この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
「ほら、二人とも、向こうの斜面にもありますよ」
「あぅ!」
「うぐぅ!」
ワサワサワサ……
ズルッ、ドテッ!×2
「ま、真琴? あゆさんも大丈夫……」
ムクッ、ワサワサワサ……×2
「あぅ〜っ♪」
「うぐぅ♪」
「……キノコしか目に入ってないようだな」
「……そのようですね」
美汐のスクーター日記
『キノコ狩り』
「キノコ狩りですか?」
「ああ、秋子さんがいい場所を知っているそうだ」
「そうですか、また車で?」
「ああ、俺達はスクーターだがな」
「はい?」
そんな会話があったのが、先週のこと。
まぁ、車が入れる所ならスクーターも入れるということなので、相沢さんと私はそれぞれ、アクシスとJOG−ZRで出かけたのですが……
「ぐぁ……」
「大丈夫ですか、相沢さん」
どうにもこうにも、張り切りすぎて腕が張ってしまったようです。
渡河地点があったり、煉瓦造りのトンネルがあったり。
秋の紅葉もあって、楽しめるコースではあったのですが、路面が荒れ過ぎでしたね。
「何で天野は平気なんだ」
「腕力で押さえ込んでいるわけではありませんから。ギャップなんかは中腰になって、下半身…… と言いますか、身体全体でショックを吸収するんです。足を揃えていますし、ちょうどスキーでコブ斜面を下りるような感じでしょうか」
「……雪国の人間だからか?」
「関係…… あるのでしょうか?」
滑る事に対する意識と路面に対する順応性、という点では関係するのかも知れませんが。
「まぁ、秋子さん達の車が着くのにはしばらくかかるでしょうから、それまでお休みになれば大丈夫だと思いますよ」
「むぅ……」
ダメなら、名雪さんにマッサージしていただくのがよろしいかと。
陸上競技をしていらっしゃる関係で、マッサージやストレッチが得意と伺っていますから。
そんなこんなで、みなさんの到着を待ってキノコ狩りのスタートです。
ブナやナラ等、広葉樹の倒木がゴロゴロと転がっている、川と言いますか沢を遡っていきます。
今回の目的はナメコとナラタケ。
他にも目に付けば採りますが、詳しい見分けが付くのは秋子さんだけですから……
「うぐぅ? ナメコって、こんな形だった?」
「お店で売っているのは栽培もので、傘が開く前に収穫していますからね」
「そうなの?」
「ええ、でも売られているものの中にはおがくず栽培のスカスカなものがありますから。天然物の方が形が悪くとも、味はよろしいですよ」
「あぅ、美汐のお家で食べたあれ?」
「ええ、あれは父が採ってきたものを醤油で煮込んだものです。私はナラタケの方が好きですが……」
……それにしても。
「はぇ〜っ、こんなに簡単に採れるものなんですかー?」
「凄い、一杯」
「いえ普通、こんな風に車で乗り付けてろくに歩かずとも採れるなんて無いですよ」
こんな穴場をご存知なんて、さすがは秋子さんということでしょうか。
「あぅ、秋子さん、これはー?」
「残念ね、それはツキヨダケって言って食べられないわ」
「つきよだけ?」
「うむ、このキノコは昼は食べられそうに見える普通のキノコだが、夜になると暗闇の中、ぼーっと光るんだ。それを知らずに食べた者は、苦しみ悶え、死にも至るという……」
「うぐっ!?」
「あぅ〜っ!?」
真っ青になって震え上がるあゆさんと真琴。
「う、ウソだよね、秋子さん」
「あらあら……」
「ねぇ、美汐、ウソよね」
「……大丈夫ですよ、食べなければどうということは無いのですから。見分けは私や秋子さんが付きますし、知っているキノコだけ採っていればいいでしょう?」
全く相沢さんという人は。
言っていることは本当なのですから対処に困ります。
究極の詐欺師は、本人はウソをつくことなく、唆すだけで相手の思考を思い通りに誘導すると言いますが、正にそれですね。
極悪人です。
……まぁ、そんなこともありましたが。
あまり採っても後が困りますので、適当なところで切り上げて戻ることにします。
「う〜ん、まだまだありそうなのに残念だなぁ」
「祐一、採れば採った分だけ料理しないといけないんだよ」
名雪さんの仰るとおりです。
男性は、その辺の感覚が薄いのが困りものですね。
まぁ、延々と皮むきをしなければならない笹竹や、綿取り、灰汁抜き、乾燥が必要なゼンマイなどに比べれば、キノコの類は楽なものですが。
「それに、たくさん採ったらその分、食べなきゃいけないんだよ。祐一、お茶碗山盛りのキノコにキノコを掛けて食べたいの? 飲物はキノコの……」
「ぐぁ、分かった。分かったから」
やれやれ、です。
「あっ、天野さーん!」
「あら、早かったのね」
車の方に戻ると、河原で秋の山々をスケッチしていた栞さんと、それに付き添っていた香里先輩が出迎えてくれます。
なだらかとは言え、まだ栞さんには山歩きは無理と言うことで、待っていただいていたのです。
「キノコ、採れましたか?」
「ええ、十分に」
袋の中にぎっしりと詰まったナラタケとナメコをお見せします。
「それと、お土産です」
「はい?」
真鍮色のキラキラした立方体がいくつも埋め込まれた石を差し出します。
「わっ、何ですか、これ?」
「途中の河原で見つけましたので」
「へぇ、パイライトね。鉱脈があるのかしら?」
軽く、目を見開いて香里先輩。
さすがと言いますか、博識ですね。
「パイ……?」
「パイライト、日本で言う硫化鉄鉱よ。そうね、ベンガラは知ってる?」
「確か赤い絵の具の顔料に使われてたと思ったけど……」
「その原料に使われるわ。これだけ見事な結晶だと、観賞用にも十分ね。昔からアクセサリーや魔よけとして使われていたって話だし」
「これを、私に?」
「ええ、拾い物ですが、よろしければ」
「ありがとうございますー」
本当、大したことの無い物なのですが、これだけ喜んでいただけるとこちらも嬉しいですね。
「お礼に、私のお弁当、いっぱい食べて下さいね!」
「い、いえそんな……」
本当に大したことありませんから……
「祐一、帰りはアクシス、私に任せる?」
「そうだなぁ……」
お弁当を囲みながら、お話される川澄先輩と相沢さん。
そこへ……
独特のエンジン音を響かせながら、1台のカブが坂を下って行きました。
私達が採った所より、更に奥に行ったのでしょう。
その背中に背負われた、古い、しかし丈夫そうなキャンパス地のリュックは、おそらく収穫物であるキノコでぱんぱんに膨らんでいて。
しかも乗り手はかなりの……
お爺さんと呼んでも差し支えない、ご年輩の方でした。
「いや、いい。帰りも俺が乗る」
相沢さん?
「……変な対抗心、出さない方がいいですよ」
「しかし……」
地元のお爺さんを甘く見ない方がいいと思いますよ。
何しろ相手は山のスペシャリスト。
私達全員分に匹敵するあの量のキノコをお一人で採って来るような方なのですから、年季が違います。
「そもそも、名雪さんにマッサージしてもらっている時点で負けでしょう」
「ぐぁ……」
まぁ、そういうことです。
To be continued
■ライナーノーツ
これがパイライトです。
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