この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



「むぅ……」

 ご自分のスクーター、YAMAHAのグランドアクシスを前に唸る相沢さん。

「うぐぅ?」
「どうされたんですか、相沢さん」
「ん、ああ、これだよ」

 相沢さんが示されたのは、アクシスのリアタイヤ。

「……微妙ですね」
「微妙だろ」

 スリップサインが出かかっているタイヤを前に、相沢さんと顔を見合わせるのでした。



美汐のスクーター日記
『スリップサインは……』



「スリップサイン?」
「タイヤのサイドに三角形のマークがある場所、タイヤの溝の部分が盛り上がっていますよね。タイヤが摩耗して、これが表面に出てきたら交換ということです」

 よく分かっていらっしゃらないご様子のあゆさんの為、説明します。

「しかし微妙ですね」
「うむ、こういう時が一番迷うよな」

 相沢さんのアクシスのリアタイヤ、ちょうどスリップサインが出かかった所。

「安全を考えるなら、早めの交換がベターですが」
「簡単に言うなよ。12インチは高いんだぞ」

 そうでした。
 相沢さんのアクシスは12インチタイヤ。
 スクーター用として一番出回っている10インチタイヤと比べると、多少お値段が張ります。

「彫刻刀で溝、彫り直すか……」
「本気ですか?」
「昔は金が無かったからなぁ、溝掘り直して、カーカスが出るまで使ってたぞ」
「自慢になりませんよ、そんなこと」

 まったく、この人は。
 危険ですから良い子は真似してはいけません。

「私的には、季節柄、早めの交換をお勧めします」
「季節?」
「雪国にも梅雨はあるんですよ。最近では地球温暖化やら異常気象やらのせいか特に」
「ぐぁ……」

 オーバーに仰け反って見せる相沢さん。
 どうやらお忘れだったようですね。

「うぐぅ? 梅雨だとどうして交換が必要なの?」
「ああ、スクーターのタイヤの溝ってのは、排水の為にあるんだよ」

 大雑把に説明される相沢さん。

「だから溝が無いタイヤで、水溜まりとかに突っ込むと危ないんだ」

 そうですね。
 それに、いつ滑るかと心配しながら走るのは、精神衛生上もよろしくありませんし。
 遠出した先で大雨に降られたりすると大変ですから。

「仕方がない、替えるか……」

 ため息混じりに仰る相沢さん。
 そして、ふと思いつかれたご様子で、

「どうせなら、ハイグリップに替えるというのも手だけどな」
「そうですか?」
「ん? そういや、天野はノーマルタイヤだよな。面白味のない」
「必要性が感じられませんから」

 端的に答えます。

「相沢さんはスクーターに乗っていて、どんな時にグリップに不安を感じますか?」
「そりゃあ、濡れた路面とか荒れた路面。それに寒い時期とか……」

 言いかけて、納得されたように頷かれます。

「なるほど、ノーマルの方がいい場合ばかりだな」

 レース志向のハイグリップタイヤは、ドライ専用と言っていいくらいのものなので、濡れた路面ではグリップしてくれません。
 また、十分暖まらないとノーマル以下の性能しかありませんし、基本的にコンパウンドが柔らかいので、荒れた路面を走るようにはできていませんから。

「それにハイグリップタイヤは、摩耗も早いですよ」
「ぐぁ……」

 相沢さん的には、こちらの方が痛いでしょう。

「まぁ、高いハイグリップタイヤを履くよりは、空気圧や摩耗に気を使った方がいいですよ。タイヤは生ものとはよく言われますから」
「生もの?」
「そうだぞあゆ。空気圧ぐらい、ちゃんと見てるんだろうな」
「う、うぐっ!」

 相沢さんに言われ、うろたえるあゆさん。
 そうですね、サーキットを走るわけでもありませんから厳密な管理は必要ないと思いますが、規定圧ぐらいは守っていただきませんと。

「そういや天野は空気圧どうしてる? 標準通りか?」
「いえ、高めが好みですね」
「やっぱりそうか……」
「うぐぅ?」
「空気圧を低くすると接地抵抗が増え、加速や最高速が落ちますが、限界域でのコントロールが楽になると言われます。高くすると逆ですね」
「原付は非力だからな。空気圧高めにして加速や最高速の方を取る奴が多いんだよ」

 まぁ、それも程度問題ですが。
 あまり極端にし過ぎると、色々と問題が出てきますし。

「ただ、フロントはほぼ規定圧通りですよ。高いと接地感が無くなって、コーナーで暴れますから」
「スクーターはリアに加重が偏っているからなぁ」

 この辺はスクーター特有の現象ですので、覚えておくといいです。

「前タイヤなんて、全然減らないしなー。車のように簡単にローテーションできりゃいいのに」

 ぼやかれる相沢さん。
 確かにスクーターの場合、前タイヤは全然減らず、スリップサインが出る前に経年劣化でサイドウォールがひび割れて交換、ということも珍しくありません。

「相沢さんの場合、タンデム走行が多いから余計に偏るのでは?」
「ん〜、そうだな。まぁ、軽い奴ばっかなんだけどな」

 素で答える相沢さんでしたが……

「うぐぅ、それじゃあ祐一君、女の人しか乗せてないって言ってるのと一緒だよ」
「おお、あゆあゆにしちゃ鋭い突っ込みだな」

 何を言ってるんですか。
 相沢さんを知る人なら、誰だってそう思いますよ。
 私だってそう思います。

「一番重そうなのは……」

 その上、またそういうデリカシーの無いことを…… って!

「やっぱりボリュームから言って……」
「うぐっ!? 祐一君! 後ろ後ろーっ!!」


 ズビシッ!


「ぐはっ……」

 背後から首筋にチョップを受け、頽れる相沢さん。

「……私はセクハラを討つ者だから」
「あ、あはは〜っ」

 こうして、相沢さんは成敗されてしまったのでした。

 ……やれやれです。



To be continued



■ライナーノーツ

 スクーターのハイグリップタイヤについては、

DUNLOP(ダンロップ)バイクタイヤスクーター用 TT93GP 前後輪共用 90/90-10 50J チューブレスタイプ(TL) 303227 二輪 オートバイ用DUNLOP(ダンロップ)バイクタイヤスクーター用 TT93GP 前後輪共用 90/90-10 50J チューブレスタイプ(TL) 303227 二輪 オートバイ用

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 こういうのとかありますが、やっぱりドライ専用なんで、普段の走行には使えませんね。

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