この物語はフィクションであり、登場する人物・地名・団体名はすべて架空のものです。
バイクの運転は交通ルールを守り、安全運転を心がけましょう。
「っ!!」
限界を超えたスピードに、フュージョンのテールがズルリと滑った。
みるみる内に迫る、ガードレール。
背中に居る佐祐理の身体が強張るのが、舞には分かった。 だが、その次の瞬間!!
『ここは、わたしにまかせてっ!』
声無き声と同時に、衝撃。
触れもしないのにガードレールがベコリと凹み、反動で車体が持ち直す。
『No.3がっ!』
『わたしに構わず先を急いでっ!』
フュージョンを立て直す代償に、路上に放り出されるうさみみ少女。
その姿がバックミラーの中でみるみる内に小さくなって行く。
これで、フュージョンの車体に取り付いている、常人の目には見えぬ魔物……
舞の分身である「ちびまい」は、あと3体。
「佐祐理……」
舞は、その背後でぷるぷると震えている佐祐理に向かって言う。
「間に合わなかったら、して構わないから」
「ふぇ?」
「佐祐理だったら、かけられても構わない」
「ふ、ふぇぇ〜っ!!」
青ざめていたのが一転して真っ赤になる佐祐理。
(こ、こんな時に誘惑しちゃダメだよ舞〜っ!!)
今、まさに崩れ落ちそうになる佐祐理の理性。(と下半身)
親友の尊厳を賭け、舞の操るフュージョンが行く!!(トイレへ……)
美汐のスクーター日記
『巫女さんですよ?』
「ふぇ〜〜〜〜っ」(ぽかぽかぽかぽかぽかっ)
よほど恥ずかしかったのでしょう。
真っ赤になって、川澄先輩を叩く倉田先輩。
「……佐祐理、痛い」
「ふぇ〜〜っ、舞の馬鹿ぁ〜〜」
「………」
「ふぇ〜、内緒だって言ってたのに」
「……失敗」
「ふぇ……」
「……佐祐理、ごめんなさい」
川澄先輩が謝ると、倉田先輩も叩くのを止めました。
「う、うん…… もういいよ。でも、もう他の人には言わないでね」
「分かった…… 約束する」
「天野さんも……」
結果として間に合ったそうですから、そんなに気にすることも無いと思うのですが……
ともあれ、
「元より、口外などしませんよ。御祭神に誓います」
「ごさいじん?」
「この神社に祭られている神様。八幡さまにですよ」
そう申しました私は白の装束に緋袴。
所謂、巫女の格好です。
天野の家のご本家は神職の家系で、この八幡神社の宮司を務めていらっしゃいます。
ここ数年はご無沙汰しておりましたが、小さな頃から年末年始にはお手伝いをするのが常となっていて。
今年は久しぶりにお手伝いに来たのですが、拝殿と、この社務所があるだけの小さなお社とはいえ、元旦の朝ともなりますと忙しくて。
何とか乗り切って、ほっと一息ついている所に、年越しツーリングから戻られた相沢さん達がいらっしゃったのでした。
「うう……」
と、噂をすれば何とやら、ようやく相沢さんが復活したようです。
先ほどまで、半分凍っていましたからね。
「大丈夫ですか? いくら暖冬で主幹道路に雪が無いとは言え、寒さに弱い相沢さんが夜通し走って初日の出を拝もうなどと、無謀だとは思わなかったのですか?」
「必死に舞を追いかけてきたのが堪えたんだよ。何しろ、一瞬でバックミラーの中の豆粒にされちまったからな。路面、凍結してるかも知れないんで、怖いっていうのに……」
ま、まぁ、それは仕方が無いと思いますが。
川澄先輩の運転、時々物理法則さえ無視しますから。
相沢さんの会話に時々出る『ちびまい』とかいう言葉に秘密があるようですが……
とにかく、そんな川澄先輩が倉田先輩のために全開になってしまったら、もうかなうものなど無いでしょう。
「……祐一は軟弱」
「お前の方が、非常識なんだよ……」
「あ、あはは〜」
いつも通りのお三方のやりとり。
それはともかく、
