この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



「今日は風が強いなぁ。橋の上とか突風が吹いたりするけど大丈夫か、舞?」
「大丈夫、水面上に重い空気が見える」
「な、なんだと!? ……って、ナウシカかよ!!」
「あ、あはは〜っ」



美汐のスクーター日記
『春一番』



 早春のツーリング、川澄先輩と倉田先輩、そして相沢さんと私で出かけたのですが。

「春一番、ですねー」

 倉田先輩の仰るとおり、この時期は冬型の西高東低の気圧配置が崩れ、季節風が強く吹きこみます。
 それが季節はずれの陽気と強風を運んでくるのです。

「逆風だと、スピードが落ちて大変でした」
「原付は非力だからなぁ」

 加速が鈍くて。
 この季節に熱ダレかと思いましたよ。

「でも、横風の方が辛いだろ」
「突風に曝されるのは危険ですが、橋の上などの吹きさらしになる所とか、この辺ですと防雪柵がある所とか、強風が吹く場所は大体予測が付きますから」

 そういう所では危険なので、あらかじめ身構えてバランスを取ることにしています。

「防雪柵?」
「もう畳まれている所もありますが、地吹雪などから道を、そして車を守るための柵です。郊外の開けた場所の国道などで、相沢さんも見かけていると思いますけど」
「ああ、あれってそういうものなのか」

 雪国特有のものですので、知っていると役立ちますね。

「後は服装でも結構、変わりますね。ばたつきが少ない、ぴったりとした革のライディングジャケットなどを着ていますと、風をはらむことなく影響を最小限にすることができます」

 スクーターは、上体を起こして運転しますから、風の影響は大きいんです。
 特に軽くて非力な原付だと、服装が加速や操作性まで影響しますから、結構重要なんですよね。
 ばたつきが無いということは、長時間乗っても疲労が少ないということですし。

「革は高いし、重いし、扱いに気を使うけどな」

 ちらりと川澄先輩を伺いながら仰る相沢さん。
 川澄先輩は、革のジャケットを愛用しています。
 凛々しい容貌と相まって、その辺の男性では太刀打ちできない格好良さがありますね。

「祐一さん、革は手入れをちゃんとすると考えられないくらい寿命が延びますから、良い物なら買って損は無いですよー。重く感じるのは体に合ってないから、とも言いますし」

 そう仰るのは、倉田先輩でしたが。
 でも、なかなか手が出ないんですよね。
 特に私程度の体格では、デザインが良くて体にフィットするもの(しかもお値段が手頃)を選ぼうとすると、よっぽど探さないと無理ですし。
 その点、川澄先輩のようにスタイルがよい女性が羨ましいです。

 ともあれ、

「革製でなくとも、ちゃんとしたライディングジャケットなら風に対する対策はされていますから、ある程度、効果はありますね」

 ライディングジャケットがタイトな造りになっているのは、このためです。
 体型や中に着込む物に合わせて調節できるよう、二の腕、腰、裾等にアジャスターが付いているのが普通ですし。

「値段の張る専用品を避けてアウトドア用品等の流用というのがありますが、2輪に乗るには乗車姿勢の関係で袖丈が足りない場合が多いんです。袖丈に合わせてサイズを選ぶと、どうしても胴回りがぶかぶかになって風をはらみやすくなりますし」
「まぁ、天野のようにスリムだと特にな」
「……どこを見て、仰っているんですか?」

 そう言う私も、川澄先輩、倉田先輩の胸元と自分のそれを思わず比較してしまうわけですけど。
 ……悲しくなんかありません。

「あ、あはは〜っ」
「……ちょっぷ」
「ぐはっ!」
「痛いです」

 相沢さんと一緒に、川澄先輩からチョップされてしまいました。
 少々、不躾でしたね。

 ……ですから相沢さん、空力特性にも胸は関係ありません。
 これ以上チョップは要りませんから。

「ともかく、初めて冬用のライディングジャケットを着た時は、驚きでしたね。暖かさもそうなんですが、運転のし易さが全然違いました」

 まるで、急に自分の腕が上がったかのようでした。
 空気抵抗が少ないので、風の強い冬場にあってはマシンの性能自体上がっているようで。

「確かに高いだけの価値はあると。安全の為にも、風に対する備えと心構えが必要ということですね」
「まぁ、素で風を読む奴も居るけどなー」

 川澄先輩の方を見ながら、相沢さんが言いかけますが、

「……祐一も、風の道は見てる」

 ぽつりと返される呟き。
 川澄先輩の言葉は唐突に聞こえますが、それは言葉を飾らないだけで。

「舞?」
「風が吹くと、麦畑の中を渡る風の道が見えた」

 ふと、遠くを見るように相沢さんの目が眇められて。

「ああ…… そういうことか」
「そういうこと」

 川澄先輩に聞いたことがあります。
 昔、私達の学校の建っている場所は、一面の麦畑だったと。
 そこで相沢さんと遊んでいたと。

「特別な、ことじゃない」

 そうですね。
 揺れる草木のささやき。
 空気の温度、そして匂い。
 風を肌で感じるライダーは、その辺敏感ですから。


 私達を誘うように……
 春を呼ぶ風が、この雪国の大地を駆け抜けていくのが感じられました。



To be continued



■ライナーノーツ

 革ジャンも機能性を重視した扱いやすい物も最近は出てますね。

 でもやっぱり高い。

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