この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



「後ろタイヤに〜」

 はい?

「後ろタイヤに〜〜っ」

 あゆさん?

「五っ寸、五っ寸、五寸釘〜っ!?」



美汐のスクーター日記
『タイヤから5寸釘』



「いえ、そこまで長くないでしょう」

 あゆさんのチョイノリのリアタイヤに突き刺さっている釘を調べながら答えます。
 5寸釘など刺さった日には、ホイールまで傷付いてしまうでしょうし。

「どうしたあゆあゆ」
「タイヤに釘が〜っ」
「おお、見事な5寸釘。誰に恨まれてんだ」

 相沢さん……
 ですから、5寸釘ではありません。

「走行中に拾ってしまったんですね」

 原付は、道の端を走ることが多いので、こういったゴミにやられてしまうことが多いのです。

「こんな風に刺さるものなの?」

 あゆさんの疑問ももっともですが。

「前輪で跳ね上げて、後輪に突き刺さる、というのがパターンらしいですよ」

 荷重がかかることもあって、釘を拾ってしまう率は後輪の方が高いのだそうです。

「あと、空気圧が低いと拾いやすいって聞いたことがあるな。あゆあゆ、ちゃんと空気圧見ていたか?」
「う、うぐぅ……」

 相沢さんの指摘に、たじたじになるあゆさん。
 ゲージを使わなくとも、せめて走行前に指で押して確かめるなりして欲しいところですね。

「まぁ、ちゃんと空気を入れていても、拾うときは拾うらしいですからね」

 さて、

「所で、どうします?」

 眼下に広がるのは、峠の下り。
 あゆさんのチョイノリがあまりにも遅いので頂上の駐車スペースで調べ、パンクが発覚したわけですが。
 タイヤの空気圧が下がると、路面抵抗が増えて速度が落ちるのです。

「相沢さん、パンク修理キットは?」
「持ってないぞ。チューブレスタイヤは一気に空気が抜けることが無いからな。騙し騙し走って、スタンドやバイク屋に持ち込むことができるから」
「それはそうですが……」

 私のJOG−ZRには、パンク修理キットが積んであるのですが。
 たまたまタイヤ交換と点検に出していまして。
 今日は、相沢さんのアクシスの後ろにお邪魔していたので、この場には無いのです。

「何とか運転して、バイク屋まで走るしかないだろうなぁ」
「レスキューを呼ぶというのはどうです?」

 JBRとか。
 JAFもバイクへのサービスをやっていると聞きますが。

「そんな金はない」
「うぐぅ……」

 いえ、そうかも知れませんが。
 と、言いますか、あゆさんの懐具合を相沢さんが断言されるのも……

「下手に走ってダメージが拡大すると余計お金がかかりますよ。ホイールのリムを打ったり、ビードが外れたり」
「ビードって?」
「タイヤのミミ、ホイールと当たってる所です」

 つまり、ビードが外れるということは、タイヤがホイールから外れてしまうことになります。

「ビードが外れるとやっかいだからなぁ。転倒の危険もあるけど、ビードが歪んだり傷付いたりすると後で直してもそこから空気漏れ起こすから」

 今主流になっているチューブレスタイヤは、空気圧でビードをホイールのリムに押しつけることで、気密を保っていますからね。

「バイクのタイヤに中古が出回らないのは、その辺が理由の一つだからな」

 なるほど。

「まぁ、そこまで行かないだろ。原付スクーターは車重に比べて、タイヤの剛性が高いから」

 チョイノリは更に軽いですからね。

「というわけで、後ろからフォローするから頼むな、天野」

 はい?

「ゆっくり、安全運転でいいから」
「わ、私が運転するんですか!?」
「あゆあゆに運転させる気か? そんな酷な事は無いでしょう、だぞ」
「そ、それはそうですけど……」

 言われてみれば、相沢さんには、アクシスであゆさんか私、どちらかを運んで頂かないといけませんし、後ろを走って頂いてのフォローは必要。
 残った私とあゆさんで、どちらが適任かと言えば、それは……


「〜っ! 〜〜っ!!」

 怖すぎですっ。
 直線は何とかなるんですが、問題はコーナー。
 お尻の下で、タイヤがぐねぐねと、よじれかけているのがダイレクトに伝わります。

「と、とにかく、こんな状況ではバンクなんか取れませんっ! 体重移動で何とかっ!」

 バイクは重心移動で曲がる物ですが、リアタイヤがこんな状況では車体を倒し込む事なんて怖くてできません。
 お尻をシートの角に乗せたりして、車体を垂直に保ったまま、体重移動だけで何とか乗り切ります。
 この辺は、ブラックアイスバーンの怖れがある路面や、豪雨の中の峠道など、バンクを取るのが危険な路面を走ってきた経験が生きてきます。

「天野ーっ、そんなに急がなくてもいいぞーっ」

 斜め後ろで併走して、フォローしてくださる相沢さんでしたが。
 ある程度、スピードを上げて遠心力をかけてやらないと、空気の抜けかけたタイヤはうねって運転しづらいんです。
 かといって、コーナーはスピードを出したくないし、ジレンマです。

「こっ、こんな酷なコトは無いでしょうっ!!」


 そんなこんなで、何とかふもとのガソリンスタンドに到着。
 ここでパンク修理、できなくとも空気を入れてもらって一時的にでも回復させないと持ちません。


「うぐっ、タイヤが熱いよっ」
「空気圧が低いまま運転するとタイヤが過熱するんだ。酷いときには破裂するから気を付けるんだぞ」
「そ、そうなの?」
「逆にそれを利用してタイヤの慣らしをするテクニックもあるけどな。ほれ、今まで真ん中しか使われてなかったタイヤが、端まで慣らされてるだろ」
「ホントだ。……でも、何で釘を刺したままなの?」
「抜いたら一気に洩れるだろ。ホイールが傷付くほど長いものでなければ、修理できるまでは抜かずに置いておくのが正解なんだ」
「ふぅん。ねえ、祐一君。ガソリンスタンドって、何で自動車のパンク修理はしてくれるのに、バイクのはしてくれないの?」
「やってくれる所もあるんだけどな。まぁ、チューブレスタイヤの修理はゴム栓みたいなのをタイヤの穴に突っ込んで接着するんだが、自動車に比べてバイクのタイヤはゴムの厚みが無いから難しいんだ。原付は尚更だな」
「……バイク屋さん、遅いね」
「取りに来てくれるだけマシだろ。紹介してくれたスタンドの人にも礼を言わないとな」
「……美汐ちゃん、大丈夫かな?」

 大丈夫じゃありません。

「人選ミスだったような気がするな。天野って車体と路面の状態にありえないほど敏感だから。空気抜けてても、『何か変だな』ぐらいで済ます鈍感な奴だって居るだろうに」

 そうかも知れませんけど。

「相沢さん……」
「ん、何だ天野?」
「パンク修理キット、買ってくださいね」

 本当に、お願いですから。



To be continued



■ライナーノーツ

 チューブレスタイヤの場合は騙し騙し走ることができるので、それで修理できるところまで走るというのも非常時にはありでしょうか。
 パンク修理キットを備えるか、ロードサービスを呼ぶのが一番良いのでしょうけどね。



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