この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



「負けた〜!」

 林道に停められたYAMAHAのオフロードスクーター、BW’s50のハンドルに突っ伏して叫んでいらっしゃるのは、七瀬留美さん。
 負けたも何も、勝負をお受けした覚えは無いのですが。

「やっぱり、天才にはかなわないのかしら……」

 天才って……
 私を何だと思っているのですか?

「そもそも、何でオフなんです?」
「『天才』でも、体を使うことは普通の人と同じだと思ったからだろ」

 とりあえずの私の疑問に答えて下さったのは、相沢さんでした。
 そして、それに七瀬さんが応えます。

「そう、体を使う技は、天才といえども訓練をしなければ! ……って思ったんだけどね」

 何だか知りませんが、意気投合し合っているお二人に、私は溜息をつくばかりでした。



美汐のスクーター日記
『無事是名馬』



「私の座右の銘は『無事これ名馬』です」
「ウソをつけ……」
「はい? でもブラインドコーナーではキープレフトで対向車があっても避けられるよう安全速度まで落としていますし、どうしても避けられないギャップがあったら、きっちり減速してますよ」
「それにしたって、ただの原付スクーターで、あのペースは異常だろ!」
「これぐらいゴロゴロと大きな石が出てると、ある程度のスピードに乗せないと逆に乗りにくいんですよ。大体、駆動系がズルズルに熱ダレしていましたので、登りではスピードを出そうにも出せないような状態だったんですよ」
「あれでかよ!」


 相沢さんと、いつぞやの七瀬さんに誘われてツーリングに出かけた先。
 そこは……

 荒れ果てた林道でした。

 まぁ、七瀬さんがBW’s50に乗っていらっしゃった時点で気付いてしかるべきでしたが。
 スクーターでは珍しい、オフ仕様の車体ですから。
 相沢さんが、一緒に来たがる真琴達を何かと理由を付けて断っていたのは、この為だったのですね。
 ただでさえスクーターには酷な道。
 タンデムでは絶対に無理ですからね。

「はぁ、さすがは天野さんね。『最速の乙女』の称号は伊達じゃな……」
「そんな恥ずかしい名前、持ってません!!」

 相変わらずの七瀬さんのセリフに、思わず叫んでしまいます。
 まったく、この人は……

「でもまぁ、オフ慣れしてるよな、天野は」
「そうですか?」

 私には、オンとオフの明確な違いの方が、よく分かりません。
 砂利道より、アスファルトに浮いた砂の方が怖くありませんか?

「まぁ、昔乗っていたJOGスポーツは、サスペンションがプアで、エンジンと駆動系のセッティングも今の子(JOG−ZRエボリューション)ほど大人しくはありませんでしたから」

 スタートが急で、下手するとフロントアップしてしまったり。
 トンネルの中のコンクリ舗装がウォッシュボード状になっていて、上下にピッチングを起こしたり。
 高速コーナーの立ち上がりでギャップを拾い、リアをポンポン跳ねさせながら加速させなければならなかったり。
 これらを身体を使って押さえ込んでいましたから、オフ車で言う『加重移動でトラクションを稼ぐ』という意識は常にありましたね。
 スクーターはタイヤ径が小さく接地長が短いので、限界域での挙動が急激ですからその辺は自然と敏感になりますし。
 パワーで立て直せないから、あらかじめバランスが崩れないように運転しなくてはいけませんし。

「舗装路でもそんな感じでしたから、初めてオフを走った時でも違和感はありませんでしたね」

 むしろ、限界域の挙動が低速で分かりやすく体験出来るオフの方が、比較的安全かと思うのですが。

「はぁ…… 何だか基準のレベルからして違う感じね」
「JOGスポーツは、乗り手を育てるスクーターだからな……」
「何ですか、それは」

 芝居がかった口調で呟く相沢さんに、反射的に答えてしまいましたが……
 思い起こしてみると、確かに私はあのスクーターに育ててもらったようなものですね。

「フロントアップして、そのまま転倒なんてこともありましたっけ」
「ヘルメットが無ければ即死だった……」
「そこまで酷くはありません。確かに肩に地球を乗せてましたが……」

 つまりスクーター共々、真っ逆様にひっくり返ったってことですけど。
 まぁ、それも今となっては良い経験だったと思えます。

「乙女への道って、険しいのね……」

 いえ、七瀬さん、それは絶対間違ってます……



To be continued



■ライナーノーツ

>「『天才』でも、体を使うことは普通の人と同じだと思ったからだろ」
>「そう、体を使う技は、天才といえども訓練をしなければ! ……って思ったんだけどね」

 機動戦士ガンダム最終話が元ネタですね。



>「私の座右の銘は『無事これ名馬』です」

 寺崎勉さんの本で知った言葉ですね。
 バイクやスクーターに荷物を積んでテント宿泊をされる方には一度読んで頂きたい名著ですね。


 スクーターでオフを走るのは趣味によりますけれど、舗装路でも雨の日のマンホール、白線、減速帯など、障害はいっぱいあります。
 怖い思いをしないためにも、オン、オフ関係なく、グリップ、トラクションを意識して走るのは、良いことかと思います。
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