この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
「ふぅ……」
一時的にでも、ようやく舗装路に出て、ため息と共に停車。
「酷い目に遭いました」
堤防沿いの道路。
丁度、舗装工事をやっている所に出くわしたのですが、これが長いの何の。
どうもキロ単位で工事をやっているらしく、スクーターで長いこと砂利道を走らされた上、この先でも再び砂利道となっています。
「天野はまだマシだろ。俺なんて、天野の起こした土埃を後ろで浴びてたんだからな」
そう仰るのは、私に続いて停車された相沢さん。
「それでしたら、車間距離を取ったら良かったじゃないですか」
砂利道は不安定ですから、安全の為にも車間距離は取った方が良いです。
「七瀬さんだって、きちんと……」
そう言いながら後方に目を向けたのですが……
もうもうと上がる土煙。
七瀬さんのスクーター、BW’sが走ってくるのは良いのですが、
「どっかで見た光景だな」
七瀬さんの後を、大型のトレーラーが追って来ています。
それも結構なスピードで。
追い越してもらおうにも、工事中の道路にはパスさせる余裕なんて無くて、
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
ドップラー効果の尾を引きながら、顔を引きつらせた七瀬さんが目の前を通過、再び未舗装路に入って行きます。
「トレーラーに追われる小型のオフロードバイク……」
ぽん、と相沢さんが手を叩いて、
「ターミネーター2だ」
美汐のスクーター日記
『I'll be back』
「あの、大丈夫ですか、七瀬さん」
「ひん、なんであたしがこんなめに……」
ハンドルに突っ伏しながら、ぶつぶつ呟く七瀬さん。
先ほどの体験がよほど恐ろしかったようです。
まぁ、無理もありませんが。
しかし、弱みを見せたら容赦なく追い討ちをかけるのが相沢さんクオリティ。
「それはお前が七瀬だからだ」
「存在定義!? ここは、嘘でもなぐさめる所でしょうがっ!」
「嘘だ」
「どういう意味? どういう意味で言ってるのよ!」
はぁ、本当にこの人は……
喧々諤々とやり合うお二人に、ため息をつくしかない私なのでした。
「まぁ、一大スペクタクルだったな。なかなか体験できないぞ」
そう、声をかける相沢さんに、七瀬さんはようやく持ち直した様子で反論します。
「一生体験なんかしたくない…… って言うか、黙って見てないで助けなさいよ!」
「無茶言うな。俺はアーノルド・シュワルツネッガーでもなければ、乗ってるのもハーレーじゃないんだからな」
「何それ?」
「ん? ターミネーター2、知らないのか?」
アーノルド・シュワルツネッガー扮する、未来から来た正義と悪のサイボーグが戦いあうアクション映画ですが。
「いかんな、七瀬。そんなことじゃあ、真の乙女になれないぞ」
「アクション映画と乙女のどこに関係があるのよ!」
そう叫ぶ七瀬さんに、やれやれと肩をすくめて見せて。
「だからお前はダメなんだ。いいか、未来の彼氏との話題作りのため、男子が興味を持ちそうな映画はチェックしておく。それが真の乙女と言うものだろ」
「っ!? そ、それは……」
相沢さんの言葉に愕然とする七瀬さん。
珍しい。
真の乙女云々はともかくとして、相沢さんがまともな事を言っています。
しかし、
「例えば、ターミネーター2なんかだと、冒頭のシーンでトレーラーに追われる主人公は、甲高い2ストのエンジン音を響かせながら小型のオフロードバイクで逃げるんだが、実はこのバイクはホンダのXR80。4ストエンジンのマシンなんだ。エンジン音は明らかに後から足してる……」
「って、そんなマニアックなネタ、逆に相手がついて来ないわよっ!!」
やれやれですね。
「でも、本当、危なかったですね。本当ならポンピングブレーキでブレーキランプを点滅させてから減速した方がよかったんでしょうけど」
「いや、しかしあの車間距離だと、トレーラーから見たらブレーキランプが死角に入っていたかも知れんぞ」
そうなんですよね。
大型のトレーラーは死角が大きいので近寄らないのがベストなんですが。
車なんかだとハイマウントストップランプが結構有効なんですが、スクーターの一部車種に着いているそれは、上から見下ろした場合見難いため、あんまり意味がないと言うか格好だけなんですよね。
「まぁ、『I'll be back』ってことで……」
有名な台詞で話をまとめようとする相沢さんでしたが、
「あいる、びー?」
「いや、『I'll be back』、直訳すると、『俺はバックして来るだろう』だ」
本当に直訳ですね。
しかも、そんなあからさまにわざと間違えて。
でも……
「へぇ、ハーレーって、バックもできるんだ……」
はい?
……七瀬さん?
唖然とする私をよそに、相沢さんは、あくまでも真面目に、やり手の詐欺師のように答えます。
「ああ、ハーレーは重いからな。後付けのバックギアのキットがあるんだ」
確かにその話は事実ですけど。
……七瀬さん、英語が苦手とは聞いていましたが、少しは自分で考えた方がいいと思いますよ。
それと、こういった時の相沢さんの言うことは疑ってかかった方がいいということも。
七瀬さんの頭の中でターミネーター2が、シュワルツネッガーがハーレーでバックしてやって来る映画として認知されていそうで怖いです。
To be continued
■ライナーノーツ
今回はターミネーター2ですが、冒頭の七瀬のシーンは、実体験だったり。
いや、マジで映画ばりのシチュエーションを演じることになるとは思いませんでしたね、しかもスクーターで。
トラックの運転手さんにはもう少し、安全運転をお願いしたい所です。