この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



「さぁ、天野さん。パジャマを脱いで」
「は、はい……」

 真摯に私のことを見つめてくれる香里先輩。
 ためらう気持ちに何とか見切りを付け、パジャマのボタンに手をやるのですが、指先が震えて上手く外すことができません。
 それを、どう捕らえたのか、先輩は実力行使に出ました。

「いいわ、あたしが脱がせてあげる」
「あっ……」

 香里先輩の長く、形の良い指先が私のパジャマのボタンを外していく。
 露わにされていく肌に、羞恥の余り震えが走ります。

「さぁ、身体の力を抜いて。大丈夫、あたしに身を委ねなさい」
「は、はい……」

 私は観念して、パジャマの前を開きました。
 香里先輩からは、ずいぶん見劣りするのでしょうけど、それでも私だって女性です。
 人に肌を曝すのには、随分勇気が要りました。

「本当、色白で肌理が細かくて。綺麗よ、天野さん」

 微笑む先輩の顔を見続けることができなくて、私は顔をそらします。

「……ふ……あ……」

 私の身体を撫でていく感触に、思わず声が漏れる。

「ふふ、気持ちいい?」
「は、はい……」

 そうして私は、香里先輩の手に身を任せたのでした。



美汐のスクーター日記
『寂しさと優しさと』



 ……長い。

 今時珍しいと思われる水銀式体温計を未だに我が家では使っているのですが、自分の体温を測って一目見た時の印象がそれでした。
 38度7分。
 ここまでの高温だと、熱いとか寒いとか言うより前に、身体の節々が痛いです。
 嘔吐感までありますが、起き抜けでは吐く物も無いのでそれがずっと続くといった感じ。

 昨日から体調がおかしく風邪…… おそらくはインフルエンザにかかってしまったのは分かっていましたが、今回のはかなり酷そうです。
 重い息を吐きながら、身体を起こします。
 一人暮らしは、こういう時に困りますね。
 とにかく栄養を取らなくては治る物も治りませんし、これだけの高熱、市販の薬だけで対処するのは無理でしょう。
 無理にでも病院に行かないといけません。

 お粥を作る元気もなく、ただ電気釜にあったご飯をお茶漬けにして、付け合わせに梅干しや漬け物を少々。
 学校に電話して休むことを告げてから、着替えてスクーターに跨ります。

 こういう時、スクーターのありがたみが身に染みます。
 学生の身分では、他に使えるのは自転車や公共交通機関ぐらいですが、この高熱では絶対に途中で行き倒れる自信があります。

「でも、こんなふらふらな状態で運転するのも危険ですよね」

 熱で半分霞んだ頭で考えます。
 でも、使い慣れた私の『足』は、こんな状態の私にもきちんと応えてくれて。
 安全運転でかかりつけのお医者様の所まで運んでくれました。


「ふっ、ぅ……」

 病院の白い、清潔なベットに横たわり、点滴を受けます。
 この病院は、単に診察して薬を出してくれるだけではなく、気軽に点滴、そして痛み止めや抗生物質の注射を打ってくれます。
 これが良い事なのか悪い事なのか、医療の知識が無い私には分かりませんが、高熱で消耗しきっている身としては何よりもありがたくて。
 それで少し遠いのですが、この病院をよく利用しているのでした。


 点滴と注射を受けて、一時的にでも回復した体力が切れる前に、スクーターでスーパーに寄って、水分補給の為のスポーツドリンクと食欲がない場合に便利なゼリー食の他、諸々を買い込んで家に戻ります。
 メットイントランクに、前カゴ、フロントポケット、コンビニフック。
 これだけ収納能力のあるスクーターは、本当に便利ですね。
 今回のように思いつきで買い物に寄っても困ることがありません。
 そんな事を考えながら帰路につきます。

 家に着いて。
 点滴によるドーピングも切れかけて、着替えるのももどかしく布団に潜り込みます。

 後は、もう適当……


 熱に浮かされた意識の中。
 聞き慣れたヤマハ系スクーターのエンジン音を聞いたような気がしました。

「黒きタイヤに希望(のぞみ)を乗せて、灯せ平和の青信号! 相沢特急グランドアクシス! 香里を運んで只今到着!」

 相沢さん、お見舞いは嬉しいですが、近所迷惑ですから叫ばないで下さい……


「はい、おしまい」

 私の身体を拭き終わり、新しいパジャマを着せてくれる香里先輩。
 お湯に浸し、しっかりと絞ったタオルを使って下さったおかげですっきりとしたのと同時に、身体に心地よい暖かみが残っています。

「さぁ、身体を冷やす前に早く横になって。風邪が酷くなったら大変だわ」
「あ、ありがとうございます」
「困った時はお互い様よ。あたしは栞の看病でこういうの慣れてるしね」

 香里先輩は本当に何でもないように微笑んでくれます。
 信頼とか安心だとか、気持ちだとか、そういった暖かいものを、何もない私にくれる。
 この身体だけではない、心の寒さから救ってくれる。
 けど、それはきっと、香里先輩や相沢さん達にとっては日常で、当たり前のことで。
 本当に、この人達と知り合えた幸運に感謝します。
 だから、眠りに落ちる前に……

「……大好きです。香里先輩」

 私の気持ちをせめて言葉に表したのですが。

「あ、天野さんっ!?」

 何か、まずかったでしょう、か……



To be continued



■ライナーノーツ

 家族から離れて一人暮らしをしていると病気の場合に困りますが、そんな時でも足(スクーター)があるとずいぶんマシになりますね。
 まぁ、男は黙って独りで傷を癒すものですから、病院行って、食い物さえ確保すればいいのですが(12時間あればジェット機だって治らぁ!)、美汐の場合はどうだろうな、と思って書いたのがこのお話でした。

 祐一の口上の元ネタはこちら。


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