この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
「相沢さん……」
「おお、天野。似合ってるぞ。立派にサンタさんだ」
「祐一、私は?」
「もちろんだ。似合ってると思うぞ、舞」
「うぐぅ……」
「下がミニだと、なおいいんだがなー」
ビシッ!
「痛いぞ舞」
「そんなサンタさん、居ない」
いえ、そういう事以前に……
「私達を殺す気ですか、相沢さん」
辺り一面、雪景色のホワイトクリスマス。
何が哀しくて、サンタの格好をしてスクーターに乗らなくてはならないのでしょうか?
「うぐぅ…… 無視しないで」
トナカイさんもいらっしゃいます。
それもチョイノリとお揃いにした、真っ赤なお鼻の……
美汐のスクーター日記
『二人で半分こ』
真琴が働いている保育所のクリスマス企画。
子供達の家を回り、先生が作ったプレゼントをサンタさんの格好をして配る……
まぁ、ここまでは良いでしょう。
ですが……
「どうして私達が、それもスクーターでなんですか!?」
「仕方ないだろ。車出すはずだった先生達がみんなインフルエンザでダウンしちまったんだから。チェーンやスパイクタイヤも手配したし、何とか頼むから」
近場は相沢さんと真琴が足で廻るそうです。
それを思えばとも思いますが……
「私が寒さに弱いのは、ご存知でしょうに……」
企画上、出発は日が落ちてからです。
こんな時間に雪の降る中スクーターに乗れなんて、そんな酷なことは無いでしょう。
ホワイトクリスマスをこれほど恨めく感じたことはありません。
「あぅー、美汐……」
「う……」
真琴、そんな顔をして見つめるなんて、卑怯ですよ。
「気を付けてね、天野さん。これ、本当は今晩のパーティの時に渡すつもりだったんだけど」
そう仰って、真っ白なマフラーを差し出して下さる香里先輩……
「あ、ありがとうございます……」
お心遣いが身に染みます。
恐縮する私の首にかけて下さって……
何だか赤面してしまい、それを少しでも隠したくてマフラーに顔を埋もれさせるように俯くのですが。
「ふふっ、可愛らしいわよ」
その仕草が可笑しかったのか、笑われてしまいました。
「頑張って下さいね。お姉ちゃんと腕によりをかけてお料理、たくさん用意して待っていますから!」
そう言って下さったのは栞さんですが。
……そ、そんなに頑張って頂かなくてもお気持ちだけで十分ですから。
「ジョリィも頑張ってねー」
「はぁ……」
真琴の声援を背に出発です。
私のJOG−ZR、真琴からは最近「ジョリィ」と呼ばれています。
再放送された某名犬アニメーションの影響ですね。
白くて働き者だから、と真琴は言うのですが、相沢さんは「白い魔犬だからな」などと仰います。
「華音峠の白い悪魔」とか、いい加減、誤解を招くような事は言わないで欲しいのですが。
まぁ、良い作品ですから変な漫画を真似られるより、よほどよろしいのですが、私はこの子と何でも「半分こ」しなければいけないのでしょうか?
前の子とは、500円玉を分け合った仲ですが、この子は燃料タンクが大きくなったため、500円では、ガス代すら足りなくなる場合も……
ガソリンスタンドで「2リットルだけ」などと頼むのは恥ずかしすぎますし。
ちなみに、あゆさんのチョイノリは「パトラッシュ」なんだそうです。
今はベージュのボディに真っ赤なお鼻を付け、黒いハンドルを角に見立てて、あゆさんと一緒にトナカイさんになっていますけど。
……倉田先輩の白いフュージョンは、忠吉さんと言うのだそうですが、由来は不明です。
まぁ、排気量125cc以上はスパイクタイヤを履けませんので、冬の間は車庫でお留守番。
今日も川澄先輩は相沢さんのアクシスを使っていますが。
「ありがとうサンタのお姉ちゃん!」
子供達の声に笑みを返すのですが、それが強張っているのは私がそういったことに慣れていないのはもちろん、やはり寒さで半分、凍り付いているからです。
心配して下さる父兄の方々もいらっしゃいましたが、お酒を出されても、私は未成年ですし、飲酒運転になってしまいますから。
ましてや、日本酒を振る舞われても……
今の私はサンタであって、なまはげではありませんので困ります。
それでも途中、触媒のせいで400度以上に過熱すると言われるJOG−ZRのマフラーに手をかざして暖を取ったり……
本当にこの子と「半分こ」しながら乗り切ります。
気分はもうピレネー山脈越え。
運命共同体と言いますか……
この子が居なかったら、本当に遭難している所です。
そうして、何とか帰り着いた私を出迎えて下さったのは、やはり香里先輩でした。
「大丈夫? お風呂の準備、できてるから」
「あ、ありがとうござます」
香里先輩に手を引かれ、お風呂場へ。
私の手を包み込んでくれる先輩のぬくもりが、涙が出るほど嬉しかったのですが。
……強烈な既視感を覚えるのは気のせいでしょうか?
