この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
ブルルルル……
プスン
「ぐあぁ、ガス欠かぁっ!?」
美汐のスクーター日記
『ガス欠ですか』
先行していた相沢さんのアクシス。
急に減速したかと思うと止まってしまいました。
どうやらガス欠のご様子です。
「相沢さん……」
「いや、確かにエンプティだけど、計算だと、あと10キロは保つはずなんだが……」
酷く焦った様子で仰る相沢さん。
「その10キロと言うのは、平地で巡航した場合のお話じゃないんですか? 先ほどの登りみたいに加速減速を繰り返すような場所だと、燃費も当然、がた落ちになりますから」
「むぅ」
「それに、メーカーが公表しているタンク容量ですが、タンクの形状や構造によっては必ずしも全部使い切れるとは限りませんから」
まぁ、車種によっては逆に満タンに入れるとメーカー公表値より、たくさん使える場合もあるのですが。
「むぅ、せめてスタンドまで何とかならんかな」
そう仰って、車体を揺する相沢さん。
デザインの関係で特殊な形状をしたガソリンタンクを積んでいるバイクでしたら、そうやってガソリンを行き渡らせたり、車体を傾けて走ったりすることで何とかなる場合もあるようですが、スクーターでそれはありませんよ。
「天野、ガソリン分けてくれ」
「準備も無しに、できるわけありませんよ」
シャンプーの手押しポンプにチューブを付けるだけ……
そうでなくとも、せめてパイプが1本あれば、サイフォン効果で移すこともできるのですが(その場合、最初は口で吸わないといけませんから、下手をするとガソリンを口にする羽目になります)
「じゃあ、ガソリン買ってきて……」
「容器がありませんよ。ガソリンは金属容器以外には入れて販売してはいけないんですよ。スタンドで断られてしまいます」
「………」
「頑張って押しましょう。幸い、次のスタンドまではほとんど下りですから、押しは最小限で済むはずです」
「むぅ」
ぶつぶつ言う相沢さんに付き合って、私もZRをトロトロと進ませます。
「天野はガス欠、したことは無いのか?」
「なりそうになって、慌てたことはありましたね」
以前乗っていましたJOGスポーツは、ガソリンを満タンに入れても3.7リットルでしたから、結構心細い思いをしたことがあります。
「まだスクーターに乗り始めで、この辺のガソリンスタンドは19:00で閉まってしまうということを知らないで。そんな状態で、夜の山の中で燃料計の針が底に張り付いた時には、もうどうしようかと」
その後は、アウトドア用ガソリンストーブの燃料ボトルにガソリンを詰めて遠出の際はお守り代わりに携行するようになりました。
今の子(ZR)はガソリンタンク容量が大きくなったため出番はありませんけど、今日は持っていれば良かったですね。
「アナログメーターは、残り燃料がどれくらいあるか分かりづらいからなぁ」
「そうですね。そういう意味では、デジタル的に残り何リットルかで点灯する燃料警告燈の方が分かりやすいかも知れませんね」
スクーターには燃料計が無くて、燃料警告燈しかない車種がありますが、慣れるとこちらの方が分かりやすいと言われるのは、こういった理由があるためです。
ちなみに、今の子(ZR)は、デジタル表示式燃料計ですので、両方あることになります。
使い勝手はとても良いですが、あまり便利すぎるのも乗り手が何も考えなくなってしまいそうで嫌ですね。
「ところで天野」
「何ですか?」
「何でもない顔をして、俺がスクーターを押すのと同じスピードで白線の上で一本橋をやるとは、さすがだな」
……まぁ、暇だったものですから、何となく。
ちなみに一本橋とは、長さが15メートル、幅が30センチ、高さ5センチの平均台をふらつきや脱輪、転倒、エンストなどをしないで低速でバランスを保ちながら走行する練習のことです。
「しかし、下りだとエンジンかけなくても、結構走るんだなぁ」
エンジンオフのまま、坂を下っていく相沢さん。
「まぁ、それにしたって、ガス欠はもうこりごりだが」
「最近は、ガソリンの缶詰も売ってるという話ですから、常備しておくのもよろしいかも知れませんね」
「………」
「相沢さん?」
「……誰とは言わんが、間違ったり、悪戯したりして、えらいことになる姿が簡単に想像できてしまうんだが」
寝ぼけてジャムの瓶と間違って開けようとする名雪さん。
(そして開かないからと言って、湯煎で暖め、缶をパンパンに膨らませたり)
相沢さんに悪戯しようとして爆発炎上。文字通り自爆する真琴。
ジュースと間違って飲もうとして噴きだし、人間燃料噴射装置になるあゆさん。
(その後、引火して火炎放射器に)
「……洒落になりませんね」
ガソリンは第4種危険物ですからね。
To be continued
■ライナーノーツ
>アウトドア用ガソリンストーブの燃料ボトル
連載時はシグボトルと商品名を挙げていたのですが、気付けばシグの燃料ボトルは市場から消え、全部水筒になっていました。
今なら、MSRの燃料ボトルでしょうか。