この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
 バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。



「はぇ〜、『光のトンネル』ですねーっ」


 新緑を芽吹かせた木々が、春の日を受け輝いている。
 その木々の間、木漏れ日が照らし出す細い細い道を、祐一と佐祐理の乗ったフュージョンがゆっくりと抜けて行く。

「トトロ、居そうですよね?」

 子供のように、邪気無く笑う佐祐理の声。
 急な下りの山道。
 スロットルは閉じているので、エンジン音に邪魔されることなく会話はできる。

「ああ、あの木のトンネルか……」

 舞のお気に入りのアニメーション映画のワンシーンを祐一も覚えていた。

「舞も喜んでくれそうだな」
「はい」

 登りで置いてきてしまった舞、そして美汐を思う。
 数キロに渡る長い長い直線的な上り坂。
 さすがに美汐のJOGではフュージョンとペースが合わなくなり、祐一達だけ先行することにしたのだ。  ちなみに舞は祐一と交代してアクシスで美汐に付き添っている。
『美汐の後ろを走ってみたい』ということだったが……

「佐祐理さん、またガタガタ道に入るから、しっかりと掴まっていてくれよ」
「はいっ」



美汐のスクーター日記
『酷道です』



「やっぱり天野は化け物だ……」

「開口一番、言うことがソレですか、相沢さん」

 数キロに渡る登り。
 それをようやく越えたと思いましたら、現れたのは斜度10パーセント以上の下り坂。
 しかも所々に設けられた待避所以外、自動車だったら対向車とのすれ違いも出来ないような細い、林間を綴れ折れに縫って走る酷道でした。
 途中にあった「大型車通行不能」「幅員減少」の看板に嫌な予感はしたのですが、まさかここまでとは……
 相変わらず無茶なルート選択をする(まぁ、おかげで春の自然は満喫できましたが)相沢さんには、もうため息しか出ません。
 なのにこの人は……

「いくら隘路とはいえ、レーサーレプリカを後ろからつつき回すなんて、ずっと張り付いていたのか?」

 下りを抜けた所で私達を待って下さっていた相沢さんでしたが、どうも私達が通りすがりのバイクの後ろに付いて、一緒に道を抜けてきたのに驚かれたようです。

「人聞きが悪いですね。安全運転されているバイクに途中で追い付きましたので、それに合わせて走らせていただいただけですよ」
「安全運転? あのライダーの顔見る限り、限界一杯って感じだったがなぁ。とても余裕なんて…… ってちょっと待て、追い付いたって、後ろから追い付いたってことかよ!!」
「はちみつくまさん。あのバイクはずいぶん前に登りで私達を抜いて行ったバイク。私達が下りに入った時には、影も形も無かった」

 いつも通り、淡々とした口調で告げる川澄先輩。

「どういうペースで下ってきたんだ、お前ら……」
「あ、あははーっ」

 倉田先輩まで、いつもの笑顔が引きつっています。
 そんな酷なことはないでしょう。
 しかしどうであれ、誤解は誤解です。

「別にコーナーを攻めるとか、そういう道ではなかったことは、相沢さんだって御存知でしょう。対向車とのすれ違いもろくにできない隘路に急カーブ、ブラインドコーナーばかりの難所なんですから。路面も…… 特にコーナーの舗装はデコボコでしたし、こんな所でテクニックも何も無いでしょうに」

 いつ対向車が現れるか分からない場所で飛ばすなど、自殺志願者でなければやりませんよ。
 もちろん私は違います。
 ブラインドコーナーではキープレフトで、急に対向車が現れても対処できる所までスピードを落とします。
 カーブミラーも活用はしますが、あくまでも直視で確認できるまでは100パーセントの信用はしませんし。

「まぁ、そうだが…… でもコーナリングで勝ったんじゃないとすれば、どうやって追い付いたんだ? 加速、動力性能、どれを取っても向こうの方が段違いにいいに決まってるだろ」
「はぇ? そう言えばそうですね。速そうな大きなバイクさんでしたから」