「さぁ、天野さん」
「えっ、あの……」
「ああ、動かないで。脱がせづらいじゃない」
私の服を脱がせてゆく香里先輩。
……は、はい?
「じっ、自分で出来ます!」
「そのかじかんだ手で? いいから任せなさい。早くしないと風邪ひくでしょ」
「だ、ダメです。香里先輩っ!」
慌てて逃げようとする私でしたが、やはり寒さに動きが鈍った身体は思うように動いてくれません。
後ろから私を抱きかかえるように捕まえる香里先輩。
仕方がないわね、というようにため息をつかれて。
「ねぇ、天野さん。クリスマスプレゼントのお返しに、今だけ言うことを聞いて欲しいんだけど」
「は、はい?」
先ほど頂いたマフラーのお礼。
「もちろん、お返しのプレゼントは用意はしていますので、後で……」
「今じゃなきゃダメなの。あたしも先に渡したでしょ」
はい、私の為に先に渡して下さったのでした。
「あ……」
そうして、気付きます。
プレゼントのお返しを自分から求めるなんてこと、普通であれば絶対しない香里先輩があえてしている。
いいえ、して下さっているその意味に。
「あたしも、無理強いはできないから、ね」
「は、はい……」
緩めて下さった腕の中、香里先輩の方を向いて。
声を…… 勇気を振り絞って告げます。
「香里先輩……」
「ん……」
「私の、服を……」
声が震えるのは寒さのせい。
そう、思わないとダメになりそうで。
「お願い…… します」
やっとのことで、言うことの出来た私に……
香里先輩は優しく微笑んで、応えてくれました。
「はぅ……」
「なあに、まだ恥ずかしがってるの?」
色々な意味でゆで上がって香里先輩とお風呂から出ますと、既に相沢さんと真琴、そして川澄先輩は戻られていました。
栞さん達が用意して下さったお料理も揃い、打ち上げ兼クリスマスパーティーの準備は万端です。
「後はあゆさんですね。大丈夫なんですか?」
「ああ、分担は一番軽くしたから遭難のおそれは無いぞ。多分、あの格好が受けて、子供に引き止められて居るんだろ」
そう言って、あゆさんの格好を思い出したのか、吹き出す相沢さん。
本人の前では、徹底して知らんぷりしていましたのに。
恥ずかしい所を人に見られるのは確かに嫌な物ですが、だからと言って、ご本人が酷く恥ずかしい姿をさらしているというのに、気にも留められないというのは何にもまして屈辱だと思います。
笑ってはお気の毒と思い堪えている私達や、本気で可愛いと思っていらっしゃる川澄先輩達と違い、分かっていてやるのですから、この人は……
本当にタチが悪いとしか言いようがありません。
「ほら、帰ってきたようだぞ」
確かに、チョイノリ特有のエンジン音が近づいて来ますね。
「それでは、迎えに行きましょう」
「ああ、そうだな」
身体を冷やさないよう、着込んでから相沢さん達と玄関を出ますと……
子供達の相手で気力、体力を使い果たしてしまったのでしょう、くたびれたご様子のトナカイさんと、チョイノリの姿がありました。
「大丈夫か? あゆ」
「うぐぅ……」
チョイノリのハンドルにぐったりと突っ伏しているあゆさん。
相沢さんの声も届いていないのか、そうして呟かれたお言葉は……
「疲れたよ、パトラッシュ。何だかとっても眠いんだ……」
あの、雪のクリスマスにそのセリフは、本当に洒落にならないと思うのですが……
To be continued
■ライナーノーツ
最近はスクーター用のスノータイヤもあるんですね。