この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
スクーターを停めると、そこは一面のススキの原でした。
「うわーっ!」
歓声を上げながら、相沢さんのアクシスのタンデムシートから飛び降りる真琴。
ススキを掻き分けて走り出します。
「良く知ってたな、こんな所」
そう仰る相沢さんに、笑って答えます。
「最近は地球温暖化とかで、こんな山の方にでも出向かないと、十五夜の時期に丁度良いススキが手に入りませんから」
「毎年来てる訳か、さすが天野、おば「日本文化を大切にしていると言って下さい」……むぅ」
何でお月見を欠かさずやっているぐらいで、オバサン呼ばわりされないといけないんですか。
本当にこの人は…… 誘ったのを少し後悔してしまいます。
「ほらー、見て見てーっ」
夕日の中、金色に輝くススキの中で、両手を広げて歩く真琴。
丁度、Gジャンを着ていますから、
「……『その者、蒼き衣を纏いて金色の野に降り立つべし』ですか?」
「ナウシカかよ!!」
美汐のスクーター日記
『月はいつもそこにある』
「うん、すっかりいい頃合だな」
相沢さんの仰る通り、家に帰り着く頃にはすっかり日も暮れ、中秋の名月、十五夜がぽっかりと空に浮かんで居ました。
キーを捻ってスクーターのエンジンを止めるとライトも消え、月がよりくっきりと見えるようになります。
「それでは相沢さん、ススキの方、頼みます」
取ってきたススキは相沢さんに任せ、私は縁側にお月見の準備をします。
ススキを飾るための花瓶と、お団子を出して。
「月見団子か」
「ええ、家を出る前に用意して置きましたから」
相沢さんは縁側に腰掛けると、ポケットからナイフを取り出して、それでススキを丁度良い長さに切りそろえてくれました。
「スパイダルコですか」
相沢さんが自分のポケットから取り出したのは、片手で開くためにブレードの背に開けられた、大きなサムホールが特徴的な折りたたみのナイフでした。
「アンビシャスな。昔はシースナイフも使ってたんだが、今はこれだな。シースナイフは転んだ時危ないから」
「そうですね。鞘つきのシースナイフは折りたたみナイフより頑丈ですが、スクーターに乗っていて、万が一転倒したりすると、ナイフの先が鞘を突き破ったりして危険ですから」
「ああ、そういうのもあるし、ナイフに限らず腰周りにゴツゴツした物を付けとくと、転んだ時にぶつけて骨を痛めるからな。スクーターに乗る時は避けた方がいい。カウボーイも、今じゃ折りたたみのフォールディングナイフを使ってるって話だし」
そんな話をしていると、真琴が割り込んできました。
「えー、でも漫画とかだと腰の後ろに身に付けたりとかしてるよー。格好いいと思うけど」
「それが一番危ないんだよ。転んだら背骨傷めるぞ」
苦笑いされる相沢さん。
「走り高跳びの背面跳びで、失敗してバーの上に落ちてみれば分かるけどなー。特に竹のバーで背骨をゴリリとこすって見ればな」
それは確かに痛そうですね。
それにしても相沢さん、背面跳びなんてできたんですね。
「ああ、中学の時、陸上部の奴に教えてもらってな。コツさえ掴めれば結構簡単だぞ、アレ。それに……」
ごろんと、縁側に大の字に寝そべって。
「跳んだ後、こんな風に寝転がって空を見るのが気持ちいいんだ」
太陽と月。
昼と夜の違いはあるでしょうが、夜空を、月を眺める相沢さんの目は細められていて……
「こら真琴!」
月見団子をつまみ食いしようとした真琴の手を叩くのでした。
「あぅっ、べ、別に1つぐらいいいじゃない!」
「1つどころか鷲掴みにしてるじゃねーか」
「あぅ〜っ」
仕方ありませんね。
「いいんですよ、相沢さん」
「天野……」
「お月見泥棒と言いまして、子供はこの日に限って、お月見のお供え物を盗んでいいんです。子供達は月からの使者と考えられているんですよ」
地方によっては「お月見泥棒です」などと声をかけて家を回り、お菓子をもらう風習が残っている所もあるそうで。
「日本版ハロウィンみたいなもんか」
「そうですね」
「ほら、美汐もいいって言ってるじゃない」
「ああ、そうだな。『子供は』盗んでもいいんだもんな、『子供は』」
「あぅ…… じゃ、じゃあ、真琴は今だけ子供!」
「都合がいいな、オイ! いつもは子供扱いすると怒るのに」
「祐一だって、いつも真琴のこと子供扱いするじゃないのよう!」
「……本当、仲がいいですね」
「「どこが!!」」
こんな所が、ですが。
「そう言えば、相沢さん、来月…… 旧暦の九月十三日の晩も、空けて置いて下さいね」
「ん? 何かあるのか?」
「月見ですよ。十五夜は元々中国で行われていた行事が伝わったものですが、日本では古来、旧暦九月十三日の十三夜もまた美しい月であるとされていたんです。一般に十五夜に月見をしたら、必ず十三夜にも月見をするものとされていました。これは十五夜だけでは「片月見」といって忌み嫌われていたからです」
「それは、十五夜の誘いを受けたら、必ず十三夜も行かなくてはいけないってことか? バレンタインデーとホワイトデーみたいだな」
「……鋭いですね」
「ん?」
「相沢さんの仰る通りで、昔は、二度目の逢瀬を確実にするために、十五夜に異性を誘う、ということもあったようですよ」
雅なお話ですよね。
月を眺めながら遥かな昔と同じ夜空の下、想いを馳せます。
「天野…… もしかして、自覚なしか?」
「はい?」
呆れた様な相沢さんの呟き。
私、何かしたでしょうか?
fin
■ライナーノーツ
十五夜のお月見。
中華風に月餅などを頂くのもいいですね。
まぁ、あれはカロリーの塊なので、夜に食べるのは、特に女性にはお勧めできないんですが。
祐一が使っていた折り畳みナイフがこれ。
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