 バイクにさほど興味を持たれていない倉田先輩でしたが、聡い人ですから、すぐに相沢さんの言いたいことに気付いたようです。
 そして視線を私と、私の後ろで全てを見ていたはずの川澄先輩に投げかけます。

「私は美汐の走りをそのまま真似しただけ。でも、美汐の後ろで見ていて分かったことがある」

 言葉少なに、端的に答える川澄先輩。

「美汐は安全運転。だから速い」

「……どういうことだ、舞?」
「前を走っていたバイクは、路面の様子を気にして下ばかり見てた」

 そう、でしたでしょうか?
 確かに前傾姿勢のセパレートハンドルで、この急な下りはきつそうだと思いましたが……

「すぐ目の前のことしか見えていないから反応が遅れる。姿勢も乱れて次に対処できない。だからいつも間に合うくらいのゆっくりとしたスピードでしか走れない」
「………」
「美汐は違う。先まで見通していて安全な所ではスピードを出すし、コーナーやアスファルトのデコボコなんかの危ない所はスピードを十分落としきってから通る。それでも相手と違って体勢が崩れない分、結果的に速く立ち上がれるから」
「それが、さっきのバイクの方と天野さんの差、なんですねー」
「なるほどなぁ」

 感心されたように仰る倉田先輩と相沢さん。
 で、でもそんなに大げさに言われるようなことですか?
 みなさん、普通にされることでしょう?

「でも、分からないことがある」
「はい?」

 私を見据えて言われる川澄先輩。

「美汐、この道、走ったことあるの?」
「い、いえ、初めてですが」
「……とてもそうは思えなかった。この道の中でも特に舗装が悪い所だけ、その様子があらかじめ分かっていたように徐行したりしてた。先が見えないはずのブラインドコーナーでも」
「ああ、そういうことですか」

 仰りたいことは分かります。

「この道は初めてですが、似たような道を走ったことがありますから、大体予想は付くんですよ」

 こんな山の斜面に付いていた林道にただアスファルトを被せただけの道では、谷側(沢筋)を横断する所、それから切り返しの所のカーブに関しては地盤が崩れやすく、すぐに陥没、保修を繰り返さなければならなくなります。
 逆に尾根側に沿って通じているカーブは安定しているので路面状況は良くなりますが、必ずブラインドコーナーになりますから、そちらの方に注意が必要で。
 また、自然に目を向ければ、植生や土質、山林に対する手入れの状況、それから前日までの天候なども重要ですね。
 路肩に落ちている落ち葉や土砂、路面を流れる沢水などの障害が、ある程度予測できますから。

 そういったことを踏まえた上で、後はカーブミラーを活用したり、林を透かして先を見通したり、音や風、空気の匂い……
 手に入る限りの情報を合わせて、初めての道でもそれなりに走れるようにするわけです。

「……って、みなさん、どうしたんです?」

 流れる沈黙。
 私の説明、どこかおかしかったでしょうか?

「はぇー、さすが天野さんですねー」
「やっぱり後ろを走らせてもらって良かった」

 あ、あの……?

「漫画とかでさ、峠で地元の奴に勝って『相当走り込んだんだろ』みたいなことを言われて、
『いや、今日初めてだよ。俺は峠に道を聞いて走ったのさ』
 ってセリフを返すシーンがあったけど……」

 感慨深げな様子で頷かれる相沢さん。

「今日やっと、その意味が本当に分かったような気がするぞ」

「は、はぁ?」

 そんな漫画の中の人物と一緒にされても困るのですが。


 私…… 普通ですよね?



To be continued





■ライナーノーツ

>『いや、今日初めてだよ。俺は峠に道を聞いて走ったのさ』
 連載時、元ネタは一発で読者の方々にばれましたっけ。

 やっぱりバイク乗りはみなさん読んでいた模様。
 しかし作中の祐一と同じで、私自身このお話を書いてはじめてこのセリフの本当の意味が分かったような気がしました。

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