
 帯は紅だったけど…… 兵児帯?

「なに言ってるんですかー、浴衣と言ったらこれですよ」

 そうなの?
 動くとひらひらと金魚のひれのよう。

「あ、ちょっと歪んでますね。やりなおしますから、秋葉様?」

 結び目をほどいて琥珀。
 な、何?

 それっ、というかけ声と共に帯を引く琥珀。
 不意をつかれ、独楽のように回されてしまう。
 こ、琥珀っ!
 くるくるとすん、とベッドに尻餅をつく。

「秋葉様、こういう場合は、『あ〜れ〜、お戯れを〜』って言ってくれなきゃダメですよ」

 意味不明なことを言う琥珀。
 何それ? という私の様子にため息を付く。

「……秋葉様には通じませんか」

 だから何で、そんな可哀想なものを見るような目で見るの。

「志貴さんなら、すぐ分かって下さるのに」

 兄さん!?

「……あ、秋葉様?」

 琥珀…… あなたまさか、兄さんと、兄さんとこんなことを……

「あ、あは〜、髪が赤いんですけど……」

 ゴゴゴゴゴゴゴ……







 ちぅーーーーーーーーっ!!

「はうぅぅぅぅ〜っ!!!」







「ずいぶん楽しそうだな。何をやってるんだ、秋葉と琥珀さんは?」
「さあ……」(姉さん……)




「はうぅ、酷いですよ、秋葉様〜」

 ご、ごめんなさい。
 時代劇…… テレビのことだったのね。

「もう、いいですからもう一度です」

 琥珀…… それはもういいから。

「何言ってるんですか、着付けの方ですよぅ」

 あ、そ、そうね。

「いいですか秋葉様、背縫いを中心に、共襟を合わせて……」

 琥珀?

「ちゃんと練習しておかないと、浴衣が乱れたときに直せませんよー」

 含みのある笑みを浮かべて。
 乱れた時?
 確かにちょっとした山道を歩かなければならないけれど、路面はしっかりしているし、すぐそこだから大丈夫だと思うけど。
 ………!?
 ま、まさか、

「ようやくお分かりのようですねー」

 ここ、琥珀、あなた何を……

「さぁ、秋葉様」

 にこにこと、本当に嬉しそうに笑いながら琥珀。
 ううっ…… 琥珀、あなた最近性格変わっていない?

「そんなことはありませんよー。ただ……」

 ただ?

「……志貴さんが戻ってから、変わられましたね、秋葉様」

 ………

「私も、翡翠ちゃんも、志貴さんと秋葉様…… お二人のお側で、末永くお仕えさせていただきたいと思っています」

 そう言った琥珀の顔は、いつものあの油断のならない笑顔ではなく……
 でも、それも一瞬で、すぐに隠されてしまう。

「さぁさぁ、急がないと、志貴さんがお待ちしてますよー」

 はぁ……
 琥珀、どうしてあなたがそんなに張り切るの?

「そんな事言って、秋葉様だって……」

 含みのある笑み。
 な、何?

「お風呂、入っていらっしゃったんでしょう? 志貴さんの好きな香りのシャンプーですねー」

 なっ!

「志貴さんのために、身体を磨いてたってわけですね」

 こっ、琥珀っ!?
 べ、別にこれは兄さんの為じゃなくて、昼間、汗をかいたから……

「あはー、図星のようですねー」

 くっ……
 だ、大体、何であなたが兄さんの好みのシャンプーを知ってるの!

「それはですねー、……バチカン第13課」

 そんな物騒な組織に調べられる覚えはありません。

「仕方がありませんねぇ。それではヒントです。……盗聴器」

 とうちょう…… 盗聴器!?

「あはー、ばれちゃいましたかー」

 ばれちゃいましたかって、そのものじゃない!
 琥珀、あなた……

「いやですよ、秋葉様。冗談に決まってるじゃないですかー」

 あなたが言うと、全然冗談に聞こえないわ。

「本当は、志貴さんに決めていただいたんですよー、どんな香りがいいか」

 なっ…… 兄さんに?

「はい、秋葉様がお使いになるボディーソープやら何やらまで一通り」

 な、なんでそんな……

「それはもう、料理人としましては、出来る限り志貴さんに美味しく頂いて欲しいですから。味付けにも盛りつけにも気を遣うのは当然です」

 あ、味付け盛りつけって、まさか『注文の多い料理店』っ!?

「ええ、秋葉様はお風呂に入る度に、志貴さんに頂いてもらうための香料を自分で擦り込んでいたってわけです」


 〜っ!?


「あはー、秋葉様、真っ赤ですねー。これですっかりできあがりです」



HAPPY END



■ライナーノーツ

蛍狩り』がラブかゆ過ぎるので、ギャグをくれというご要望に添って書いたものです。


> あ、味付け盛りつけって、まさか『注文の多い料理店』っ!?

 宮沢賢治ですね。

 時代を超えて読み継がれている名作です。
 未読の方は一度読んでみると良いかも。

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