「そもそも、大晦日から元旦にかけて郊外を走ると言ったら、食堂も開いてないのが当たり前、コンビニだけが命綱だと言うのに……」
普通の初日の出スポットは混むからと言って、寂れた旧道を行ったのですね。
もちろん、道の駅もコンビニも無いような所に。
「そんな行程を考えた相沢さんの落ち度です。少しは女性のことを考えて下さらないと」
「身に染みて反省したって」
どうやら本当に参っているご様子。
仕方ありませんね、身体が暖まるよう、甘酒でもいただいて参りますか。
ちなみに、車でいらっしゃる方に配慮したノンアルコールのものですので、スクーターの相沢さん達でも安心です。
……実は、御神酒として相沢さんもお気に入りの飛良泉、山廃純米もいただいているのですが、こちらはまた今度ですね。
「まぁ、トイレに行くために、下道で80キロオーバーして免停になった奴も居るって言うしなぁ」
「ご神域で、何の話をされているんですか……」
ようやく人心地ついたと思ったらソレですか。
神様に怒られますよ。
「どうであれ、安全運転をしてもらわなければ困ります。これを差し上げますから」
懐から取り出した、小さな交通安全のお守り袋をお渡しします。
もちろん、倉田先輩達にも。
「これ、天野さんが?」
「よくお分かりですね……」
「はい、ニュースで初詣の準備をする巫女さんのご様子を拝見しましたからー」
さすがは倉田先輩ですね。
このお社で売っているお守り袋は、巫女の手で仕上げているわけですが、これは私が手伝った物の中から、皆さんのために分けていただいたものです。
「………」
「相沢さん?」
掌の上のお守りを、まじまじと見つめている相沢さん。
「暖かいな」
「それは、ずっと持っていましたから」
巫女装束にはもちろん、ポケットなどありませんから胸元に……
って、何で鼻先に持って行くんです!!
「天野のにお……」
ズビシッ!
「ぐぁ……」
「祐一のスケベ」
……川澄先輩のチョップによって、相沢さんのセクハラは未然に防止されました。
本当にこの人は……
チョップの衝撃でお守りを取り落とし、「ご利益が〜」などとごねる相沢さんをなだめすかし、拝殿に向かいます。
本当にご利益が欲しいなら、参拝するのが一番ですから。
玉砂利を踏みしめる音が、心と身体を引き締めてくれます。
二礼二拍手一礼。
柏手の音が境内に響いて。
手を合わせると、自然と笑みが漏れました。
「どうしました、天野さん」
目を開けた所で、倉田先輩の声。
もう祈り終えられたのでしょうか?
疑問が顔に表れたのか、
「佐祐理の願い事は、簡単な、本当に簡単なことですから」
とお返事が帰ってきました。
「そうですか……」
私も似たようなものです。
みんなが無事息災に、この一年を暮らせますように。
それ以上のことは、自分達の手でかなえてこそ意味のあるものなのでしょう。
「……誰かの為に祈ることができるって、幸せなことですよね」
何に祈れば良いのか……
絶望に押しつぶされ、最後には願いを持つことすら、できなくなってしまったと思っていたのに。
そんな自分でも、皆さんのためになら祈ることが、願うことができるようになった。
だから、このお社の手伝いを再び始めたのでした。
「そうですね…… 佐祐理もそう思います」
そう仰る倉田先輩の視線の先では、川澄先輩が真剣な様子で手を合わせていました。
「100円で、どれだけ祈ってるんだ、舞」
「25円の祐一に言われたくない」
「何を言う、これは二重にご縁があるという意味で……」
「祐一は欲張り。私達の他にまだご縁が欲しいの?」
「ぐぁ……」
「……すけべ」
「ぐぁ……」
ふふ、また始まる相沢さん達の、いつものじゃれ合い。
私と倉田先輩は顔を合わせて笑い合うと、会話に加わるべく足を踏み出すのでした。
To be continued
■ライナーノーツ
作中に出てくる飛良泉、山廃純米は秋田の地酒ですね。